SEQ1――琥珀色の少女――1/4
琥珀色の邂逅
SEQ1――琥珀色の少女――
「ハナムラ・ケイスケ……だな?」
部屋を出た途端、どこかカタコトの日本語で尋ねられた。
「……誰だ?」
「自己紹介は後にしよう。いずれ分かる事だ」
女の声にも、男の高い声とも思えるその声の主は、真っ黒なレインコートに身を包み、フードで顔を隠していた。
「ついてきてもらおう」
警戒した俺が動かないでいると、レインコートの騎士は、無言でスッ……と金属製の手甲を付けた右手を上げ、銀色に光るモノを突き出してきた。
ナックルガードやヒルトの付いた刃渡り80㎝ほどの両刃の直剣――所謂レイピアと呼ばれる剣西洋剣だ。
「さあ、私と共に来い」
レインコートの人間――剣と手甲からして、レインコートの騎士とでも呼ぶべきかーーが、グイッ、と剣を喉元に突きつけてくる。
どうする? 拳銃を抜こうとすれば、先に剣先が俺を貫く。逃げるにしても、後ろは行き止まりだ。
(今の俺には、どうする事もできない……)
ジリ、と俺が後退した時――
ガッ、キィン……
――突然、甲高い金属音が鳴り響き、レインコートの騎士が顔を横に向けた。
(よく分からないが、今だ!)
運良く生まれた隙を見逃さず、俺はレインコートの騎士を押し退けて横を走り抜けた。
「待て!」
レインコートの騎士が俺を捕まえようと手を伸ばすが、火花が飛び散り、その動きが止まった。
また、何かが起こった……。
いや、僅かに銃声が聞こえた。どこかから、銃弾が飛んできているのだ。俺を援護するために。
(誰が、何のために?)
分からない事だらけだが、逃げるのが先だ。
エレベーター横の階段を駆け下りて、1階のフロントを通り過ぎ、自動ドアを経て外へ出る。
その時、けたたましいクラクションが耳をつんざいた。
「早く乗って!」
見れば、幌を開けてオープンカー状態になっている深紅のマツダ・ロードスターが、すぐ前の道路に停車している。
駆け寄ると、その運転席には小柄な少女が収まっていた。座っているから分かりにくいが、身長は145㎝もなさそうだ。
髪は光を透かした琥珀色で、ツーサイドアップに結われており、長さは背中半分を超えている。
スカートから覗く足は、胴と比べて長い。身長さえ高ければ、間違いなくモデル体型だ。
強気さを感じさせる顔は西洋人のもので、形のいい眉を見れば、琥珀色の髪が地毛である事が分かる。
だが、何より美しいのは、琥珀そのものであるかのような美しい眼だった。
少女は、俺と同じく研宮学園の制服を着ている。ワッペンとリボンの色は臙脂色。第二学舎の生徒だ。
しかも、左襟の穴には飾り布付きのバッジ……研宮学園の高校生が付けるモノだから、この少女は高校生という事になる。
「ボサッとして ないで、乗りなさい!」
「あ、ああ……」
ロードスターの助手席に乗り込むと、シートベルトを締めるヒマもなく少女がアクセルを踏んだ。さっきの銃弾も、この子が撃ったモノなのか?
「ジロジロ見ないでくれる? それに、お礼の一言もないワケ?」
「……ありがとう。助かった」
今の会話でも分かるが、この少女の日本語はとても上手い。母語話者レベルだ。日本で生まれ育ったと言われても納得できる。
この少女は何者なんだ? いや、あのレインコートの襲撃者にしてもだ。ワケが分からない。何が起こっている……?
「あたしの名前は、ライラ。念のための確認だけど、あんたが『花村景介』で間違いないわね?」
今日はやけに名前を訊かれるな……と思いつつ、頷く。
「ふーん、評判よりも弱そうね」
チラッとこちらに視線を流しながら、ライラと名乗った少女が言う。失礼なヤツだな。初対面だぞ。
「評判と言ったか? 俺の事を誰から聞いた?」
「依頼者の事は――」
ライラの言葉をかき消して、ブオォオン! というエンジン音が背後から聞こえた。
身を捻って確認すると、青のスズキ・スイフトスポーツが高速で迫ってきていた。
「まさか……」
「ええ、追ってきたのよ」
ライラがロードスターの速度を上げる。しかし、スイスポとの距離は開かない。
どうにか追い払えないかと、ショルダーホルスターから拳銃を取り出してスイスポの運転席を狙う。
(ああ……クソッ!)
手が震える。上手く狙いを付けられない。
こんな時に、不調の症状が出てきやがった。
「何してんのよ! 撃つなら撃ちなさい!」
ライラから文句が飛んでくるが――
「……近くに一般人がいる。銃撃戦はダメだ」
――と、ごまかした。
コイツもまだ信用できない。弱みは見せない方がいいだろう。
「そうね……」
納得したのか、ライラはロードスターの速度を上げていく。スイスポを振り切るつもりだろう。
だが、スイスポを運転しているヤツの腕はかなりいいらしい。徐々にこちらを追い上げてくる。このままでは逃げきれない。
「どこかで迎え撃つわよ。いい場所はないの?」
「この先に公園がある。そこなら……」
この先の橋を越えた所に、東京湾と面する大きな公園――若洲海浜公園がある。ゴルフや釣りで賑わう場所だが、さすがに平日のこの時間ならあまり人はいない。銃撃戦になっても大丈夫なハズだ。
「じゃあ、そこね。後ろのヤツを誘導するわよ」
俺のナビでロードスターは若洲海浜公園へと向かうが、途中からは一本道だ。こうなると、スイスポを撒く手段はない。
「あそこね」
予想通り、駐車場はガラガラに空いていた。
ゲートバーで一々止まっていられないので、歩道を乗り越え、タイヤで芝生を踏みつけながら駐車場に進入すると、スイスポも同じようにして入ってくる。
形は大きく違うが、赤と青、2台の軽量スポーツカーが睨み合うようにして静止した。その距離、約10m。
俺とライラがドアを開けて降りると、示し合わせたようにスイスポの助手席側からさっきのレインコートの騎士が降りてきた。
「アイツは、あたしが対処するわ。あんたは、車の中の仲間を警戒していて」
スカートの内側から拳銃――H&K・Mk23。アメリカの特殊部隊にも採用されていた大型拳銃だ――を取り出したライラが、小声で言ってきた。
レインコートの騎士は、助手席から降りてきた。という事は、少なくとも運転席に1人はヤツの仲間がいる。
幸いにも、右手の震えは止まっている。今度こそ問題なく撃てる。
「あんたのコードネームは?」
「トリケラ」
ライラの問いかけに、レインコートの騎士が短く答えた。
『トリケラ』というと、おそらく有名な恐竜のトリケラトプスから取ったと考えられるが……何にしろふざけたコードネームだ。
「そういう貴様は、妖精だな?」
今度はレインコートの騎士――トリケラが尋ねた。
「あたしを知ってるのね」
「貴様を殺すよう言われている」
トリケラが、剣を構えた。
「さて、出会って早々ですまないが……死んでもらうぞ」
トリケラが、剣を下段に構えたまま突っ込んできた。
ガゥンッ……と、ライラがソーコムを撃つが、ヤツは剣を持ってない左手の手甲で銃弾を防いだ。
そのままライラに肉迫したトリケラは、横薙ぎに剣を振るう。ライラは身を屈め、その剣を頭上ギリギリで避けた。
片膝をついたライラがソーコムを連射するが、トリケラは構わずに剣を振り上げた。
ソーコムの使用弾薬は威力の大きい45口径。それを真正面から受けても平気って事は……ヤツのレインコート下に防弾装備があるか、もしくはレインコート自体が防弾仕様なのか。
トリケラが真っ直ぐに剣を振り下ろす。射撃を中断したライラは、今度は回避せずにソーコムのスライドで剣を受け止めた。
どうにか援護したいが、これだけ2人が密着していると拳銃では誤射の危険がある。
俺が躊躇っている間に、ライラが力任せに剣を押し返し、続けて前蹴りをトリケラの腹に打ち込んだ。
モロに蹴りを喰らったトリケラが、軽く足を宙に浮かせて後退する。
(なんつー力だよ)
片膝のまま剣を押し返すのも、前蹴りで人間を軽く浮かせるのも、まさに力技だぜ。
だが、その力技のおかげでチャンスができた。今なら援護できる。
(ヤツの剣を弾き落としてやる!)
そう考え、拳銃の照準をヤツの右手に合わせた。その時、バサッ……と、何かが羽ばたくような音が聞こえた。
ハッとして上空を見上げると、黒い網が俺めがけて落ちてきていた。まさか、俺を捕まえる気かよっ。