SEQ3――妖精の誘惑――3/5
カツンッ……カツンッ……
足音だ。上に誰かいる。
ストームを構えながら上っていくと、半グレたちはまだグッタリとしていた。やはり、先ほどの足音はコイツらじゃない。
ギィ……
今度はドアが閉まる音だ。屋上に出たのか。
(逃がさねーぞ)
ドアを蹴破り、屋上へ出る。
「来たか」
「お前は……」
そこにいたのは、トリケラだった。
以前と違い、黒いレインコートのフードで顔を隠していない。
「……っ」
トリケラが、いきなりレイピアで突きを放ってきた。辛うじて顔を背けて避けたが、左耳のインカムがやられた。
後方に跳び、ノイズしか聞こえなくなったインカムを外す。
(あーあ、鈴音に謝らないと)
半分現実逃避的に、心の中で鈴音に手を合わせる。
「今のは避けられるようにしてやったのだ。次は当てる。串刺しになりたくなければ、私と共に来い」
「そんな脅しに屈すると?」
「だろうな。だから、力尽くで従わせる」
トリケラが、レインコートを脱ぎ去った。
トリケラの体は、黒いアンダースーツの上に、胸当て・腰当て・手甲・脛当て……といった銀色の鎧が装着されていた。中世ヨーロッパの騎士の甲冑を簡略化して、要所だけを守っているような出で立ちだ。
「この前は貴様を侮っていた。今日は前回のようにはいかないぞ」
トリケラが、剣を構える。
右手で剣を持ち、左手は腰に添え、足も同様に右が前で左が後ろ……変則的なフェンシングのような構えだ。違うとすれば、剣先が若干上を向いていて、突きだけでなく斬る動作にも繋げやすくなっているところだろうか。
(ヤバい……)
モードBじゃない俺が、コイツの剣を躱しきれるか? ましてや反撃のチャンスはあるか?
前の戦いで、コイツ相手に拳銃が牽制程度にしかならない事は分かっている。それに、この近距離では俺がストームを撃つより速く、ヤツの剣が届く。
どうする? どうする⁉
「ハッ……!」
トリケラが動いた。突き……じゃない。真っ向から斬ってくるつもりだ。
ストームを撃って――クソッ、間に合わない……っ。
キィンッ!
火花が散る。ギリギリのところで、ストームの弾倉下部でトリケラの剣を受け止める事ができた。
ほとんど偶然できただけの防御ゆえに、難なく押し込まれて尻もちをついてしまう。
追撃に備えて立ち上がり、続けて繰り出された突きを後ろに下がって躱す。これもギリギリだ。
「フッ……」
小さく笑ったトリケラはそこから、突いて、突いて、とにかく突いてきた。
その切っ先を避けるために、後退させられていき――端まで追い詰められた。もう後ろに床はない。
「さあ、後がないぞ?」
踵が、柵のないコンクリートの縁に擦れている。
次の一撃は避けられない……ッ。
「ケイスケ! 避けなさい!」
トリケラの動きが止まった。
今のは、ライラの声か⁉
「またジャマが入ったか。面倒なヤツだ」
振り向いたトリケラへ、ライラがソーコムの連射が浴びせる。
(ムチャクチャだ。俺にも当たるとこだったぞ!)
横に転がって回避した俺と対照的に、トリケラはその場で鎧を上手く用いて急所を守っていた。
そしてゆっくりながらも前進を始め、1歩、また1歩とライラに近付いていく。
「妖精……ッ!」
ソーコムが弾切れを起こしたタイミングで、トリケラが苦々しげに叫んだ。
「しつこいわね!」
冷静にリロードしたライラが、射撃を再開する。しかし、トリケラも歩みを止めない。
(ダメだ、ライラ)
それじゃあ……その方法じゃ、お前かトリケラのどちらかが死ぬ!
カチッ……
ソーコムに、2度目の弾切れが訪れた。
トリケラがここぞとばかりに歩を速める。
「ウオォォッ!」
雄叫びを上げ、トリケラの前に滑り込む。そして、左手で開いた折り畳みナイフを摺り上げるようにして、トリケラの剣と斬り結んだ。
「ケイスケ、あんたなにやって――」
「花村、貴様――」
敵と味方、2つの声が重なる。
「ライラ! 俺に合わせろ!」
後退して距離を取ったトリケラを追い攻める。
「危ないとこを助けてあげたってのに、生意気ね!」
後方から、ライラが走り寄ってくる。文句は言いつつも、やってくれるらしい。
「前回とは違うと言っただろう」
シャンッ!
間合いに入った瞬間、サーベルが振り下ろされた。
俺はそれを右に避け、逆手に持ったナイフでトリケラの左肘を狙うが……手甲で防御された。
「それで終わりか?」
トリケラが、両刃を活かした斬り上げ――手首を返すのではなく、剣を引き上げるようにして攻撃してくる。上体を反らしてギリギリで躱すが、ヒヤッとさせられた。
続けざまに、袈裟斬り、横薙ぎ、突き――と様々な斬撃が打ち込まれる。それらを、横に跳んだり、しゃがんだり、時にはバック宙を切ったりして避けていく。
そこへ、俺の後ろから横に展開していたライラが援護射撃を行う。
「あたしを忘れてないかしら?」
「くっ……」
防御の体勢を取ったトリケラめがけて、ドロップキックを放つ。ドゴッ、と両足がヤツの胸に直撃した。
片膝立ちで着地した俺は、よろめているトリケラへストームを撃つ。
トリケラは剣で銃弾を弾くという神業を披露するが、その隙を突いたライラの跳び蹴りを喰って、吹っ飛ばされていた。
「2対1では分が悪いか……花村景介、榊原ライラ、勝負は預ける」
回転受け身を取ったトリケラが、立ち上がってそう言うと、こちらに背を向け――ビルの縁へ走り出し、あっという間に路地裏へと飛び降りてしまった。
追いかけた俺とライラがビルの下を覗き込んだ時、黒い影がビルと隣の建物との間から舞い上がり、そのまま空を飛んでいって姿を消した。
信じ難い事だが……黒い影は人間の形をしていて、トリケラはその人物に抱えられていた。
何も使わず、空に飛び上がるなんて……普通の人間には不可能だ。
「超常現象……いや、超常犯罪か」
超常犯罪とは、通常では考えられない方法による犯罪の総称。まだ公に使われる用語じゃないが、こっち側では耳にする事もある。
「もう追えないわね。行きましょ、ケイスケ」
ソーコムをレッグホルスターに収めたライラが、踵を返した
(なんでこんなに諦めが良いんだ?)
――そこまで思い至ったところで、体から力が抜けた。よろめいて、躓く。
「何してるのよ、どんくさいわねぇ」
前に倒れた体を、ライラが小さな手で支えてくれた。ハニーミルクのような香りがして、心拍数が上がる。
「あ、ありがとな」
手を優しく払いのけて、自分の足で立つ。
「ふふっ。さっきのあんた、カッコ良かったよ」
傾いた陽射しが、ライラを後ろから照らしている。キラリと光を透けさせる琥珀色の金髪が、言いようもない神々しさを感じさせる。
それを目にした俺は、思わず顔を伏せてしまった。赤くなった頬を見せないために。
「なに? 照れてるの?」
「褒められるのは、久しぶりだったからな」
ライラに見惚れていたとは言い出せなくて、ごまかした。
「ふーん。じゃあ、これからはあたしが褒めてあげる。もちろん、活躍したらね」




