噴水女王ユリネージュの悲劇~籠城戦に挑む兵士への激励中に、水門を開いてしまった女王様
――パティエラント王国。
美しい街並みの広がる、私と国民達の、自慢の国。
堅牢な城壁と、古代魔法具による強力な結界に守られたこの国は、この戦乱の世にあって、平和な笑顔に満ち溢れています。
こんな毎日を過ごせるなんて、私はなんて幸せなのでしょう。
申し遅れました。
私はユリネージュ・パティエラント。
まだまだ二十歳を過ぎたばかりの若輩ではありますが、この国の女王を任されております。
優秀な家臣達に支えられながら、日々を忙しく過ごしておりますが、今は暫しの暇。
来月に挙式を控えた婚約者との、2人きりの語らいの時間です。
政略結婚ではありませんよ?
私が心のままに選んだ、真に愛する男性です。
ですが……これは私が原因でもあるのですが、少し、困ったところがありまして……。
彼は、私が恥ずかしがる姿を見たがるという、少々歪んだ愛情をもっているのです。
私が赤面してしまうような意地悪を、ことあるごとに仕掛けてきまして……例えば今も、彼は私と市井に繰り出そうと言ってきているのです。
市井に繰り出すことの、何が恥ずかしいのか、と?
ええ、仰りたいことは分かります。
ですが、その……私はとある事情で、それが、恥ずかしくてたまらないのです。
特に、彼が何度も私を連れて行こうとしている、『噴水広場』には、どうしても近付きたくなくて……。
何故? 何故って……貴方様も、随分と意地悪な方ですのね?
ですが、神か悪魔か……何者かもわからぬ貴方様になら、お聞きいただいてもいいかもしれませんね。
私が、愛する民に顔向けができなくなるほどの惨事を引き起こした、一生の恥の話を――
◆◆
今からちょうど1年前、我が国は、西の大国の侵攻を受けておりました。
兵達も力を尽くしてくれたのですが、戦力差は圧倒的で……。
宣戦布告から僅か1ヶ月で、我々は、王都目前まで攻め込まれてしまったのです。
ですが、絶望の中にも、一筋の希望はありました。
我が国は、小国ながら古代魔法に明るく、数々の魔法具を有しているのです。
その中の1つが、先ほども少しだけお話をさせていただいた、都市型の魔力結界。
発見当時から魔法力の補充を進めていた結界は、発動まであと5日というところまで来ていました。
あと5日を凌ぎ切れば、強力な結界が王都周辺を覆い、その余波で敵の大軍にも大きな損害を与えられる。
我々は、籠城戦を決意しました。
とは言え、敵は強大。
如何に我が国の城壁が堅牢とは言え、全くの無抵抗では、3日と持たずに破られてしまうでしょう。
兵達には、命をかけた防衛戦に挑んでもらうことになります。
私も、彼らと共に戦いたい気持ちではありましたが、国家元首が戦場に出るなど、余程のことがなければ許してはもらえません。
なので、せめて戦に赴く兵達の力になればと、激励式を執り行うことにしたのです。
前王の崩御が早く、若くして女王になった私は、年相応に未熟でしたが、その分若さという武器もありました。
そして幸いにも、良い意味で人目を……特に男性の目を引く容姿をしているようなのです。
若さと容姿……とても『自分の力』と誇ることのできないものですが、手段を選んでいる場合ではありません。
長い銀髪を後ろで1つに纏め、肌の露出の多い魔法の鎧を身に纏った私を、国民や兵達は、熱狂をもって迎えてくれました。
私も、恥じらいを押し殺し、彼らに言葉をかけていきます。
広場に置かれた台の上で、全方位に民衆を臨む、手を伸ばせば届きそうなほどの距離で。
ですが……開始から10分ほどが過ぎた頃でしょうか。
小さな、とても個人的な問題が発生したのです。
その、とてもお恥ずかしい話なのですが…………お小水を……したくなってしまったのです。
初めは、小さな感覚でした。
大切な激励式の最中ということもあり、私はとにかく、尿意を意識の外に押しのけ、演説に集中しようとしました。
ですが、一度気付いてしまったせいでしょうか……尿意は、秒刻みで強くなっていったのです。
額から汗が溢れ、声が上擦りそうになり、腰を震わせてしまって……。
多くの国民と、これから戦いに赴く兵達の前だというのに、私は、お手洗いに行きたくて、仕方がなくなってしまったのです。
この時ほど、不甲斐ない我が身を呪ったことはありません。
……後からわかったことですが、私を襲った急激な尿意の原因は、我が身の至らなさ故ではありませんでした。
敵国の間者が、あろうことか私の飲み物に、利尿剤を仕込んだのです。
毒殺を選ばなかったのは、敢えて激励式を行わせ、全兵士の目の前で私を辱め、彼らの士気を落とそうとしたのでしょう。
では、今この国が健在ということは、それは失敗したのでは、と?
ええ、その通りです。
彼らの目論見は失敗しました。
彼らにとって最も重要な、半分だけ。
ですがもう半分は……残念ながら、成功してしまいました。
利尿剤を盛られた私の尿意は、最早我慢がならないところまで来ていました。
私は何度も言葉に詰まり、そしてついに、脚の動きまで抑えられなくなってしまったのです。
普段の装いなら、長いスカートがそれを隠してくれたのですが……その日は魔法の鎧を着ていた、という話を、覚えておいででしょうか?
肌の露出が多いという話もしましたが、露出しているのはよりにもよって、腰から膝にかけてなのです。
腰回りを覆うのは、締め付けの強い謎の伸縮素材で出来た、下着よりは多少面積が広い程度の、黒い穿き物だけ。
そこから膝上までは、完全に脚が露出してしまっています。
恥ずかしながら、私は少しお尻が大きくて、足もほんの少しだけ太いのです。
ですが、それがまた男性の目を引くとのことで、私は兵達を奮起させるため、女性用の鎧の中でも、1番腰回りの露出が多くなるものを選びました。
本当に、何と浅はかなことでしょう。
女王という立場にありながら、下着同然に下半身を晒すことを選んでしまった私は、みっともなく脚を擦り合わせる様の一部始終を、皆の前に晒してしまったのです。
皆の、興奮とは少し違う熱を帯びた、それでいて案じるような視線が、私に……主に腰を中心に突き刺さります。
にも関わらず私は、脚の動きを抑えるどころか、更に激しくして、腰も少しずつ、後ろに引いてしまいました。
もう、どうにも我慢ができなかったのです。
お腹はもうパンパンで、今にもお小水が溢れてしまいそうで……っ。
尿意をいなすことしか、考えることができなくて……あぁっ!
恥ずかしくて、今でも顔から火が出そう……!
恐らく、この時点で殆どの者が、私が、お小水を漏らしそうになっていることに、気が付いていたことでしょう。
こんな情けない女王で、申し訳ありません。
それでも、私は本当の、取り返しのつかない失態だけは晒すまいと、脚と腰をくねらせ、お腹を庇いながら演説を続けました。
今思えば、この時点で私は、恥を偲んで中座を願い出るべきだったのです。
『お手洗いに、行かせてください』と。
ですが、言えませんでした。
女王という肩書きと、皆の注目を集めているという状況が、私に『お手洗いが我慢できない』と白状することを、許さないのです。
きっともう、皆に知られていると言うのに。
利尿剤が引き起こす尿意の高まりは、留まるところを知りません。
もう限界だと思った尿意は、僅か1分後にはさらに大きくなっているのです。
声が、徐々に出なくなってきました。
手は、腰の前で組むふりをして、何度も……あぁ、これ以上はご勘弁を……!
そんな私の姿は、皆からはさぞ滑稽に映っていたと思います。
『どのような軍勢に攻められても、決して城門を開いてはならない』
……などと言っておいて、自分は今にも『水門』を開いてしまいそうになり、口に出すのも憚られるところを、押さえてしまっているのですから。
尿意は更に高まり、私は大きな波に襲われます。
そして、あぁぁ……とうとう穿き物を、濡らしてしまいました。
股に、お尻に、一瞬で不快な感覚が広がっていきます。
黒い穿き物なので、周囲からは見えにくかったとは思いますが、近くにいた者には、見えてしまっていたでしょうね。
それでも私は話を続けましたが、声を出すたびに、お小水が堪えられなくなり、少しずつ外に溢れ出てきてしまうのです。
やがて、何本もの滴が太股を濡らし、私はついに、声を出すこともできなくなってしまいました。
民衆の真ん中で、下着紛いの服を着て、腰を突き出し、誤魔化しながら恥ずべきところを押さえる女王。
恥ずかしさと申し訳なさに、涙が溢れました。
もう激励式どころではありません。
ですが、意地になっていた私は、それでもその場を動くことが、できませんでした。
もっとも覚悟を決めたところで、私は、一歩も動くことができなかったでしょうけれど。
避けられない恥辱に涙し、それでも受け入れられず、見苦しい抵抗を続け、そんな姿に、皆の憐れみの視線を集め――
そんな私の下腹を、この日、最大の波が襲いました。
既に限界を超え、意地だけでお小水を押し留めていた私は、膨れ上がる圧力に、決して開いてはいけない門を、開いてしまいました。
多くの国民と、命をかけた戦いに赴く兵達の前で、女王の身でありながら、私は……私は……!
――お漏らしを……して、しまったのです……っ。
夢だと、思いたかった。
目を開けたらベッドの上で、本当の今日が始まるのだと。
でも、股と脚が濡れていく、不快な感触が……足元から聞こえる、水の跳ねる音が……そして下腹から全身を駆け巡る、身を引き裂きたくなる程の快感が、私に、現実を突きつけるのです。
私は本当に……皆の前で、お小水を漏らしてしまったのだと…………ああぁぁっ!
ぐずっ……申し訳ありません……取り乱しまして……うぅぅっ。
衆目に大失態を晒した私は、もう、どうすることもできず、ただその場に立ち尽くすことしか、できなくなってしまいました。
お小水を……垂れ流しながら……。
これではもう、兵の士気を上げることは叶いません。
この国は西の大国に蹂躙され、国民は人としての権利を、失ってしまうでしょう。
そして私は、『お漏らし女王』として、未来永劫笑いものに……。
絶望に目の前が真っ暗になり、私は足元の水溜まりに、お尻からへたり込んでしまいました。
跳ね上がったお小水から、最前列の者が血相を変えて逃げていきます。
その様が、私に一線を越えさせる、最後の一押しとなってしまいました。
腰の剣を引き抜き、自らの首筋におし当てます。
自害、しようとしたのです。
ですが、一息に首を切り裂こうとしたその剣は、それ以上動くことはありませんでした。
私の近衛の1人が、自身の手が傷つくのも構わず、その剣を掴んでいたのです。
彼は、自棄になって『死なせて』と泣き喚く私の頬を平手で打ち、顎を掴んで強引に自分の方を向かせます。
そこまでされてようやく、私は自分が、どれほど恥ずべきことをしていたか、気付かされました。
私は、我が身の恥辱に耐えかね、大国の危機に晒された国民を置いて、身勝手にも1人で死に逃げようとしたのです。
こんな女王が、許されるはずがありません。
どんな叱責が飛んでくるかと、処刑台に上がる思いで待つ私に、彼は言ったのです。
『その御身、要らぬと言われるなら、私に下さいませんか?』
もう、お気付きでしょうか?
その時の近衛が、今の婚約者です。
惚けたまま『はい』と答えた私に、祝福の歓声が、そして彼には男性達かの怨嗟の声が……。
私の大失態で、一時は最悪の結果になりつつあった激励式は、彼の一世一代の告白のおかげで、なんとか良い形で終えることができたのです。
その後は、士気の上がった兵達が何とか5日間を耐え抜いてくれたのですが……どうやら士気が上がった理由は、私のあられも無い姿に興奮して、大国に私を取られまいとしたからだとか……。
本当に、穴があったら入りたい気持ちです。
更にこのことから、『今日の国の平和は、あの激励式あってのもの』と言われるようになり、私の像が作られることになってしまいました。
それも、唯の像ではありません。
腰を引き、脚を交差させ、手であらぬ場所を押さえた、あの一生ものの恥となった姿。
それが、3倍のサイズで、お尻の食い込みまで細かに。
眉根を寄せた弱々しい表情も、正確に再現されているそうです。
尚、お尻と表情に対して、甲冑部分の造形は少々お粗末なものでした。
正直なところ、私を称えようという気持ちは、雀の涙ほども感じられません。
しかも、しかもです。
噴水なのです。
股の部分から、何かを象徴するように、延々と、勢いよく水が溢れ続ける、珍しい直下型の噴水。
ご丁寧に、目の部分からも少量の水を流し、涙を表現しているのだとか。
初めて見せられた日は、その瞬間気絶してしまい、目を覚ますと自室のベッドに寝かされていました。
本音を言えば、すぐにでも取り壊しを命じたいところですが、これも自身の未熟さを忘れないための痛みと、今のところは存続を許しています。
さて、私にとっては近づく事さえ我慢のならない恥辱の噴水ですが、彼は、どうやらアレがお好きなようで、ことある度に、『一緒に見に行こう』と誘うのです。
ええ、そうです。
あの日の私の恥態が、彼の扉を開いてしまったのです。
それからはもう、2人きりになると、私はいつも赤面させられてばかりで……。
今日だってそうです。
しきりに『外へ行こう』と言ってくる彼ですが、それ以外の外出は許してくれないのです。
その癖、先ほどからずっと紅茶を勧められて、私のお腹は、もう……!
あぁぁっ……わかりました、お供いたします。
ですから、お腹を摩らないで……!
それとせめて、噴水広場だけは、ご容赦を。
そして、どうか……どうか出かける前に――
――お手洗いに、行かせてください。