新たな自分の門出に風を吹かせて~風鳥未果~(6)
6
4時間目と5時間目は思っていたより楽しく受けることができました。
全部ゆなが隣にいてくれたからだと思います。
私がよく分からない内容で首をかしげているとメモ帳に補足説明を書いて渡してくれたり、ウトウトしていたら肩を叩いて起こしてくれたり、ずっと傍にいてくれた。
「ありがとう助かったよ。」
「別にいいって、おんなじオリエンテーション受けることになってたんだから。ところで未果は6時間目と7時間目どうするの?」
「受けるよ。」
「あれ自由参加でしょ。真面目だねえ。」
「そうなの?てっきり強制参加だと思ってたんだけど。」
5時間目が終わって6時間目までの30分休憩で私とゆなは廊下のソファーに座って話していた。
てっきり強制参加だと思っていたオリエンテーションが、ゆなは自由参加だと言ったから私はスマホで今日のスケジュールを確認する。
「ほらやっぱり絶対参加って書いてる。」
「あれ、こっちは自由参加って書いてるよ。」
二人でそれぞれのスマホの画面を見せ合って首をかしげる。
「もしかしたら私が魔道良に所属してるからなのかも。」
「そういえばそんなこと言ってたね。だとしたら専門学校にだけ所属してる学生は強制参加ってことかなあ。」
「その可能性が高いね。まあ未果が出るなら私も行こうかな。」
「平気なの?」
「全然大丈夫。魔道良に所属してるって言ったって、今年から入るわけじゃなくて、所属年数だけなら7年目なんだよ。今のグループに入ってからも3年目になるし、わざわざ新年度だからって改まる必要もないんだよね。出勤時間も9時だから平気。むしろさあ、私としてもせっかく魔道師専門学校に入学できたんだから、楽しいキャンパスライフってやつを満喫したいしね。」
ゆなが嬉しそうにきりっと笑う。
「そっかあ、じゃあ6時間目も一緒ってことで。」
「うん。」
6時間目はどこかの教室に集合するのではなく、校内のあちこちにある大型スクリーンに動画が一斉に流される方法です。
私とゆなは休憩していたソファーのすぐ近くにあるスクリーンを見ます。
開始間際まで流れていたサークル紹介や健康維持活動の動画が止まってオリエンテーションの映像が流れ始める。
「皆さんこんにちは、これより6時間目の時間帯に予定している校内案内オリエンテーションを開始したいと思います。なおこのオリエンテーションは、出席者が非常に多くすべての学生さんを集められる教室がないため、このように校内にあるスクリーンすべてに映像を投影して行わせていただきます。最初に私の紹介を。皆さん初めまして私は、魔道師専門学校201校校内施設・サービス意見委員会大学部会会長をしている、大学部魔道領域魔道研究学科自称魔法探求コース具体物構造魔法専攻4年の「鶴島」と言います。自己紹介だけで息切れしてしまいますね。よろしくお願いします。それでは6時間目のオリエンテーションに入る前に。7時間目のオリエンテーションに関する事務連絡だけさせてもらいますね。7時間目のオリエンテーションは集合教室もありませんし、このオリエンテーションのように大型スクリーンを使用することもありません。学内の学生専用サイトに7時間目のオリエンテーションの詳細な情報やオリエンテーション時間中の行動の仕方などをまとめてアップしますので、必ずそれを見てオリエンテーションに参加してくださいね。というわけで前置きがかなり長くなってしまいました。これから本題に入りたいと思います。と言っても、私から長々と何かを説明するつもりはありません。私から皆さんにお伝えすることはたった一つです。」
鶴島さんがにっこり笑って大きく腕を広げると画面が急に引きの映像になった。
背景は201校の東校地の正門だと思う。
「校内に100枚ほどQRコードを隠しました。皆さん6時間目が終わるまでに1枚でも多くQRコードを見つけて端末に翳してみてください。このオリエンテーションへの参加が初めての学生さんに限り、かなり実用的で素敵なプレゼントがもらえます。プレゼントはQRコード1枚につき1種類ずつです。早い者勝ちではありませんから、安全を第一に校内を思う存分探索して来てくださいね。それではいきますよー。レディー・ゴー!」
映像が終わりました。
あまりにも唐突な説明に私の目は点になる。
「はは、先輩から聞いた話通りだった。」
「話?」
「そう、魔道良の先輩がね大学部の校内案内は大規模なQRコード探しだって聞かせてくれてたんだけど、まさか本当にそうだとは思わなかった。それに100枚ってこの時間いっぱいで絶対に見つけられないレベル設定だし困ったねえ。」
ゆながとっても楽しそうに私を見てくる。
「どうする?」
「もちろんやりたい!」
「オッケエ、未果より私の方が校舎には詳しいから私が先頭ね。」
「うん。」
「じゃあこの建物から回っていくか。」
「はーい。」
魔道師専門学校の校舎はとにかく大きくて広い。
ゆなの後ろをついて歩きながら校舎の中をぐるぐる見回る。
「そんなに珍しい?」
「珍しいというか慣れなくて。」
「まだ2日目だもんね。」
「こんなに広くてどうしてみんな迷子にならないの?」
「慣れかなあ?後は慣れるまでにひたすら迷子になってるからかなあ。結局みんな迷子にはなるんだよ。手っ取り早く覚えたいなら毎日毎日いろんなところに通い詰めることだね。」
「なるほど。」
ゆながソファーの並んだスペースで止まった。
「あった、ここだよ。」
早速1枚目のQRコードがありました。
「同じフロアーにあったね。さっきまでこんなところにあったっけ?」
「あったんじゃない。人間の脳なんて欲しいと思った情報しか頭の中に入れないから。」
ゆながスマホでQRコードをスキャンしている。
「未果も早く。」
「うん。」
ゆながやったようにスマホをQRコードに翳すとそこから専用のウェブサイトに飛んで、自分のアカウントに食堂のドリンクSサイズ1本半額のチケットが入った。
「すごい!」
「これは確かに実用的なプレゼントだね。この調子でどんどん探そう。」
6時間目が終わるころ、私とゆなは35枚のQRコードを見つけていた。
回った校舎は最初にいたところと隣の二棟でまだまだ回り足りなかったけど、結構楽しかったです。
「歩いたねえ。」
隣で少し息の切れている私を見て、ゆなが苦笑いを浮かべている。
「疲れた?」
「疲れたよ。」
「もう少し体力付けないとね。今のままだと授業の教室移動だけで筋肉痛になりそうじゃん。それに魔道実技の演習も大変だよ。頑張って。」
「分かった。」
7時間目が始まるまでの間、食堂で晩御飯を食べながら、ゆなが7時間目の動き方を考えている。
「7時間目ってどうするの?」
「どうしようかなあ。未果は何か興味のある活動とかないの?」
「私!私は特にないなあ。そもそもあんまり詳しくなくて。ゆなは?」
「私はいろいろあるよ。ただこういうのって見学に行ったらそのまま勧誘されそうだから嫌なんだよね。」
ゆなの手が止まる。
「未果、ここ行こっか。」
「どこ?」
「魔道師初心者の未果にぴったりなところ。」
ゆなが私に見せてくれたのは、部活紹介のサイトだった。
「ここって何の部活?」
「魔道師初心者の技能向上を目的に魔道師専門学校が運営する部活だね。学生主体の部活じゃないから自由度はあんまりないかもだけど、未果は入った方がいいかも。」
「何で?」
「未果の魔道師としての実力は、いまのままだと他の授業について来れないレベルだから。」
分かってはいたけどここまではっきり言われるとちょっとしょげそうになります。
「そんなに私ってだめなんだ。」
「何言ってんの。伸ばせば伸ばした分だけ伸びる伸びしろしかない未知に満ち満ちた魔道師なんだよ。可能性の塊、新たな魔道師の目覚めに立ち会える私は結構幸せ者だね。」
ゆながうどんに入っているおあげさんをお箸でくるくると丸めて小さくする。
「それ昨日も言われたかも。そんなに新人魔道師って珍しいことなの?」
「新人魔道師自体はそんなに珍しいものじゃない。ただ、未果みたいに適性が開花して間もないような魔道師に会えることは多くない。」
「あのさあ。」
「何?」
「ずっと聞こうと思ってたんだけど、私そんなに詳しく話してないのにどうしてそこまで知ってるの?」
ゆなの手が止まった。
「あー、そっか。未果の口からは聞いてなかったね。ごめんなさい。未果のことを見てたらね、大体のことは分かるんだよ。スパイラルの流れとかオーラとかでおおよその推測ができる。それで知ったような口を聞いちゃっただけ。間違ってた?」
「うーん、怖くなるくらい正確に合ってる。」
「それなら良かった。」
ゆなが嬉しそうににっこり笑って立ち上がる。
「じゃあ時間もないことですし、早く回りますか?」
「うん。」
ゆなが見つけてくれた部活は、確かに私に合っていました。
所属しているのは大学部生だけではないようで魔道初心者の学生さんが部を超えて集まっています。
だから顧問の先生にもいろんな人がいて楽しそうです。
部活の名前は、魔道技能向上基礎部。
「未果はここで7時間目が終わるまで過ごしたらいいと思うよ。私は違うところも見て来る。」
「分かった。」
「じゃあまたね。今日は1日付き合ってくれてありがとう。またどこかの授業でね。」
「うん。」
ゆなは私が部の中に馴染むまで様子を見てくれて離れて行った。
ゆなとは連絡先も好感してるし、話したくなったら連絡しよう。
私は部活の紹介スペースでいろんな人の話を聴きながら過ごすことにした。
7時間目もそろそろ終わりに差し掛かったころ、それまで部員の皆さんからいろんな話を聴いていた私は、ふと視界の中で揺れた緑色のものに目を引かれました。
「マルロート先生!」
思わず立ち上がって先生を呼んでしまう。
こちらに向かって歩いて来ていた先生は、私の声を聞いてにっこり微笑んでくれた。
恥ずかしい。
「こんばんは風鳥さん。」
「こんばんは、すみません。私あんなに大きな声で呼んでしまって。」
「全然いいと思うよ。小さな声が求められる場面だってあるけれど、今はそういう席でもないからね。今少しいいかい?」
「はい。」
それからマルロート先生は顧問の先生に声を掛けて私を部屋から連れ出した。
「ここにしようか。」
「分かりました。」
マルロート先生とほとんど人のいない廊下のテーブルを挟んで向かい合う。
「部活の見学かい?」
「はい。」
「今いたのは魔道技能向上基礎部だろ?あそこに入るのかい?」
「そのつもりです。」
「それはいいねえ、今の風鳥さんは魔道をいくら練習してもし過ぎることはないからね。むしろ授業以外にも練習できる時間を作るくらいじゃないとこれから大変だろうから、僕からもお勧めするよ。」
「ありがとうございます。ところでマルロート先生はどうしてここに?」
「おっと、そうだった。大切なことを忘れていたよ。風鳥さんを明日魔道良に招待したいと思ってね。もちろん明日風鳥さんに先客がいなければで構わない。明日、せっかくお休みなわけだし、知り合いは多い方がいいかと思ってね。どうだろう?」
「部外者の私が行ってもいいんですか?」
「僕が招待しているんだからいいんだよ。」
嬉しい、魔道良には少し興味があって、ゆなが所属していると聞いてますますその興味が増していた。
「ぜひお邪魔したいです。」
「分かった。それじゃあ詳細はメールで送るよ。」
「楽しみにしてます。」
「せっかくみんなと話していたのに申し訳なかったね。僕は研究室に戻るから風鳥さんも戻っていいよ。」
「分かりました。失礼します。」
7時間目までみっちり受けて、寮に戻ってくる頃にはふらふらになっていました。
疲れた。
1日をこんなに濃く感じることもなかなかないと思う。
21時に7時間目が終わって寮に戻ってきて、お風呂を沸かして荷物の片づけをする。
今日はとにかく大量の書類を受け取ったから無くさないように整理をしてファイリングしたい。
「あれ?」
普段は聞かない着信音が鳴った。
「何だろう?」
恐る恐るスマホを開くとメールが届いていました。
差出人はマルロート先生。
「マルロート先生!」
大慌てでメールを開いて内容を確認する。
(風鳥さん、マルロートです。さっきは急に声を掛けたのに快く応じてくれてありがとう。それに明日の招待にも応じてくれて嬉しく思っているよ。明日だけど、10時に魔道良東館の1階エントランスに入って、空いてるソファーに掛けて待っていてくれるかな?時間になったら迎えに行くよ。もし迷子になるようなことがあったら、その時は僕が風鳥さんを見つけるからご心配なく。明日が風鳥さんにとって実りの多い1日になるよう微力ながらエスコートさせてもらうね。それじゃあまた明日。)