新たな自分の門出に風を吹かせて~風鳥未果~(3)
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先生と二人で外を歩くことに妙な緊張を持ったのは最初の3分だけでした。
新入生たちが多くいる健康診断会場やその周りを歩いている時は、いろんな人に見られた気がしましたが、そこから少し離れればそんなに見られることも無くなって余計な力は抜けていた。
「魔道良の北側にあるのが魔道良研究所。これから風鳥さんの魔道適性の詳細を調べるための検査をしに行くよ。」
「分かりました。」
外は春らしいいい天気、今日がお休みなら綺麗に咲いたお花を眺めるために少し遠出をしたい天気。
先生は隣を気持ち良さそうに歩いている。
「あの私の後ろに待ってた学生のヒヤリングは?」
「あーそれは大丈夫だよ。違う先生に任せて来たから。」
「良かったんですか?!」
「うん、元々僕は風鳥さんの魔道適性を把握するために来てたみたいなものだしね。」
「私の?」
「そうだよ、今年の新入生の中でもかなり異色な魔道歴の持ち主だったからね。慎重にコースと専攻を決める必要があったし、場合によっては普通の学生の魔道実技演習とは別のメニューを追加しないと周りについて行けない可能性もあるしね。その辺りの判断をするのに僕が駆り出されたんだよ。だから他の学生は周りの先生に任せて大丈夫。」
その割には、さっき電話で違う先生っぽい女の人といろいろもめていたような気がするが、これは聞かないことにしよう。
「そうだったんですか、お時間を割いていただいてありがとうございます。」
「いえいいえ、これも仕事だからね。」
専門学校からずっと北の方へ歩いて行くと専門学校や魔道良とは雰囲気の違う建物が見えて来ました。
「あれが研究所ですか?」
「残念、研究所はまだ奥だよ。この辺りのビニールハウスや透明な壁の建物は、植物園。魔道に関係する植物や一般の植物を育てているんだ。」
「へえ。」
「風鳥さんも魔道を使えるようになったら魔道植物の栽培をやってみるといい。魔道の使い方の基礎基盤になる能力の練習にはちょうどいいし、植物は見える形で僕らの魔道に応えてくれるから分かりやすい。」
「どういうことですか?」
「いい魔道にはいい品質に成長して応え、なかなかうまくない魔道には質の悪い状態で応えるか枯れてしまう。」
「シビアですね。」
「まあね、でも一般の植物でも効率的な農業の方向が解明されていなかったころはこんな感じで手探りの栽培だったんだろうし、似たようなものさ。」
「確かに。」
「他にもこの辺りには面白い施設がたくさんあるよ。せっかく魔道師専門学校の大学部に入ったんだから、使える施設はめいいっぱい使って有意義に過ごして。」
「分かりました。」
魔道良研究所はそれから更に北の方へ歩き続けてようやく見えた。
「遠いですね。」
「いろんな研究施設が集合してるから、あんまり専門学校や魔道良の近くに建ててしまうと防犯の面でだめだったらしい。徒歩で来ると結構歩くよね。そのうち空を飛んで来れるようになるから安心して。」
「空を飛ぶ?!」
声が裏返ってしまった。
「飛べるようになると思うよ。まあ5年くらいはかかるかもしれないけど、そこは風鳥さんの努力と根気強さが試されるところだね。まあ細かい話は後にしよう。糸奈が見えた。」
研究所の入り口の前に白衣を着た男の人が立っていた。
「糸奈お疲れ、ここまで迎えに来てもらわなくても大丈夫だったのに。」
「スマスは入れても彼女はカウンターで止められるぞ。時間のロスになってもったいないと思って迎えに来た。」
「なるほど、相変わらず気が利くね。ありがとう。」
「いいから行くぞ。」
「その前に一応自己紹介しておいたら?」
マルロート先生の言葉を聞いた白衣の男性が私を見る。
「必要か?」
「必要不可欠だよ。少なくともこれから30分くらいは一緒にいるんだから。」
男性が溜息をついて私に一歩近づく。
「初めまして、松葉糸奈と言います。ここの研究員と魔道良第37グループの魔道師職員、それから魔道師専門学校の高校3年生です。どうぞよろしく。」
「えっ!」
ちょっと待ってください。
目の前にいるものすごく大人っぽい松葉さんは私より1学年年下です。
「私より年下なんですね。でもいろんなお仕事をしているみたいですごいです。」
「あーそうだね、風鳥さんより年下になるね。だからそんなに気を張って敬語なんて使わなくていいんだよ。あと君も自己紹介しておこうか。」
「はっはい。風鳥未果と言います。大学部の魔道領域魔道研究学科1年です。よろしくお願いします。」
「よし二人の自己紹介も済んだことだしこれからはお互いに困ったことがあったら相談し合うんだよ。それじゃあ検査室に向かおう。」
「よく分からない空気を作っておいて、自分はさっさと離れて行こうとするのをやめろ。」
マルロート先生の後ろを松葉さんがついて行く。
私も慌てて後ろをついて行きました。
「あの。」
「ごめんね風鳥さん、スマスが何か失礼なこと言ってませんか?」
「はい、大丈夫ですよ。」
「それなら良かったです。」
研究所の中はあまり特徴のない内装になっていて、等間隔に置かれた家具や照明が逆に異様に思えた。
「何だか淡々とした感じの建物ですね。」
「そうかもしれません。あまりごちゃごちゃしていると気になる人が多いんですよ。きっと。」
「なるほど、あの一つ聞いてもいいですか?」
「何ですか?」
「魔道適性の詳細なデータを取るためにここに来るってマルロート先生がおっしゃってたんですけど、具体的にはどういうことをするんですか?」
「スマス、これくらい説明してから連れて来いよ。風鳥さん、ちょっと怪しいと思う話はちゃんと断らないと危ないですよ。」
「そんなこと言わなくたっていいじゃないか。結局糸奈が説明するだろうからと思って言わなかっただけだよ。」
「確かに測定をするにあたって説明はするけど。」
「というわけだからもう少し待っててね、風鳥さん。」
「分かりました。」
「風鳥さんそういうところですよ。」
松葉さんになぜか溜息をつかれてしまいました。
エレベーターや階段を使ってぐるぐると建物の中を回り、マルロート先生と松葉さんが扉の前で止まりました。
「ここから先が魔道適性の測定関係の検査を行う施設です。」
「はい。」
松葉さんが社員証みたいな物を機械に翳すと扉が開いた。
扉の奥にはまた長い廊下とたくさんの扉がある。
「風鳥さん、ここからは別行動になるんです。困ったことがあったらこれを使って連絡してください。こちらからも部屋の移動などの指示をこれで行います。器具の使い方や部屋の場所が分からない時は、そこのカウンターの職員さんに声を掛けてください。」
松葉さんが示した左側には確かにカウンターがあって職員さんが4人ほど待機していた。
「あの私松葉さんが持ってるその機械持ってないんですけど。」
「あそこのカウンターで受付をした時に一緒にくれるから大丈夫ですよ。」
「分かりました。」
「それじゃあ風鳥さんまた後でねええ。」
未果が職員に案内されて測定の準備をしている間、糸奈とスマスは測定する機械の操作室にいた。
「まったく急に電話を掛けて来た時は驚いたよ。」
「悪かったって。さっきも謝っただろう。僕でもできなくはないけどさ、やっぱりこういうのは専門の人にやってもらうのが一番確実だし、彼女にとっての今後を左右する大切なことだったからね、協力を躊躇うことなくお願いしたわけさ。」
「はいはい。それで僕彼女から彼女の魔法歴聞いてないんだけどいいの?」
「あー忘れてたよ。後で本人に了承を得てから説明する。まあ簡単に言うと魔道師の種だよ。」
「あの歳で?家の方針とか?」
「そんな込み入ったものじゃないと思うよ。彼女の場合はそもそもの話だからね。」
「へえ。」
「松葉さん風鳥未果さんの準備完了しました。」
「了解しました。ありがとうございます。」
未果は測定用の部屋に入っていた。
職員が連絡用の機械を未果に握らせて部屋を出て行く。
「風鳥さん聞こえますか?松葉です。」
「はいよく聞こえます。」
「良かったです。それでは測定の説明といくつかヒヤリングをさせてください。もし今立ってるなら近くの椅子に掛けてもらっていいですよ。」
「はい、あのそちらからこの部屋の様子は見えないんですか?」
「見えません。魔道反応等を調べる機械はありますが、実際の映像を撮るカメラは付いてませんよ。」
「分かりました。」
未果が言われた通り近くの椅子に座る。
(だめだ、めっちゃ緊張する!)
「まずこの測定の目的についてお話しますね。この測定では風鳥さんの魔道適性を調べます。具体的には、使える魔道の種類使える魔道の威力、今後の魔道技能向上に向けたカリキュラムの検討に必要となるその他の情報を測定します。測定方法はこちらの指示に従って何かをイメージしてもらうものです。風鳥さんに何か機械を操作してもらうことはありません。ここまでで質問はありますか?」
「あまり何かを上手にイメージできた経験がないのですが、大丈夫でしょうか?」
「大丈夫です。うまくイメージできないのならそれも測定の結果として十分に価値がありますから。そうですね、うまくやろうとするのではなく今やれることを素直にやろうとしてください。上手か下手かというのは、今回の測定においてほとんど意味がありません。」
「分かりました。」
「これで測定の目的と方法についての説明は終わりました。次にいくつか質問をさせてください。答えたくない場合は、遠慮なくその旨をお伝えください。ちなみに、スマスはこれからする質問の答えを知っていますが、決して彼から聞くことはないので安心してください。」
(そこでマルロート先生のことが出て来るんだ。面白い。)
「分かりました。」
「糸奈、そんなに僕を警戒しなくてもいいんじゃないかい?」
「念には念をだよ。個人情報は大切な個人の財産だからね。」
「僕はそんな簡単に大切な学生のことをペラペラ他人に話したりしないよ。」
「はいはい。じゃあ風鳥さん一つ目の質問です。風鳥さんの魔法適性の開花時期はいつですか?」
「去年の8月です。」
「最近なんですね。どうして分かったんですか?」
「高校からの帰り道で急に体調が悪くなって、気づいたら病院に運ばれてたんです。そこで魔道適性があるって分かりました。」
「そうですか。魔道適性と体調不良の関連についてドクターから話を聞きましたか?」
「聞きました。でも私も家族も説明の意味がほとんど分からなかったんです。」
「ということはご家族やご親戚に魔道適性のある方はいないんですか?」
「はいいません。みんな驚いてました。」
「なるほど、お話を戻しますが体調不良の後治療は受けましたか?」
「3日間くらい入院して点滴を打ってもらいました。それからは何もしてないです。」
「分かりました。」
糸奈が未果と話している横でスマスがメモ用紙に何か書いて糸奈に見せる。
(魔道治療の検討をする必要がありそうだから、その辺りも調べておいてか。はいはい。)
「ありがとうございます。では次に、これまでに魔法を使ったことはありますか?」
「いえありません。」
「分かりました。」
糸奈がパソコンのモニターで選択肢を押していく。
「お聞きしたかったことはひとまずこれで以上です。ありがとうございました。それではこれから測定に入ります。体調は悪くありませんか?」
「はい。」
「では始めましょう。部屋の壁のどこかに大きなモニターがあると思います。見つけられますか?」
未果がぐるっと部屋を見回す。
「はい。」
「ではそれを正面にして、大きな輪の中に立ってください。」
「はい。」
未果が部屋の中央の床に書かれた大きな円の中心に立つ。
するとスクリーンが起動し、花弁が7枚の花がぐるぐると回り始めた。
「ありがとうございます。その位置でしばらく待ってくださいね。」
糸奈が椅子に座ってパソコンと向かい合う。
「ここから僕は測定に集中するので、この後の指示はスマスからしてもらいます。」
「分かりました。」
糸奈がスマスに連絡用の端末を渡す。
スマスもこの測定器の操作の仕方は熟知しているため、二人で打ち合わせをしなくてもお互いの様子を見ながら測定は続けられる。
「風鳥さん大丈夫かい?」
「はい緊張してるだけです。」
「そんなに肩に力を入れなくても大丈夫だよ。そうだなあ、それじゃあまずはその円の中に立った状態で風鳥さんが一番リラックスできる姿勢を探してくれる。リラックスしろって言いながら座らせてあげられなくて申し訳ない。」
「いえ大丈夫です。」
「そうだ端末は服の胸ポケットにちょうど収まるサイズのはずだからそこに入れてね。」
「分かりました。」
未果が端末をポケットにしまいリラックスできる姿勢を探す。
その間糸奈が5秒に一回ほどエンターキーを押して測定をしているのだが、未果は気づいていない。
(やっぱり魔道適性があるだけで魔法を使った経験がないと測定されてても気づかないんだな。)
もしスマスや糸奈が未果のいる室内にいれば、糸奈がエンターキーを押す度に床に書かれた円の発光も不思議な音も体を何かが横切るような感覚もするのだが、未果は何も感じていない。
「これでしょうか?」
「残念、こっちからはどんな姿勢か見えないんだけど、しっくり来るものは見つかったみたいだね。」
「はい。」
「オッケー、それじゃあそのままモニターに表示される数字が0になるまで極力じっとしててね。動いても全然大丈夫だけど。」
(どっちなんだろう。気を遣ってくれてるのかな?)
「分かりました。」
「あと何か光ったり音がしたり変な感覚がしたりするかもしれないけど、全然害はないから安心してね。もしかしたら何も感じないかもしれないし、どんな感じだったか後で聞かせてね。」
「はい。」
「声が硬いよ。リラックス、リラックス。」
「はい。」
スマスが糸奈に一度頷く。
微妙な顔をして糸奈がモニターを操作した。
未果のいる部屋のモニターで、10という数字が表示される。
「それじゃあ10秒そのままでいてねえ。」
モニターは数字を映しているだけでカウントダウンの間音は流れなかった。
(どうしよう、めちゃめちゃ緊張する。動かないようにしないと。)
未果の視線が一瞬大きく揺れた。
(あれ、今なんか。)
そのまま後ろに尻餅をついた。
糸奈がぱっとスマスを見る。
「風鳥さん何かあったかな?」
スマスは意図的に落ち着いた声のトーンで尋ねた。
「すみません、今目の前が光って変な音がして。」
「それが測定中に機械から発せられるものなんだ。さっき言ってたやつだよ。初めてだと驚くよね。」
「すみません、私動いちゃって。」
「大丈夫、何回でもやれるから。それよりさっき見たり聞こえたりしたもの、不快じゃなかったかい?」
「はい、びっくりしましたけど不快ではなかったです。」
「それなら良かった。じゃあ、落ち着いたらもう一回立ってくれるかな?」
「はい。」
未果がゆっくり起立してさっきの位置に戻る。
スマスが糸奈をちらっと見た。
「さっきのところに戻りました。」
「ありがとう、もう平気かい?」
「はい。」
「良かった。念のため少し深呼吸しようか。僕の声に合わせて呼吸をしてみて。きっと落ち着くよ。」
スマスの声に合わせて未果が呼吸をする間、糸奈がまたエンターキーを押して測定をする。
モニターに数字が映し出されていた時よりも弱いエネルギーで測定をする方法で、測定の詳細度や正確性はやや劣るが繰り返せばその分平均値が出せるし、未果が精神的に感じるストレスを軽減できる。
「よしこんなものかな?どうだろう?」
(すごい、ほんとに落ち着いたかも!)
「ちょっと落ち着いたような気がします。」
「良かった、それならもう一回スクリーンを見てくれるかい?」
スクリーンにはさっきと同じように10の数字からカウントダウンが開始される。
「お疲れ様、問題なく測定できたよ。」
「良かったです。」
「じゃあもうしばらくそのまま待っててね。違う種類の測定をするからカウントダウンの数字をぼんやり見ててくれればいいよ。」
「分かりました。」
それから3分ほど細切れの数字がカウントダウンを繰り返し、初歩的な一通りの測定が終わった。
「お疲れ様、少し休憩する?」
「いえ大丈夫です。続けてください。」
「ずいぶん慣れたみたいだね、それじゃあこのまま続けさせてもらうよ。モニターを見てくれるかい?このマーク何に見える?」
糸奈がスクリーンの映像を切り替える。
「火ですか?焚火みたいな形に見えます。」
「そうだね、焚火でもいいしガスコンロでもいいんだけど、言ってしまえば炎とか火みたいな物を連想するような形だよね。こういう類の物を何でもいいから頭の中でイメージしてほしいんだ。実際の炎でもいいし、心が温かくなるようなエピソードや感情でも何でもいい。どうだろう?」
「うーん。」
(火、炎、焚火、温かくなるような感覚。包まれるような感覚?)
糸奈の見ているモニターに小さな数字がちらちらと表示され始める。
30秒ほどして未果が目を開けた。
「どうですか?」
「うんいい感じだったよ。ありがとう。大変だった?」
「慣れないですし、正解もよく分からないので難しいとは思いました。」
「うんうん、そういうものだから全然気にしなくていいよ。これからこういうことを続けていくからね。次はこれを見て。」
糸奈とスマスがモニターに表示しているマーク、二人はあえて伝えていないがこれはスパイラルの象徴印だ。
魔道師は、そのスパイラル系統の魔法を使う時、この形を頭の中でイメージしたり、実際に体を動かしたりして描くことでその威力を上げるトレーニングを行う。
ただし、まだそんな経験のない未果の場合は、こんな難しいことを言われるよりも何となくのイメージを連想した方がずっとストレスがないし、自然と放出されるスパイラル成分から、どの種類の魔道が作れそうか計測できるため問題ない。
未果が何かを想像する度モニターに微弱な数の羅列が現れる。
「風鳥さんちょっと慣れて来た?」
「はい。」
「それはいいことだ。それならこのままもう少し頑張ろう。」
スクリーンに出す象徴印が四つ目を超えた辺りから、数値が出て来るまでの速さが増し、数値の大きさが上がっていく。
(うん、確実に慣れてきてる。)
糸奈が新しい象徴印を見せる。
「これは何に見える?」
(風!)
未果の目が開いた。
「風です。」
「何やら自信あり気だけど、どうかしたの?」
「いえその、ぱっと見た時ぴんと来てぽんと出ました。」
「いいねその感性。素敵だと思うよ。じゃあそのまま想像して。」
未果がゆっくり目を閉じる。
(今までの中で一番モニターに映ってたマークを忘れてない。頭の中にしっかり残ってる。風、風、風。木漏れ日さんがくれた春風、春の匂いは風に乗って私のところに来た。風、風、風。地下にいたはずの私にあの風はとっても気持ちのいい広大な外の匂いを連れて来た。私もあんな風を吹かせたい。できるなら、あんな風に誰かの気持ちに風を吹かせたい。)
未果がゆっくり目を開いて息を吸った。
「春の香りを乗せた風よ、私の求めに応じこの部屋に一吹き。」
胸元の端末から聞こえて来たスマスの言葉を未果は無意識で復唱していた。
「春の香りを乗せた風よ、私の求めに応じこの部屋に一吹き。」
糸奈の見ているモニターの数値がこれまでとは比較にならないほどに跳ね上がる。
糸奈がスマスを見上げて溜息をついた。
「今あんまり無茶させたら後に響くぞ。」
「こういうのはタイミングが大切だからね。」
「何か裏があるんだろ。」
「後で教えるさ。」
一通りの測定を終えて未果が部屋から出て来た。
「お疲れさまでした。またご案内しますね。」
未果をカウンターにいた女性が案内する。
未果が準備を終えるまでの間、糸奈とスマスはさっきの部屋でデータを眺めていた。
「さて糸奈、彼女の前で僕らがあれやこれやと議論をしていては、なんだか空気が悪くなりそうだ。だから先に聞いておきたいんだけど、どう思う?」
「相変わらずこういうところにおける気遣いは天才並みにうまいな。異論はない。」
「ありがとう。君から見た彼女の魔道適性の概要を教えてくれるかな?」
「そうだな、まずセルフスパイラルの保有量だけど、平均より少し少ないくらいだという測定結果が出てる。ただし、今の保有量がマックスということではなさそうだということも測定から得られることだから、これからの訓練次第でもう少しセルフスパイラルの保有量は増やせるんじゃないかな。」
「大規模魔法も夢じゃないってことか。将来が楽しみだね。」
「使える魔道の種類だけど、極端なまでに自然魔法に特化している傾向が得られたよ。ネイチャーマジシャンと考えて問題ないだろう。これに関しては、かなり詳細かつ正確なデータが得られているから、今後の訓練や突発的な遺伝子変化によって大きく変わることは考えにくいね。」
「とりわけ風魔法は群を抜いてできてたねえ。」
「あれはどういうことなのさ。魔法を使ったことなかったんだろ?それがいきなりちょっと宣言を教えただけできちんと様になるなんて。」
「風魔法だけは予習してたんだよ。しかも今朝、雫からだよ。できない方が不思議だろ。」
糸奈がしばらく沈黙して溜息をついた。
「つまり雫には最初から分かってたってことか。」
「だろうね、まったく魔法陣を描けるほどの目を持つ魔道師はこれだからすごいよ。機械で僕らが必死になって解明しようとする新人魔道師の適性を一目見ただけで見抜いてしまうんだから。しかも魔法のノーハウまで感覚的に伝達しておくんだよ。怖いねえ。」
「雫に驚かされていたら切りがないから続けるよ。今後の風鳥さん専用のカリキュラムだけど、やっぱり初歩的なスパイラル伝達とか意識的なスパイラル循環の辺りから徹底的に叩き込むのが最善だと思う。さっきは勢いで魔法が使えたけどこれから魔道師として生きて行くならそんな無謀なことさせない方がいいだろう?」
「その通りだね、彼女の魔道実技の担当官には引き継いでおくよ。」
「最後に、魔道治療の必要性だけど詳細は不明としたうえで、専門機関での健康診断と精密検査をお勧めするよ。」
「分かりました。糸奈がそう言うんだから素直に言うことを聞くよ。」
「僕からはこんな感じだけど。」
「ありがとう十分さ、後はこれを彼女に伝えて今後のことを決めれば今日は終わりだね。いやあ、本当に助かったよ。彼女の入学式の日に相応しい有益な情報を溢れんばかりに得られて嬉しいね。」
「それに巻き込まれた僕へのお礼は、今度仕事で返してくれればいいよ。僕もこんな魔道歴の人のデータを取れて光栄だったよ。」
二人は未果のデータに関係する話をのんびり交わしながら、彼女が来るのを待っていた。