新たな自分の門出に風を吹かせて~風鳥未果~(2)
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入学式の会場ではその広さと人の多さに驚愕して、45分で終わった入学式の後9時から3時間ぶっ通しで行われたオリエンテーションでは、その長さと施設やシステムや組織の歪さに茫然とし、束の間の昼食休憩の後これからは健康診断です。
こんなに一日が濃いなんて思っていませんでした。
「魔道研究学科の健康診断会場はこちらです。」
健康診断の受け付け待ちをしている同級生たちの長い列に並ぶ。
入学式をしたのは魔道良の地下に会った広いスペースでした。
等間隔に置かれた椅子に座ってプログラムに沿って進行していく入学式を眺めるように見ていた。
普通ならこのタイミングで新入生としての意識や新しい日々への期待を持つのかもしれないけど、私にとってのそれは木漏れ日さんとの話の中でとっくに終わっていた。
入学式よりも木漏れ日さんと話していた時の方がずっと心弾んだ。
オリエンテーションは魔道師専門学校の大きな教室でありました。
魔道研究学科の学生全員が入る教室はないみたいで、何百人かごとに別れてそれぞれの教室に入り、モニターでオリエンテーションを見た。
正直説明は長いし、先生の紹介もたくさんあって覚えきれなかったし、もう自信がない。
必死になってメモを取ったり資料を読んだりする中で一番印象に残ったのは長い緑の髪の先生だった。
先生の自己紹介でカメラの正面にずらりと並んだ先生たちが引きの映像で映っていて、その先生が映った瞬間、教室がざわつきました。
髪の色に驚いたというよりも、その美しさに驚いたんだと思う。
先生の番になってゆっくり起立するとそれだけで周りの景色が変わって見えました。
もしあれを目の前で見ていたらどう感じたのかと思います。
「みなさんごきげんよう、ご入学おめでとうございます。皆さんを心から歓迎しています。わたくし魔道領域魔道研究科所属教授スマスクオートマルロートと言います。自然魔法探求こーすの風魔法専攻で実技最高指導官もしています。授業や実技演習でお会いすることがあれば遠慮なく声を掛けてくださいね。どうぞよろしく。」
自己紹介は次の先生に回っていく。
でも私はマルロート先生から目が離せなくなっていました。
恋愛的な意味ではなくて、何というかもっと深いところで引かれたような感覚がして。
「学生証を見せてください。」
あっと言う間に私の番になっていました。
カバンにしまっていた学生証を大慌てで探して職員さんに見せる。
「確認しました。」
健康診断の前半に身体的なものは終わって、これからは魔道関係のヒヤリングみたい。
病院の待合室さながらのスペースに同級生がたくさんいる。
実はここが一番緊張する。
魔道関係のヒヤリングなんて何聞かれても答えられないのに。
「風鳥未果さん。」
「はい。」
「こちらへどうぞ。」
自動ドアが開いて室内から声が聞こえてきて私は呼ばれた部屋に入りました。
「お待たせしました。少し待ってもらったね。君の魔法歴が実に興味深くてね、いろいろ考えていたら遅くなってしまったよ。」
「えっ!」
目が点になるとはこういう時のことを言うんだと。思う。
「どうかしたのかい?さあ掛けて。」
「はい。」
オリエンテーションで唯一記憶に残っていたマルロート先生が目の前にいる。
「あのマルロート先生ですよね?」
「うんそうだよ、さっきの自己紹介だけで覚えてくれたのかい?嬉しいよ。君は風鳥未果さんで間違いないね?」
「はいそうです。」
「オーケー、それじゃあヒヤリングを始めようか。」
マルロート先生はパソコンのモニターから私に視線を向けて、回転し姿勢ごとこちらを向く。
病院の診察室とほとんど同じ室内のレイアウトに緊張する。
「さてここでやることは風鳥さんの魔道適性や実力から適切なコースと専攻を決めること。」
「はい、よろしくお願いします。」
私は勢い良く頭を下げる。
「そんなに緊張しなくていいよ。もう大学生なんだから僕が教授と言ったって対等な大人さ。そうだなあ、そんなに緊張してるなら少し余談をしようか。最後に聞いてもいいと思ってたんだけどね。」
「何ですか?」
「何て言ったらいいのかなあ?今日魔道師と話した?大学関係者以外の魔道師と。」
「はい、今朝入学式の会場が分からなくて案内してもらいました。」
マルロート先生があーっと言って大きく頷く。
「なるほどね、その人は名乗って行ったかい?」
「はい、木漏れ日さんっておっしゃってましたよ。」
「そうか、そうか。実は僕教授をする傍ら魔道良で働いてるんだけど、そのグループのリーダーが木漏れ日雫なんだよね。」
「グループのリーダーってことは知り合いってことですよね?」
「そうそう、いやあ世間って狭いねえ。」
マルロート先生の言う通り本当に狭いと思います。
すっごく驚いた。
でもどうして分かったんだろう?
「あのどうしてそんな質問をしたんですか?」
「えっ、あーそうだねえ、君の周りに雫のスパイラルが散らばっていたからで伝わるかい?」
「うんっ?」
「そうだよね、申し訳ない。僕の説明が下手だった。君の周りに雫が魔法を使った痕跡があったんだよ。だからもしかして雫に会ったんじゃないかって考えてね。」
「魔法ですか。確かに木漏れ日さんには会いましたけど私が魔法を使っているのって聞いた時は使ってないって言ってましたよ。」
「本当に?」
「はい。」
マルロート先生が顎に手を当てて考えています。
何というかこのまま絵に描いて美術館に飾れそうなクオリティーです。
「何かさ、雫と一緒にいておかしな体験しなかった?」
「おかしなですか?」
「不思議なデモいいけど。」
「うーん、雫さんとお話しているとすごく心が明るくなったんです。だからその時に魔法を使ったんですかって聞いたんですけど、それは違うって言われました。後は何だろう。」
「そうだなあ、何か五感に訴え掛けるような感覚はなかったかい?匂いとか音とか。」
「匂いですか。そういえば地下の階段の辺りにいたはずなのに、春らしい匂いがしたような。でもこんなの気の持ちようですよね?」
「それだ!」
マルロート先生がパンと指を鳴らす。
「雫が君に掛けたのはそういう匂いを感じるような魔法だよ。きっと君への入学祝いのつもりだったんだろうね。」
「春の匂いを吹かせる風。」
自分の新しい門出に花を添えてくれる春の匂いを木漏れ日さんがくれた。
「マルロート先生教えてくださってありがとうございます。私全然魔法のこと知らないんです。教えてもらえなかったら私ずっと木漏れ日さんがくれたものに気づけないままでした。」
「素敵な笑顔で笑うんだね。いい表情だ。さっきまでの君よりずっといい。」
「えっ。」
「おっといけない。あまり学生にこういうことを言ってはいけないって注意されていたんだった。申し訳ない、思ったことは嘘偽りなく伝えたい性格でね。けれどそれが学生にいろいろと誤解をさせてしまうことが多いから、こういう発言は控えるようにって周りから注意されていたんだけど、君があんまり素敵な笑顔で微笑むものだから、つい伝えてしまったよ。許してくれるかい?」
「はっ、はい。」
「ありがとう。」
何でしょう。
呼吸をするようにロマンチックなことを言って呼吸をするようにそれを訂正する先生は、こういうことにとても慣れているような感じがする。
「さて話がずいぶん弾んだね。やはり新しい出会いとそこから生まれる新鮮な会話は、何物にも代えがたい楽しみと華やかさを持ち合わせているよ。君もリラックスできたようだしそろそろ本題に入ろうか。」
「そうでしたね。これは本題ではありませんでしたね。」
「そうそう。」
マルロート先生がマウスを操作してモニターの内容を変える。
「この部分見えるかい?」
「はい。」
マルロート先生が示しているのは細かな表とグラフと文字がびっしりと詰まったモニター。
「見えますけど、何書いてるかさっぱり分かりません。」
「当然だよ。魔法に関する知識が一切と言っていいくらいないんだからそれで普通さ。それはこれから勉強していくから気にしなくていい。ただそうなるとこちらでコースと専攻を決めないといけなくなるなあ。普通は学生さん自身に決めてもらうんだけどね。」
「皆さんは何を基準に決めるんですか?」
「いろいろだよ。自分のセルフスパイラル量、つまりどれくらいの魔法を使えるのかとかどういう魔法に適しているのかとかどういう魔法が使いたいのかとかね。でも風鳥さんにはそういう希望はないだろう?」
「すみません。」
「まあある程度知識がないと決められないことだからね。そうだなあ、今見せてるの入学試験の時のデータなんだけど、これだけでコースと専攻を決めるのは少し危ない気がするな。」
「危ないですか?」
「そう、普通はこの情報をベースに学生の希望や状況をヒヤリングして適切回を2人で導き出すものなんだけど、僕だけで決めるとなるとこの情報だけというのはリスクが高い。もっと詳細なデータを採取して考えるべきだね。せっかくまだ種の段階の魔道師の育成に携わることができるのだから丁寧に調べたい。」
マルロート先生が私を見る。
「この後何か予定はあるかな?健康診断が終わったら大学の今日のイベントは終了なんだけど。」
「えっ、何もないですよ。」
「それは良かった。それならこれから少し付き合ってくれる?」
「付き合うですか?どこに?」
「魔道良研究所。知り合いが働いていてね少し手伝ってもらおう。」