第51話 すきなら
イチちゃん達はやっぱりかなりお腹が空いてたみたいで、ぱくぱくと携帯食料を口に入れていく。特にナナちゃんは食べるペースが早い。
でも携帯食料はそんなにたくさんあるわけじゃないから、勢いよく食べていればすぐになくなってしまう。
「おいしかったです! ありがとうございます!」
「…………ありがと」
ナナちゃんは元気良さそうに、イチちゃんは促されて少し恥ずかしそうにお礼を言ってくれる。
「どういたしまして」
喜んでもらえたならよかった。
そろそろ……2人がどうしたいか聞いたほうがいいのかな? でも、どうしよう。何を言えばいいかわからない。
そんなふうに悩んでいるとナナちゃんが口を開く。
「その……聞きたいんですけど……」
「な、なに? なんでも聞いて?」
ナナちゃんは少し、言うか迷ったように口をつぐむ。けれど、すぐに意を決したように目線を上げてこっちを見る。
「……お姉ちゃん達は、なんで助けてくれたんですか?」
「え……なんでって……」
そう言われると言葉に詰まる。
なんで助けたいって思ったのか……記憶を辿る。
……ゃん! …………ちゃん!
あの時の叫びが再生される。
あれはナナちゃんがイチちゃんを呼んでる声だったんだと思う。あの声が私をあの場所に運ばせた。あの叫びが私を動かしてた。
「私は……イニアが助けたそうにしてたから……かな。イニアに後悔して欲しくないから」
メドリが私に目配せする。
けれど私の答えはまだよくわからない。メドリとの思い出であの叫びがあるのは嫌とは思ったけれど、それがメドリの安全より優先する理由になるのかと言われると、わからない。
あの時の私は少し変だった気がする。
メドリの安全より優先することなんて……メドリの心の安全とか……? でも、メドリは悩んでた。助けるって決めたのは私。
いや……きっとそんな深く考えることじゃない。多分、きっと。
「ナナちゃんの叫びを聞いてられなかったから……すごく……なんか大切な人を呼んでるけど、届かないみたいな声で……なんとかしたかったから……助けたいって思った」
あの叫びを聞きたくないって思ったのは、私もあんなふうに叫んだことがあるから。メドリと離れてしまった時の、魔力多動症で寒くて、怖くて、暗くて、寂しくて、悲しくて、苦しい、あの時の心の叫びにどこか似ていたから。
「……そう、なんですね……ね? 変な理由じゃないでしょ?」
「……嘘かもしれない」
「もう……今の見たらわかるでしょ? 悪い人なら、私がイッちゃんのこと大切だなんてわからないよ」
どうやらナナちゃんはそれなりに私達のことを信頼してくれてるみたい。そしてイチちゃんにも信じて欲しいからの質問だったってことね。
けど……助けた理由がわかって私の中のもやもやも少し晴れた気がする。
でも、本当にナナちゃんは元気……昨日あんなことがあったばかりなのに。ちょっとおてんばかもしれないけど。
逆にイチちゃんは冷静……今は顔を赤くしてるけど。
「ナナ……私のこと大切なの?」
「……? 当たり前じゃん! イッちゃんのこと世界で1番大好きだもん!」
ナナちゃんがイチちゃんに抱きつく。
ナナちゃんはにこにこ笑ってるけれど、イチちゃんは顔を真っ赤にしてそれどころじゃなさそう。
「ナナ……! いきなり抱きつかないで……!」
「えー? いいじゃん。イッちゃんも私のこと好きでしょ?」
「なっ、なぬなになななのいって……!」
イチちゃん……やっぱり冷静じゃないかも。滑舌がから回って、えらいことになってる。
「もー素直になりなよー……じゃあもう抱きしめてあげない」
「え……それは……だ、だめ」
「あげないったらあげないんだから。イッちゃんが私のこと嫌いなんだもん」
今度はナナちゃんがイチちゃんから離れて、イチちゃんがナナちゃんにすり寄る。
なんだか微笑ましいことになってきた。こんなふうなところを見ると、まだ子供なんだよねって思う。……でもなんか似たようなやりとりをどこかで見たような……
「き、嫌いじゃないから……」
「んー? なーにー?」
「嫌いじゃない……よ?」
「なにー?」
……絶対聞こえてるよね。
多分好きって言ってほしんだよね……なんかすごくわかる。私もメドリに好きって言ってもらえるのすごく嬉しいもの。嬉しくて、心が暖かくなって満たされる。
「しゅき……好きだから……! ナナのこと……好き」
「……私も好きだよ!」
またナナちゃんがイチちゃんを抱きしめる。イチちゃんの顔が、その髪と同じぐらい赤く染まっていく。
なんか……こんなふうに見せつけられると……まだ起きたばっかりなのに、またメドリが欲しくなってしまいそう。うん? 先に見せつけることになったのは私達だったりするのかな……?
そんな私の思考を読み取るように、メドリが指を絡ませてくる。メドリと少し目を合わせて、ちょっと笑う。
それで私たちのことを思い出したのか、ナナちゃん達がぱっと離れる。
「あ……ご、ごめんなさい」
「ううん。いいよ。好きな人とはなるべくくっついてたいもんね……すごくわかる」
なんなら離れるだけで、苦しくなるからね。
ずっと一緒にいたいし、ずっと手を繋いで、抱きしめて、キスをして、つながっていたい。メドリを感じてたい。
「その……お姉ちゃん達は」
ナナちゃんの問いかけるような視線と言葉で思い出す。
まだ自己紹介してない。イチちゃんにはしたけれど。
「あ、自己紹介まだだったよね。私はイニア」
「メドリだよ。ナナちゃん……であってるよね?」
「あ、はい。いや、その、そうではなくてですね……お姉ちゃん達も、女の子同士だけど……好き同士なんですか?」
「ナナ!? いきなりなに聞いてるの!?」
あ、そっちね。
だんだん同性婚とかの話も世界中で聞くようになってきたけれど、やっぱり少数派といえばそう。ナナちゃんは……12歳ぐらいかな? それぐらいの年齢だとそういう視線が気になるのかもしれない。
「うん。そうだよ。イニアのことが好き……イニアも私のこと好きだよね?」
「うん。大好きだよ。メドリに全部捧げちゃうぐらい」
「イニア! もう……そんなことまで言わなくていいのに……」
たしかに。でも……本心だし、メドリには正確に私の気持ちを知ってて欲しい。メドリは不安になりやすいのもあるし、私がメドリの1番でいたいから。
「…………女の子同士でも変……じゃないですよね? 物語では全部男の人と女の人で……おかしいかもって……」
「ううん。そんなことないと思うよ? 性別なんて些細な問題だよ、好きって気持ちの前なら」
私はメドリが女の子だから好きになったんじゃない。メドリを好きになった。そしてメドリがたまたま女の子だった。ただそれだけ。
もしメドリが男の子だったら……あんまり想像できないけど、可愛くて綺麗で優しくて、私のそばにいてくれた……と思う。きっと、今と変わらない。メドリがメドリだから、私は好きになったんだと思う。メドリ以外の人をここまで好きになることはない。
「そう……ですよね! それで、その」
「ナナ……それより聞くことがあるでしょ……」
まだ話そうとするナナちゃんをイチちゃんが袖を引っ張って止める。少し呆れたようで、まださっきの赤みが抜けきってない。
けれどその眼差しは真剣で、私達への恐怖や警戒心がまだ残ってる。昨日ほどじゃないけれど。
「あ、うん。そうだね。それはえっと」
「結局……私達をどうする気なの」
核心に迫る質問が来る。これにどういう答えを出すかで、きっといろんなことが変わってくる。
そんなことを思いながらメドリと目を合わせた。




