第34話 きみだけ
「はぁ……」
帰り道の途中、思わずため息が漏れる。
さっきの出来事を思い出して。
「あはは……怒られちゃったね」
調子に乗りすぎた。
息が荒くなるぐらい長いキスをして、もう一度キスしようとしたところでパドレアさんが割り込んできた。
あの時、私たちは忘れてた。
辺りに魔導機を散乱させてしまったことに。
メドリが調整してくれた身体強化魔法を試したときに、机に着地してしまったから。
パドレアさんは呆れたような感じで、片付けてくださいと怒っていた。パドレアさんだって、机の上とか散らかしてるのに……まぁ、全面的に私が悪いので、素直に片付けたけど。
でも、あの時割り込んでくれて助かったかもしれない。
なんだか熱に浮かされたようにキスをしていた私達を止めてくれなければ、あのままもっと恥ずかしいこともやっていたかもしれない。家じゃないのに。
……家なら良かったのに。
「でも……解析終わりそうって言ってたよね。明日になったら何かわかってるかな」
「どうだろ……でも、こんなにすぐ解析って終わるものなんだね」
もっと時間がかかると思ってた。
情報が見つかってから、えっと……2ヶ月ぐらいかな。
それから2週間ぐらいはアマムさんがタカさんと休暇を楽しんでから、あんまり進まなかった。だから実質1ヶ月半ぐらいで終わらせたことになる。
「重要なところだけ先に解析したんだって。元々魔導機自体は8割解析されてたしね」
「そういえばそんなこと言ってたね」
「私もイニアの役に立てるってわかったし……明日が楽しみだな……」
またメドリがそんなことを言う。
役に立つとか立たないとじゃないのに。そこにいるだけで……メドリがいるだけで私は……
「やっぱり……不安? 私の好きだけじゃ信じれないかな?」
メドリに問いかける。立ち止まって、私を見つめる。
私達を繋いでる手が震える。
「……うん。また捨てられるかもって考えちゃう」
その声は震えていた。
その少しのことを言うのも勇気必要だったと思う。けれど、その不安な気持ちを私に伝えてくれた。
「イニアは……その、好きって言ってくれるし、そう思ってくれてるって信じてる……信じてるはずなんだけど、ね」
「大丈夫。信じれるまで……ううん。信じれなくても一緒にいるから」
安心して欲しくて、語りかける。
こんなこと、何度も、何回でも言ってきた。けれど、もう一度言う。これからも何度でも言う。
メドリに安心して欲しいから。
メドリと一緒にいたいから。
「私……こんなに好きになって大丈夫なのかな……! イニアがいなくなったら、どうしよう……!」
気づけばメドリはまた泣いてしまっていた。
そんなメドリを腕の中に抱き寄せ、頭を撫でる。
「いなくならないから……それに、離れたら吐いちゃうもの」
「ふふ……そう……そうだね」
メドリが微笑む。
そのかわいい顔を見るだけで、思わず私も笑みが漏れる。
「ありがと……もう大丈夫」
少しの間抱きしめていたメドリが腕の中から出て行く。
再度私達の家へと歩き出す。
「けど……メドリって結構泣き虫だよね。可愛いけど」
「えっ……! そ、そんなことっ」
そんなことないよ、という言葉は最後まで紡がれなかった。メドリにも多少自覚があるのかもしれない。
メドリは抱いてる、湧き上がってくる不安からなのか、よく私に確認してくる。その時のメドリの目は恐怖で怯えていて、涙が溢れ出そうになっている。
その度に抱きしめて、大丈夫と言えば、メドリは安堵感からなのか泣き出してしまう。
「……イニアだって甘えん坊なのに」
「ぅ……」
それを言われると弱い。
メドリにはよく甘えさせてもらってる自覚はある。
けど……メドリが私の求める心を受け入れてくれるのが嬉しくて、心地いいから……
「で、でもメドリだけだよ! 私が甘えるの……」
甘えん坊と言っても誰でもいいわけじゃない。
好きな人だから、メドリだから、甘えたい。
甘えてて、心地がいい。
「私もだよ。こんな風に不安を吐露して……大丈夫って言ってくれるのイニアだけだもん」
私だけと言われて、私の中の醜い独占欲が顔を出しそうになる。けれど……私のこの独占欲もメドリなら受け入れてくれる。そんな信頼が、安心があるから、私は自己嫌悪をしなくて済む。
「……大好き」
メドリが突然私の耳元でそんなことを囁く。
メドリの息が直接耳の中に入ってくるようで、くすぐったくて、恥ずかしくて……気持ちいい。
耳まで真っ赤になってるのがわかる。
よくメドリに食べられてる耳だけど、こんな風に好きって言われるのは……やっぱりずるい。
メドリが欲しくなってしまう。
「……キスしないの?」
うぅ……と悶えてる私を知ってか知らずかメドリはそんなこと言ってくる。
見れば、メドリの顔もほんのり赤くなってる。
そのままキスしようとして思いとどまる。
「……帰ろっ」
「ぇ……?」
私に拒絶されたと思ったのか、メドリが不安そうな声を出す。
そんなわけがない。拒絶するわけがない。
「家で……ね? ゆっくり……しよ」
「ぅ……ん」
メドリの悲しそうな顔は消えて、恥ずかしそうな、嬉しそうな顔になる。かわいい。
その帰り道は口数は少なかったけど……私達の間にが期待と喜びの甘い空気が流れていた。
「すいませーん……遅れ」
「どうですか! これ!」
次の日、夜遅くまでメドリと求め合っていたせいで遅刻しながら研究所に来ると、アマムさんがパドレアさんに熱心に説明しているところだった。
紙の上に沢山の魔法式とこの前見た杖のようなものが描かれているのが見える。
「あ、きましたね」
「遅れました。すいません」
「少しぐらい構わないですよ! それより見てください!」
興奮してるアマムさんが私達にも紙を見せてくれる。
赤いロール髪がそれに合わせて跳ねる。
「えっと……」
けど見せられてもよくわからない。
私は魔法式は素人以下。一応メドリと一緒に少しは勉強したはずなんだけど……数年のブランクは、そう簡単に埋められないみたい。
「これって……魔力接続術式ですか?」
そう言う声が隣から聞こえる。
全くわからない私と違って、メドリはわかったみたい。
「そうです! しかもですね……空間距離を省けるんです……すごいでしょう!?」
空間距離を省ける……?
離れていても術式が作動するってこと?
でも、たしか魔力接続は対象に触れてないと基本的にはできないんじゃ……あれ、でもそんな話を最近聞いたような……
「あの魔導機を解析した結果再現できそうになったんですよ。アマムが一晩で改造してしまいしてね」
あ、あの魔導機の効果……離れていても、魔力を繋げることができるんだっけ。
けど、アマムさんが……やっぱり、すごい人なんだ。
普段はあまり覇気のない感じだけど、こういう魔力と魔法のことになると元気だよね。
「えっと……もしかして、それなら……」
「はい。イニアさんとメドリさんが少しなら離れることできるかもしれません」
……そういえば、そうだった。
あの魔導機を解析してたのは、離れていてもお互いを感じれれば、私達でも離れることができるかもしれないという仮説からのものだった。
「とりあえず試作機がもうすぐできます……けど、無理にとはいえません。体調が悪いなら別の日でも」
パドレアさんは私の方を見てそんなことを言ってくれる。
きっと、メドリから少し離れて吐いてしまった時のことを思い出しているんだと思う。けど。
「いえ……やらせてください」
私はそう言っていた。
私はメドリを守れるようになりたい。戦ってメドリを守れるように。だから……
「イニア……大丈夫? ほんとに無理しなくても」
「大丈夫だよ。それにもしものことがあっても……メドリがいてくれるもの」
心配そうなメドリの頰に触れる。
メドリの体温が手から伝わってくる。
メドリの手を握る。いつだって、そうすれば大丈夫って思えた。




