第31話 むかしの
「ごめん……ごめんね……」
「いいって言ってるでしょ? 大丈夫だから。それよりイニアは大丈夫なんだよね?」
「うん……もう大丈夫だと思う……」
メドリと頭をくっつけながら、ゲロを……私のゲロを掃除する。気持ち悪い……自分のゲロ見てるだけで、吐きそう……
メドリもパドレアさんも、掃除なんてしなくていいとは言ったけれど、そういうわけにはいかない。いくら病気のせいだとはいえ、ゲロったのは私なんだし。
「なんだか……メドリといるから気づかなかったけど、想像以上に酷くなってみるみたい……」
少し、ほんの少し離れただけで、吐いちゃうぐらい気持ち悪くなるなんて思ってもなかった。あの時は視界もぐらぐらだったし、全身が震えていたし、うるさかったし、不快感がすごかった。
鎮静剤を使ってた時のことを思い出す。
まだ鎮静剤がないと寝れない時。あの頃からメドリがいないとだめになっていった気がする。
あの頃は結構すぐ気持ち悪くなってた。でも、さっきのやつはそれの数倍酷かった。苦しかった。
「うん。こんなものかな」
顔の横でメドリの声が聞こえる。
気付いたら、ゲロは跡形もなく無くなっていた。
「ありがと……」
「どういたしまして。でも……どうしよっか」
どうしよう。
メドリから少しも離れらないなら、私は戦えないことになる。それはまずい。
「……2人はトイレの時も、あれぐらい近くにいるんですか?」
パドレアさんが疑問を投げる。
それで気づく。
「たしかに……トイレの時は……」
流石にもう少し離れてると思う。
手なんて届かないし……
なんでかな……?
「よくわかんないね。トイレの時は特別かな?」
「うーん……イニアから離れていったじゃない? それがダメだったたりして。トイレはほら、私やイニアがどこかに行くわけじゃないから……」
たしかに。トイレは密閉空間だし、そこにメドリがいて、どこにもいかないってわかってる。
けど、研究所は違う。解放された場所だし、そんな場所でメドリから離れたのが良くなかったのかもしれない。
「なるほど……もしそうなら、同じような条件にするのは難しいですね……」
「それに、もし同じような条件にしても、ほとんど動けないと思います……」
魔物と戦うなら、それは大体外になると思う。
そんな場所で密閉された場所を見つけて、そこにメドリをいれて、しかも動けるのがその場所の入り口付近だけって……戦いになんてなるわけがない。
「イニアさんは、どれぐらい離れたら、ある程度戦えそうですか?」
「えっと……最低でも10mぐらいですかね……30mあれば、だいぶ自由だと思います」
でも、そんなに離れられない……
「みなさん!」
私達がうんうんとうなっていると、研究所の扉が開く。
声につられて、そちらを見ると、そこにはアマムさんがいた。ぴょんぴょんと飛び跳ねている。それに合わせて赤いロール髪が動く。
「ついに見つけてきましたよ……!」
「なにを見つけたんですか?」
「ふふふ……じゃーん!」
自信いっぱいの様子で、アマムさんが取り出したのは小さな杖だった。
すごく古いものに見える。もう、だいぶ前のタイプの杖……それも大きさからして子供用のやつ。
「これはですね……古代の魔導機なんですけど、機能的にはどれだけ離れていても魔力を共有して、存在を感じれるってものなんです!」
「おぉ……お? え? それって?」
「そうなんです! これがあれば、イニアさんとメドリさんでも少しの間なら離れていられるかもしれません!」
すごい……もし、それが本当なら……
アマムさんはにっこにこだけど、パドレアさんはなんだか複雑そうな顔をしてる。
その理由は次のパドレアさんの言葉でわかることになる。
「アマム……けどそれは……完全魔力生物用ですよね?」
完全魔力生物……身体の全てが魔力でできた生命体だっけ。
全てが魔力情報で構成されてるとか……実際にいたらすごい強そうだけど……
「それって空想の話じゃないんですか?」
メドリが当然の疑問を投げかける。
詳しい理論は忘れたけど、魔力だけで魔力情報を維持していくのは難しいらしい。魔力が霧散しやすくて、安定しづらいとかだっけ……
「いえ……それが古代文明にはあったみたいです……再現はできないですけど……」
「古代文明……」
古代文明って本当になんでもあるね。
この世の不思議なものは全部古代文明のせいなんじゃないかな。
古代文明はもう何千年前ぐらいに滅んだ文明で、その名残が時々オーパーツとして見つかる。正直、半信半疑なところはあったけれど、この杖が多分そうなんだと思う。
「じゃあ……えっと……?」
使えないじゃ、意味ないんじゃないのかな……?
アマムさんの方を見る。
けれど、アマムさんの顔はまだ晴れていた。
「これを解析して、再現すればいいんですよ! 私達でも使えるようにしましょう! そのために倉庫の奥底から探し出すたんですから!」
そう言って、杖を掲げる。
なんだか今日のアマムさんはテンションが高い。
「でも、解析って……もうされてますよ? 完全ではないですけど」
たしかに。
もし、離れててもお互いの安否が分かるなら、それはかなり便利だと思う。特に戦いにおいては。
そんな魔導機がまだ解析されてないわけがない。
「ふふ……新しいデータがあるんですよ……これでわからなかったところも理解できるようになるかもしれません!」
そう言って、アマムさんが机に魔力を流し、データが表示される。なんか……すごそうなデータ。難しい数式やらで私にはなにがなんだかわからない……というか……
「読めないんですけど……」
まず言語が違うように見える。
このメコアムスで使われてる言語は一つだけ。他の国は見つかってないし、つまりこの情報は。
「古代の情報ですからね……さぁ、これを解読しましょう!」
「……なるほど、さっきから機嫌がいいと思ったら、タカが帰ってきてたからだったのですね」
タカ? なに、人の名前?
「……そんなにわかりやすかったですか?」
アマムさんが少し恥ずかしそうに俯く。
顔が赤い。
この反応……どこかで見たことある。
あ、私かも。私がメドリとの関係を、アマムさんに追求されてる時に似てる。
……あれ。つまり、そのタカさんって。
「アマムさんの彼氏……?」
「わわわー! はっきり言わなくていいですよ!」
私の中の結論が口から漏れてしまう。
けど、その反応で分かった。やっぱり……そういうことね?
「えっと、それがどうつながるんですか?」
メドリがそんな疑問を問う。
たしかに今はアマムさんの彼氏の話じゃない。いや、そっちもそれなりに興味があるけど……メドリと私のこと方がずっと大事。
「あ、そのですね。タカさんは探索を主な任務にしてるんですよ。今回の新しい情報はこの杖……かはわからないですが、魔導機に関連しそうなことみたいですね」
「つまり……それを解明して、この杖の機能が解析できれば……」
私達でも少しなら離れられるかもしれない。
けど、離れたくないって気持ちは今でもある。でも、戦えないと、メドリを守れない。
「じゃあとりあえずその方針でいきましょう」
メドリを守るために。戦えるようになるために。
私は新しい情報の解析にかかった。




