第30話 びょうき
この組織、ゲバニルに入ってから1ヶ月ぐらいが経った。
メドリは基本的な知識をそろそろ学び終わったみたいで、次の段階に入ってる。私は、まず入り口にすら入ってないけど。
「こんな感じで……お願い!」
メドリが魔導機に魔力を流す。
魔力の移動とともに、明かりが漏れる。
次の瞬間、魔導機から強い光が溢れ出る。
「やった! ね! イニア、私できたよ!」
「すごいね! おめでとう!」
子供のように、はしゃぐメドリと一緒に私も喜ぶ。
この魔導機がメドリが魔法理論を構築したもので、もう何回も失敗してる。でも、今度は成功した。
魔力を光に変えるだけの単純な機構だし、魔法理論も見本に書いてあるのを組み合わせてるだけと言えばそうだけど、とてもすごいことだと思う。
こんな風に新しい魔導機を作ったこと自体がすごい。
それにメドリも喜んでるから、私も嬉しい。
「おめでとうございます。綺麗な光ですね……しっかり魔力が変換されてるのがわかります」
パドレアさんも、メドリの作った魔導機を褒めてくれる。
「基本がしっかりできてる証拠ですよ」
「はい。ありがとうございます……でも、何度か失敗してしましました……」
そんなこと気にしなくていいと思うけど……
メドリは初めてだったし、それに何度失敗したっていつか成功すればいいし。
「最初からできなくても、当然ですよ。次、失敗しなければいいのですから……そう。次があるんですからね」
「はい……そうですね」
「私は、メドリが同じ失敗を何度しても大丈夫だけどね」
そんなことで私のメドリへの想いは変わらない。
どんなことでも私の想いが変わることはない。
「ありがと……それで、次は……?」
「うーん……ここからは魔力理論への理解を深めていって、目的の魔導機を作ることなんですけど……作りたい魔導機とかありますか?」
作りたい魔導機……どんなものがあるのかな。
というか魔法ってどこまでできるのかな。
「私は……イニアの補助ができる感じの……」
「イニアさんの……なるほど。それを考えていきましょうか」
私の補助……やっぱり、戦いになったら私が頑張らないとなんだよね……でも……
「このままじゃ私……戦えないよ……?」
このままじゃ戦えない。
メドリとくっついていたら、動きにくいし、戦いにおいて自分から動けなくなくなってしまう。
メドリから離れられるようにとか……した方がいいのかな。
「そうなんですよね……そこをどうするかなんですけど……」
「……限界距離とか……探ってみる?」
メドリが変なことを言い出した。
「ほら、トイレの時とかは少し離れてるでしょ? それもすごく嫌だけど、動けなくなるほどじゃないから……」
「その具体的な距離ってことね」
たしかにそう。
流石にトイレの中まで入るのは気がひけるから、いつも外で待ってる。
その時は不安だし、怖いし、辛いけれど、動けなくなるほどじゃない。メドリの声も聞こえるし、メドリがそこにいるってわかるから。
「じゃあ、早速やってみましょうか……たしか、距離測定器がこの辺に……」
パドレアさんが、少し離れた机の上をガサガサとして探し出す。
1ヶ月ここにいてわかったことだけど、パドレアさんは結構ずぼらみたい。机は片付いてるところの方が少ないし、お菓子のゴミとかは置いてあるし、寝る場所も別にあるというのに、面倒だからと言って、この研究所で寝てるらしい。
「あ、ありました!」
だから、こうやって探しても見つからないときもあるけど、今回はあったみたい。
「早速やってみましょう!」
「すごい乗り気ですね……」
私は全然乗り気じゃない。
なんでメドリと離れないといけないの?
メドリと離れたくないよ……!
そんな思いが心の中にある。
けど……実験というなら仕方ない……それに、いざって時に私が動けないと、メドリを守れない。
「ぅ……う」
でも……でも、嫌……メドリと離れたくないよ……
「大丈夫だから……辛くなったら、すぐ帰ってきていいから」
「ぅ……うん」
メドリの言葉に励まされて、勇気を持って手を離す。
ま……まだ大丈夫。
少し寒いぐらいで、まだメドリの近くにいるし……
半歩下がる。
ほんの少し、ちょっと離れただけ。
けど、急に体温が下がった気がする。
少し吐き気もしてきた。
でも……まだ大丈夫……
「うぅ……」
さらに半歩下がる。
さっきと合わせて足一つ分ぐらいの隙間しか開いてない。
けど、けど何故か、その距離が果てしなく遠く見える。
気持ち悪くなってきた。
でも、まだ動ける……
「ぅ……わっ!」
半歩下がろうとする。
けれど、なぜかうまく平衡感覚が掴めなくて、足がもつれてしまう。足がもつれて、こけてしまう。
「イニア!」
「大丈夫……」
メドリが心配してくれる。
そして気づく。
転けたせいで、メドリと大きく離れてしまったことに。
大きくって言っても、ほんの少し。
大きく一歩を踏み出せば、届くようなそんな距離。
けれど、手の届かない距離。
メドリに手を伸ばしても、届かない距離。
そう気づいた瞬間、目の前ががたがたと揺れだす。
全身の魔力の動きが気になり始める。不快感が全身に走る。
足が震えて、立てない。
視界が揺れて、何も見えない。
吐き気がひどい。
全身が気持ち悪いぐらい震えてる。
苦しい。
動けない。
気持ち悪い。
力が入らない。
メドリに手が届かない。
メドリがいない。
「おぅえぇぇ……!」
口から何が出てる。
喉が痛い。気持ち悪い。
べちゃという音がする。
何……なにこれ。
メドリ……メドリは……?
「イニア! 大丈夫……大丈夫だから……」
メドリの声が聞こえる。
けどなんて言ってるかわからない。
魔力がうるさくて、頭に入ってこない。
けどメドリが私を包んでくれてるのがわかる。
頭を撫でてくれてるのがわかる。
それがわかると、少しづつ魔力の不快感が消えていく。
不快感が消えて、うるささが消えて、吐き気が消えて、視界が安定していく。少しづつメドリが見えてくる。
「ぁ……ん……」
声にもならない声が私の口から出てる。
状況がわかってくる。
もう視界は揺れなくなっていたけれど、いつのまにか出ていた涙が、視界をぼやけさせる。
けれどはっきりわかるのは、メドリがいること。
メドリが見える。
メドリ以外は見えない。
「大丈夫……大丈夫だよ」
「んっ……メドリ……」
「あっ……み、水飲む?」
「うん……」
メドリから渡された水をゆっくりと飲む。
喉の痛みが少し弱まる。
……なんで喉が痛いんだろ?
少し視線をずらす。
そこには、すごくぐちゃぐちゃな何かがあった。
というか……吐瀉物……ゲロだった。
「え……これ、私?」
「そうです。けど、すいません。ここまで酷いものだと思いませんでした。配慮不足でした」
「いえ……私もやらないといけないととは思いましたし……」
嫌だったけど。
それにしてもゲロまではいてしまうとは……
「イニア……大丈夫?」
「う、うん……メドリがすぐ抱きしめてくれたから」
メドリのことをすぐ感じれたから、もう落ち着いてきた。
もっと長時間離れてたらどうなってかわからない。
けど……吐いちゃった……
前までも吐き気はしてたけど、吐いたりはしなかったのに。
病気自体は悪化してるのかも……でも。
「一緒にいてくれれば……大丈夫」
「うん。やっぱり、私達離れらないね」
そう言って、私もメドリを抱きしめる。
あぁ……やっぱりメドリは暖かい……




