第29話 しあわせ
「…………」
やってしまった。
メドリを見過ぎてて、周りが見えてなかった。
けど……流石にあれは……
「その……なんか、すいません」
アマムさんの申し訳なさそうな声を思い出す。
あれから……アマムさんの前でキスしそうになってから、気まずくなって、私達はそそくさと研究室から出ていった。
空気が冷え込んで、流石にあそこにはいれなかった。
帰路についても、私たちは少しの間、なにも話せなかった。
恥ずかしくて。
でもなぁ……アマムさんのこと、あの瞬間は完全に忘れてたよね。やっちゃった……
思い出すだけでも、顔が赤くなる。
人前でキスしそうになるなんて。あれ……? でもたしか……?
「メドリからだよね……?」
「な、なにが?」
「なにって……き、キス」
たしかキスをねだってきたのは、メドリの方からだったはず……恥ずかしくて、記憶が飛んでたけど。
「そう……だけど……イニアが先に……」
「先に?」
「こ、恋人……とかいうから……!」
メドリの顔がまた少し赤くなる。
でも……たしかに。私が恋人って言い出したんだった。
「ごめんね。嫌いにならないで……?」
途端に声を小さくして、声を震わせる。
「ううん! 嫌いになんてならないけど……その、恥ずかしくて……」
メドリが少し焦ったように少し大きな声を出す。
「そう……? 嫌いじゃない?」
「うん! イニアのこと好きだよ!」
「……ありがと! 私も好きだよ!」
「あっ……もう!」
私の声色が急に元気になる。それで、流石にメドリも気付いたみたい。
「また……!」
「好きって、言って欲しくて……ごめんね?」
「……いいけど……むぅ……」
メドリが少し膨れてしまう。
ありゃりゃ……どうしよ。
手を繋いだまま、鍵を開けて家に入る。
ここも前まではなにもなかったのに……メドリがきてから、いろんなものが増えた気がする。何より暖かさが。
「イニア……家だよ?」
「う、うん。そうだね?」
メドリが何かを訴えかけるような目をする。
なんだろ……
「ここなら私たちだけだよ?」
「……うん?」
「……まだしてもらってない、よ?」
……あ。
そういうこと……そういうことね?
うぅ……まだ、ちょっと緊張する……
「……んっ」
メドリの顔に近づいていく。
私の口がメドリの口を塞ぐ。
視線が交差して、目を閉じる。
キスの味を堪能するために。
舌がメドリの口内を侵していく。
甘いメドリを感じる。美味しい。
今私……メドリの空気を吸ってる。
舌を絡ませる。
唾液を交換して、お互いを感じる。
あれだけ恥ずかしがってたキスは、してみればやっぱり気持ち良くて、羞恥心がどんどん快楽へと変わっていく。
すごく暖かい……メドリの体温を感じる。
キスの音が、私の、私達の中から響いている。
私とメドリが強く、すごく強く繋がってる音。
お互いがお互いを感じるために貪り合う。
口内に舌を入れて、メドリを侵食するのはなんだか……征服感があって……私、やっぱり独占欲強いのかも。
うん……メドリのこと離したくないし……ずっと、ずーっと、私のそばにいて欲しい。一緒にいてほしい。
「んっ……ぁ……!」
つい激しく舐めてしまう。
メドリを求める心が強くなって。
少し目を開けると、かわいいメドリが見える。
メドリも気持ちいいって思ってくれてるかな?
そうだといいな……私と同じように思っててほしい。
私……メドリが欲しいよ……
メドリのこと……すごく欲しい。
メドリも、私のこと……求めてくれてるかな……?
求めてくれてるよね……?
「ぁ……!」
メドリの首筋に触れる。
肩を添うように撫でる。
同時に魔力を使って、メドリの魔力を感じる。
やっぱり……メドリの魔力は綺麗。
ほんとは、私なんかが触れていいものじゃないのかも。
だけど……だけど、メドリを感じてたい。
流れる魔力に逆らうように、私の魔力を這わせる。
「んぁ……! イニアっ……」
重なる口の隙間から、メドリの声が漏れる。
かわいい声が。私をおかしくさせる声が。
私の魔力がメドリの魔力と絡まる。
ぐるぐると絡まって、メドリの魔力を直に感じてる。
「んっ……ぁ……ちゅ……」
舌と魔力でメドリを感じる。
私は……私は今、メドリといる。
メドリを感じてる。一緒にいる。
メドリの存在を感じる。
それがただ心地いい。
メドリが私と繋がって、一緒にいてくれることが心地いい。
求めてくれることが気持ちいい。
こうやってメドリと求め合っていると思う。
やっぱり……私、メドリのこと好き。
好きで好きでたまらない。大好き。
「っぁ……」
長い、深い、口づけを終える。
メドリのとろけた顔が離れていく。
唾液が糸を引いて、ほんとにキスしてたんだって実感する。
「ん……」
無言が2人の間を流れる。
何も言わずに、私達は顔を赤くして、お互いを見つめる。
「ぷはっ」
「あはは」
なんだか無性におかしくなって吹き出してしまう。
つられてメドリも笑い出す。
こうやって意味もなく、メドリと笑いあってるこの瞬間も、キスをしてる時と同じくらい……いやそれ以上に、幸せ……
そう。私は今幸せなんだと思う。
心が暖かい。心地いい。
「水でも飲む?」
「うん」
手を繋ぎ直しして、家の中へと入っていく。
メドリが私と一緒に住んでるってこういう時に感じる。
一緒にいてくれてるって。
……やっぱり、私。
メドリの全てが欲しい。
どこにも行かないで欲しい。
「メドリはどこにも行かないでくれるよね……?」
気づけばそんなことをいっていた。
キスをしたからかな。
恋人ってことを言ったからかな。
幸せって気づいたからかな。
途端に怖くなる。
こんな風な幸せは続かないんじゃないかって。
ずっとこんな風にいれない気がして。
「……行かないよ」
「そうだよね……ごめんね」
疑った私が嫌になる。
ずっと一緒にいるって言ったのに。
メドリのことを疑う私を嫌いそうになる。
メドリのことを信じるって決めたはずなのに。
メドリがどこに行ったって、追いかけて一緒にいるって約束したのに。いなくならないでなんて真逆の言葉を言った私が嫌になりそう。
「ううん。いいよ。不安になったら、いつでも言ってよ。なんでも話そう? なんでもいいよ。私達……恋人なんだから」
そんな自己嫌悪に走りそうな私の心は、メドリの言葉で消えていく。メドリの言葉が、承認が、いつだって私の心を楽にする。
「それに……イニアのこと好きだから、どこかに行かないよ」
そんなことも言ってくれる。
好きって言ってくれる。
メドリの少し恥ずかしがった好きは、私の中に入ってきて、私の心を満たしていく。暖かさで満たしていく。
「それこそ、イニアがどっかに行かないか心配だよ」
「それはないよ!」
思わず少し大きな声が出てしまう。
でも、それは強く否定しておかないといけなかった。
メドリのことが好きなこの心は、この心だけは疑問に思ってない。ずっと、これだけが真実。
「ずっと、ずっとメドリのこと……好きだもの……!」
「ありがと。好きだから一緒にいてくれるんでしょ?」
「うん……!」
「じゃあ、私も離れられないよ? 私も好きなんだから」
「うん。うん……!」
メドリが私を抱きしめてくれる。
私が安心できるように。
私を離さないように。
私と一緒にいてくれるように。
その中で私はメドリを感じる。
ずっと、メドリを感じていられる。
メドリの温もりの中に私はいる。
「メドリ……!」
「よしよし……ずっと一緒にいようね」
「うん……!」
そう言って、私達は抱き合っていた。
長く。永く。ずっと。深く。
お互いの温もりを感じれるように。




