第28話 こいびと
観測魔導機が私の魔力を観測して、魔力波が表示されていく。グラフは全然安定せず、上がったり下がったりを繰り返してる。
それがどういう状態を指してて、どのような効果を持つのかは知らない。けれど、このグラフが動いてるのが魔力多動症の証拠。
「うわぁ……すごいですね……!」
アマムさんはこれを見てすごい楽しいみたい。
目がキラキラしてる。
アマムさんは約束をした次の日のパドレアさんの授業が終われば、すぐ呼びに来た。私としては別に見せても良かったけど、正直その熱意は……ちょっと引いた。うん。
「魔力量も多いし……すごいです……あ、そっか魔力次元が……いや、でもこの魔力量だし……」
「はは……」
楽しそうにぶつぶつ言いながら、紙に何かを書いている。
今時、メインが紙……結構珍しい。紙なんてもうほとんど触れてない。前に触ったのは……学校で折り紙した時だから、4年ぐらい前かな?
「これは……どうなの? 大丈夫なの?」
上下に揺れ続ける魔力波を見て、メドリが心配そうな声を出す。メドリが強く手を握ってくれる。
「うーん……まぁ、いつもこんな感じかな」
「そう……? 無理しないでね?」
「大丈夫! メドリと一緒にいるんだから」
実際それなりにひどくはなってるかもしれない。
正直私もグラフを見てわかるほど、魔力多動症に詳しくないし。でも、多分メドリといるから大丈夫なのかな。
前までなら動くこともできなかった気がする。
不快感が酷くて、なにもできなくなって、うずくまることしかできなくなってたと思う。
けど、メドリといるから、そんなことはない。
メドリといれば大丈夫。
「たしかに……これ結構動いてますよね……鎮静剤とかは使ってないんですか?」
少し冷静になったのか、さっきよりは落ち着いた声でアマムが問いかける。
「今はそうですね……けど、前は使ってました」
「それは……えっと、治ったから……ってわけではないですよね?」
「なんていうか……メドリと一緒にいると大丈夫なんです」
もうだいぶ前のようのことに感じるけど、まだ1ヶ月ぐらい前のこと。あんなことはもうない方がいいけど、もし魔力多動症が悪化してなかったら、メドリへの思いを自覚することも、こんなふうにメドリと過ごすこともなかったのかと思うと怖い。
「メドリさんと……なるほど……じゃあもし離れてても一緒にいれたら、イニアさんも戦えますね……」
「えっと……?」
たしかにそうかも。そうかもだけど……どゆこと?
離れてても一緒にいるって……どゆこと?
まず離れたくないんだけど……
「その……メドリさんと離れると魔力多動症の影響で動けなくなるんですよね?」
「まぁ……はい」
アマムさんが紙にペンで図を書く。
棒人間2人。私とメドリかな……? ていうか、結構下手だね……私も人のこと言えるほどじゃないけどさ。
「手を握ってたりしたら大丈夫ですよね?」
「はい……その、手じゃなくてもくっついてたら……」
そこまでいう必要もなかったことに言ってから気づいた。
恥ずかしい。顔が熱い。
「で、なんですけどね」
アマムさんが何事もなかったかのようにペンを走らせる。
棒人間の手がくっつく。
……私達が顔を赤くしてるのに気づいてないみたい。
鈍感なのかな?
「手はくっついてるって言っても、それ以外は離れてるわけですし……その、なんていうかこの条件を少しでも再現できれば……」
アマムさんが新しく少し離した棒人間を描いて、その間を点線でつなぐ。
「そうすれば……っと、思ったんですけど……的外れですかね?」
「えっと……」
よくわからない。
条件とか言われても、メドリと一緒にいることだし……
たしかに、離れててもメドリと一緒にいれたら多少は安心だけど、それでも一緒にいたい。一緒にいるって……
「わ、わたしは嫌……!」
メドリのか細い声がする。
不安そうな声。
「私と一緒にいる……そう言ってくれたよね……?」
メドリが私の手を強く握って、私を見つめてくれる。
でも、その目の中の心はぐらぐら揺れていそうで、今にも倒れそう。
「うん……一緒にいるよ……約束だしね」
そんなメドリを支えたくて、安心して欲しくて頭を撫でる。
紫髪をほわほわと撫でる。
メドリは少し安心したように、私の腕にもたれかかってくる。メドリの存在が私の腕にかかる。
「なので……その、もしそれが可能になっても離れるのはちょっと……」
「そうですか……けど、その……」
アマムさんが言葉を濁す。
なんだろう。
「なんていうか……仲良いですよね?」
「あ、はい」
またそれ?
パドレアさんも同じようなこと言ってたね……そんなに仲良く見えてるのかな……? いや仲良いといえばそうだけど……
同年代の友達がメドリしかいないから、平均的な距離感がわからない。
耳を舐めるとか……指を舐めたりとか……き、キス……とかするのが距離感として近いのはわかるけど……今はまだ頭を撫でただけだし……
「その……仲良すぎるというか……友達ってだけの関係には見えないんですけど……?」
「え!? あの……! その、えっと……!」
メドリが途端に慌て始める。
なんか余計に怪しいというか……もう誤魔化すのは無理そう。元々別に聞かれたら、誤魔化すつもりはないけど。
「あ……えーっとですね……その、わかります?」
「まぁ……その、はい」
「そうですか……実は私達、その、恋人……なんです」
「イニア……!?」
ついに言ってしまった。
恥ずかしい……けど、なんか解放感というか……少し誇らしくもある気がする。
イニアは顔を真っ赤にしてるけど。アマムさんも少し赤くしてるし。アマムさんから聞いてきたのに。
「イニア……ちょ、ちょっと!」
「どうしたの? それとも……違った? 恋人じゃないの?」
恥ずかしがってるメドリが可愛くて、少し意地悪なことを言ってしまう。こっちも結構恥ずかしいけど。
「違わないけど……!」
「なら?」
「なら……?」
「私たちは?」
私の意図に気づいたのか、たださえ真っ赤な顔がさらに赤くなる。湯気でも出てきそう。かわいい。
「こ、恋人……」
今にも消えそうな、小さな小さな声だったけど、確実に言ってくれた。メドリが私達のこと恋人って……!
ひゃー! かわいい!
「……もう! イニアの意地悪!」
にやにやしてる私に気づいたのか、メドリが少し睨んでくる。睨んでてもかわいいけど。
「あはは……許して?」
「……ぅん……」
少し悪いことをしたかもと思って、頭を撫でる。
もし、これでメドリに嫌われたらどうしよう。少し不安。
「ごめんね? その、メドリがかわいくて……」
「っ……ぁ……!」
かわいいって言われたことに反応したのか、メドリの顔がまた赤くなる。
「……なんでもしてくれる?」
「う、うん! なんでもいいよ!」
私は許して欲しくて、そう言ってしまう。
「じゃあ……その、キスして?」
「え……! その……あー、えっと……」
キスをねだるメドリがかわいい。
いや、そうじゃなくて。
キスをするのは正直すごい心地いいし、気持ちいいし、大歓迎だけど、私からするのはまだ恥ずかしい。
いや、最初にキスしよって言い出したのは、私だけど……あれは、なんかちょっとおかしくなってからだし……
「なんでも……でしょ?」
「ぅ……」
そう言われると弱い。
たしかになんでもすると言った。それにメドリにも許してほしいし、約束は、特にメドリとの約束なら守りたい。
「わ、わかった。じゃあ……いくよ……?」
「その……すいません。私もいるんですけど……?」
キスしようと意思を固めると同時に、アマムの声が響いた。
私の意識は羞恥心で固まる。
メドリの顔がまた真っ赤になる。私の顔もすごく熱くなっている。暖かかった空気が一気に冷え込んだ気がした。




