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第14話 こわいの

 メドリは少しの間泣いていた。

 それは家が無くなった喪失感なのか、家族と会えなかった絶望感なのか。私にはわからない。


 わからないけど……わからないから、ただ頭を撫でている。

 メドリが、悲しんでることはわかるから。

 メドリに悲しんでほしくないから。


「ありがと……もう大丈夫」

「そう……?」


 メドリが顔を上げる。

 目元は腫れていたけれど、もう泣いていなかった。


「それに、避難してたかもしれないよね……」


 メドリが崩れて原型の無くした家を眺める。

 悲しげだけど、少し目には希望があるように見える。


「でも、家にいなかったら、どこにいるんだろ……」

「昨日の掲示板には何も書いてなかったんだよね?」


 昨日の広場の情報掲示板には、誰でも自由に書き込める。

 通信魔導機が使えない今は、そういうところに情報が集まる。

 誰かが死んで、誰が生きてるのか。離れ離れになった人への伝言。そういうのが多い。


「うん……だけど、そうなると手掛かりもないし……どうしよっか」


 通信魔導機が復旧してないし、あとは足で探すとか……?

 でも、そんなことで会えるとは思えないけど……


「メドリ……?」


 後ろから知らない声が聞こえる。

 知らないメドリを呼ぶ声が。


 いや、聞いたことがある。たしか……


「お母さん!」


 メドリが振り向く。つられて私も。

 メドリの母が駆け足で近づいてくる。

 父もほっとしたような顔でそこにいた。


 メドリの母が、メドリを抱きしめる。

 私は、なんだかそれを別世界にように眺めていた。


 手は繋いでいるのに……なんだかすごく遠くのような気がして。メドリが途端に遠くに行ってしまったような気がして。


 メドリが母と父に抱きしめられて、泣いている。

 なんだか寂しくなって、メドリの手を少し強く握る。

 メドリも強く握り返してくれる。


 少しほっとして、笑みが溢れる。 


「えっと……この人は……?」


 メドリの父が私を見て問う。

 たしか会ったことはある。けど、もう何年も前だし忘れてても仕方ない。私も少しは成長してると思うし。


「イニア。昔、家に来たこともあるでしょ?」

「あぁ……あの時の。ありがとう。メドリを助けてくれて」


 メドリの父と母が私に頭を下げる。

 私は慌てて首を振る。


「いや、そんな……私の方が助けてもらって……」


 メドリがいないと私はもう何もできないと思う。

 メドリがいてくれたから、ここまで生きてこれた。


 それからメドリと両親は少し話していた。

 魔物がきてからどうしてたのかとか、どこにいたのかとか、何が起きたのかとか。

 私は特に話すこともなかったから黙っていたけど、メドリが手を握っててくれたから平気だった。


「じゃあ、そろそろ帰るよ。えっと、学校に避難してるんだっけ?」

「そうだな。そっちはイニアさんの家か?」

「うん。じゃあまたね」

「気をつけるのよ」


 そう言って別れた。

 一緒にいた方がいいんじゃないかなっていう話も出たけど、メドリが適当に理由をつけて断っていた。


「よかったの?」

「何が?」

「家族……と一緒にいなくて」


 少し俯きながら、問いかける。

 メドリがクスっと笑う。


「そんな不安そうな顔しなくたって、一緒にいるよ。言ったでしょ?一緒にいるって」

「そんな顔してた……?」

「うん。もう今にも世界が終わりそうな顔してた」


 世界が終わりそうな……ね。

 メドリがいなくなってしまったら、私の世界は終わったも同然だと思うけど……


「家族が生きてたのは嬉しかったけどさ……イニアと一緒にいた方がいいもの」

「うん……私もメドリと一緒がいい」


 手を強く握って、微笑み合う。

 指が絡まって、離さない。離れない。


「私ね……怖いの」


 メドリが突然話し出す。

 日が落ちて、辺りが暗くなる。


 魔力線が切れてるからか、街灯もほとんど動いてないようで、月明かりを頼りに道を進んでいく。


「失うのが、いなくなるのが、怖い」

「うん」


 何を言えばいいかわからない。

 ただ相槌を打つことしかできない。


「けど……みんないなくなっちゃった」

「……」

「いつのまにか私の周りから、みんないなくなるの。私はそれがたまらなく嫌……」


 メドリは空を見ていた。

 空の淡く青白く光る月を。月はそろそろ強光月の季節で、だいぶ明るくなっている。


「家族だって、ずっといるわけじゃない……私ね……孤児なの。知らなかったでしょ?」

「……うん」

「もうだいぶ前に今の家に引き取られたから、気にしてないけど……たまに思うよ。家族もいなくなるって」


 月灯りがメドリの顔を照らす。

 不安そうな顔を照らす。

 そんな顔をして欲しくなくて、手を強く握る。


「けど、イニアはずっといてくれた……」

「うん……これからもずっといるよ」


 そう言ってメドリを抱きしめる。

 ここいるって伝えたくて。ここいるって感じたくて。


「ありがと……でも……でもね。私……怖いよ……!」

「メドリ……」

「イニアも……イニアもいつかいなくなるんじゃないの……?ねぇ……イニア……私……」


 声が途切れ途切れなっていく。

 声が震えてる。

 メドリの頭を撫でる。


「私はずっといるよ……メドリと、ずっと」

「でも……私は信じれないの……!怖い……怖いよ……!」


 もう暖かくなってくるのに、身体も震えてる。

 そんなメドリの身体をさらに強く抱きしめる。

 

「ごめん……いきなり、こんな話して……」


 メドリが顔を上げる。

 その顔を見て、少し笑ってしまう。


「そんな顔しなくたって、嫌いにならないよ」

「どんな顔?」

「嫌いにならないで、って書いてある」


 そういうと、メドリは少し安心したように目を閉じる。

 メドリの手が私の背中に回ってくる。


 暖かい。

 メドリも私を求めてくれてる感じがする。

 それがすごく嬉しい。


「私もね……私も怖いんだよ……?」

「そうなの……?」


 私もいろんなことが怖い。

 メドリがいなくなったらどうしよう。

 魔力多動症が強くなったらどうしよう。

 けど……


「けど、メドリがいてくれたから、大丈夫。メドリはずっと一緒にいてくれるんでしょ……?」

「うん……うん……!」


 いつでもメドリはいてくれた。

 家に帰っても誰もいないときも、メドリがいてくれた。

 家に親が帰ってこなくなったときも、メドリがいてくれた。

 一人暮らしを始めたときも、仕事で怪我したときも、魔力多動症がひどくなったときも、魔力鎮静剤を使い過ぎそうなときも、メドリがいてくれた。


 いつでも。いつだって、メドリが私といてくれた。


「私もう、メドリがいてくれないとダメだから……一緒にいてよ。怖いなら……こうやって私に甘えてよ。いつでも、何度でも」

「うん……!ありがと……!」


 メドリが顔を近づけてくる。

 横顔がすぐ近くにある。

 紫髪が私の青髪と絡まる。


「じゃあ、ちょっと……」

「え……?ひゃっ!」


 つい変な声が出てしまった。

 耳を……耳を食べられた。


 誰に?

 メドリに。


「んっ……」


 メドリの小さな声がする。

 舌が動いて、私の耳を舐めてるのがわかる。


「ぁっ……!んっ……!」


 恥ずかしい。

 けど、それ以上に嬉しい。

 メドリがこうやって甘えてくれることが。


 それに……私もちょっと気持ちいい。


「っはぁ……!」


 メドリの口が耳から離れる。

 耳はメドリの唾液ですごく濡れてる。風が吹くと、冷えて少し寒い。けど……すごく熱い。


「……少し……怖くなくなったかも」

「ならよかった……帰ろっか」

「うん」


 メドリの手はすごく熱かった。

 けど、ずっと手は繋いでいた。指を絡めて。

 顔はお互いすごく赤くなってる。

 けど……すごい嬉しい。

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