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第112話 いきさき

 私がどれだけ嘆いていても、動けなくなっていても、何もしなくても、時間は進んでいく。止まったように感じていた時間だけれど、愚鈍かつ愚直にずっと止まらず時間は進んでいく。


 あれからどれぐらいの時が経ったのかな。わからない。わからないけれど、確実に時は経っている。時は問題を解決には導いてはくれないけれど、問題を薄れさせてくれる。


 最初は何もできないと感じていた私だけれど、次第に慣れ始めていた。メドリがいない日々に。慣れたくもなかった日々に。

 メドリのことは今でも大切で、いなくなったことを意識するたびに息は荒くなるし、心は痛くなる。視界が揺れて、身体は震える。吐き気が迫ってきて、蹲らずにはいられなくなる。


 だけれど、ずっとそうならその状態だったからそれに慣れてしまった。昔メドリが言っていたことを思い出す。魔力多動症はずっとその状態になればいつか感覚が慣れるという話を。あと医者もそんなこと言っていたような言っていなかったような気もする。


 あれは確か鎮静剤に頼らない方法だったけれど、今の私は鎮静剤も打っているから違う状態なのかもしれない。でももう私の魔力は鎮静剤だけじゃなんともならない。ただ弱めるだけでしかない。


 つまりはその弱めた症状に慣れ始めたということ。

 だからこそ鎮静剤を打てば多少は動けるようになってきている。そう、感じる。


「私、行くよ。会いに行く」


 久しぶりに部屋から出た日に開口一番にそう言った。

 イチちゃんとナナちゃんは驚いた顔をした後に、嬉しそうに笑う。


「うん! 絶対そうしたほうがいい!」


 ナナちゃんの嬉しそうな声を聴いてこれでよかったと少し思えるけれど、同時に音という情報はまだ辛くて、思わずしゃがみこんでしまう。

 吐き気がするほどでもないけれど、息が苦しくなって地面がどこかわからなくなりそう。


「だ、大丈夫!? まだ無理しないほうがいいんじゃ……」

「う、ううん……大丈夫だよ……その、エスさん呼んでくれる?」

「呼ぶまでもありませんよ」


 メドリの居場所を一番知っているであろうエスさんを呼ぼうとすると同時に足元から作られたような声が聞こえた。声のしたほうを見れば、立方体がそこにはあった。

 それは私と視線を合わせるように、小さな魔力光とともに宙へと浮かぶ。


「久しぶりですね。イニア」

「うん。久しぶり……」


 久しぶり、なのかな。私にはよくわからない。

 それぐらいは時間が経っているということなのかな。


「最初に謝らせてください。メドリを無事に届けると約束したのに、今この状況になっていること、本当に申し訳ないと思っています」

「それは……いいよ。もしエスさんがいなかったら、きっと誰もここにはいないと思うし」


 エスさんの案内や魔導兵器の助けがなければ、きっとイチちゃんを助けることすらできずあそこで全滅していた。それぐらい最後に現れた魔導兵器は強かった。だから、メドリは。


「ぅ」

「イニア?」

「だ、大丈夫……」


 メドリのことを強く想起するだけで辛くなる。あの温もりを安心を、守れなかった事実を突きつけられてしまう。私の許されざる罪。罪悪感が心を蝕んで何もできなくなってしまいそうになる。


「えっと……話してくれる? メドリは今どこにいるの?」


 苦しくなり始めた呼吸を整えながら、エスさんへと問いかける。

 最後にメドリと一緒にいたのはエスさんのはず。今も居場所がわかっているなら良いんだけど……


「現在の正確な居場所は不明です。メドリは私、別の私をいるはずですが、現在私の機体同士の長距離接続ができません。しかし接続が切れる前に意思通りならば、転移し、ここから北に1500kmほどの地点付近にいると考えられます」

「それってえっと……」


 頭の中で地図を思い浮かべる。

 思い浮かべようとするけれど、地図を見たのはもう大分前でおぼろげにしか思い出せない。路線図とかならすぐに出てくるけれど。


「魔力壁の向こう側です。いえ、さらに離れているでしょうか……」

「ぇ……そんなに……」


 そんなに遠くに。あそこは確か……あまり治安が良くなかった気がする。そんな場所に行ってしまったなんて……私が、しっかりしていれば……


「あ、あの! 魔力壁? って何?」


 ナナちゃんから疑問が投げかけられる。

 知らないことに少し驚いたけれど、2人のこれまでを考えれば仕方ないことと思い直す。

 2人はすごく知りたがりだし、学校に行けるようにもしてあげたい。無理に行けとは言わないけれど……なんだか2人にはもっと凄いことができる気がする。


「魔力壁は強大な魔力がほぼ直線に立ち昇る場所です。その距離はこの大陸を両断するほどで、越えるにはその魔力から身を守る術が必須となります」


 魔力壁は今となっては超えることができなくもない。技術的には。エスさんの言ったように魔力を防いでその影響を受けないようにすれば。

 数十年前にはそうやって魔力壁を超えた結果戦争が起きたらしい。それまでは魔力壁の影響……それだけじゃないと思うけれど、お互いの存在に気づくことはなかったとか。


「じゃあ、まずは魔力壁に行く……うん。明日にでも」


 行くならすぐがいい。また何もできなくなる日々がくるかもしれない。今すぐにでもいいけれど、多少の準備はいるし。


「私もお供します」

「うん! もちろん!」

「私も……」

「ありがとう……助かるよ」


 今の私は魔法すら使えない。無理をすれば使えるのかもしれないけれど、試す気にもならない。魔力に触れるのが怖い。魔力からの感覚なんて受け取りたくない。また、メドリとの記憶を思い出してしまう。


「あ、私、セルシアさんに話してきていいかな? イニアお姉ちゃんのこと、すごく気にしてたから」

「うん。ありがとう。セルシアさんにもありがとうって伝えてくれるかな?」

「わかった! イッちゃん、いこ!」

「うん、その……お姉ちゃんも無理はしないで」

「わかったよ。心配してくれてありがとう」


 そういって2人は通路を走る。

 その背を眺めながら、壁に体を預ける。


「っ、はぁ……!」


 無理をしないでと言われたけれど、無理をしないと話すことなんてできない。

 視界がくらむ。目が見えない。床が近い。身体が思い。息がうるさい。熱い。しんどい。

 苦しいだけの涙が溢れ出てきて、今にも何かが戻ってきそうになる。


「イニア」

「大丈夫……こんなこと……」


 きっとメドリはもっと大変なんだ。

 私の願いのために、怖くて辛い道を選んでくれた。それがきっと私達にとって1番良いと思っていたから。だから私も、こんな苦しみに呑まれるわけにはいかない。


「……早く準備、しないと」


 頭の中のぐちゃぐちゃとした思考を振り払い、自分のものではないような身体を動かす。体内で蠢く魔力が伝える感覚は相変わらず私の気力を少しずつ奪っていく。光も音も……全部が敵に見えそう。


 でもメドリに会えさえすれば。メドリを感じれれば今の最悪な記憶だってきっと、全てメドリとの記憶が上書きしてくれる。そう、メドリに会えさえすれば。

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