追放
「ストラ、お前もういらねぇわ」
上級ダンジョン「竜顎の旋穴」4層。
その名の由来である、地下最奥まで繋がっているとされる大穴。その近くにオレを呼び出して、パーティーリーダーのガイはそう告げた。
「なんだって?」
「だからよぉ……いつまでもギフト不明の役立たずなんざ、うちのパーティーにはいらねぇのよ」
「っ!それは……」
――ギフト、それはダンジョンを攻略する冒険者に天から与えられる祝福。
この世界には「ダンジョン」という、魔物が跋扈して人が踏み入れない未開地がある。
その「ダンジョン」を攻略して開拓するのがオレたち「冒険者」だ。
冒険者になるとき、まず協会で審判を受ける。そうすると天から「ギフト」という才能の祝福と、「ジョブ」っていう冒険者として戦う為の加護が与えられる。
ギフトはそれぞれ個別の可能性を示す才能のこと、対してジョブの方は冒険者が共通で得られる肉体強化だ。
たとえば、ジョブを選択する儀式のとき、冒険者になる前から剣を扱っていた人は当然のように「剣士」のジョブが選択肢として示される。
けれど同時に、剣の扱いに慣れていない人でも、冒険者になって剣に関連するギフトを授かった場合、ジョブ選択の儀式で「剣士」の選択肢が示される。
で、ギフトに合ってると思われるジョブを選んで自分を鍛えていくと「豪剣士」「剣聖」「聖剣士」みたいに上位ジョブが選べるようになる。
もちろんギフトに関連しないジョブに就くことは出来るし、技術や経験によって、ジョブを解放したり上位ジョブに至ることだって不可能じゃない。
けれど、基本的にはギフトに沿ったジョブを鍛えた方が効率的だし、本人の適正に合ってることが殆どだ。
(天が本人の資質に合った才能を示す……まさしく天啓ってわけだ)
ギフトは授かった時点で明確に名称や効果がわかるわけじゃない。
上位ジョブに至る条件は全く同じとは限らないし、儀式で示されるジョブや実際に体験した能力などから類推したものを、体系としてまとめて便宜的な名前をつけてるだけだ。
それでも、過去の記録などから一般的には大体のギフトが判明する。
(俺みたいな未知のギフト以外は、だけど)
俺、ストラ=アーケインがジョブ選択の儀式で示されたのは「魔導士」だ。
魔導士は魔法を扱う魔術師に似たジョブだけど、何かしら特殊な魔法に特化した上位ジョブに繋がることが多い。
精霊を呼び出す精霊魔導士や、物を召喚する召喚魔導士、はたまた幻獣を従える幻獣魔導士、などなど。
だから俺は、過去の前例を調べてそれっぽい魔法を片っ端から研究して試した。
地水火風光闇のメジャーな属性魔法から、回復魔法、精霊魔法、召喚魔法、使役魔法……けど、どれもダメだった。
どれだけ魔法を試しても、上位ジョブは解放されなかったし、なにかしらの魔法が特別強化される感覚も覚えなかった。
冒険者を始めて4年、俺はまるでギフトの手掛かりが掴めないでいた。
「今までずっとよぉ、同期のよしみで我慢してパーティーに加えてやってたんだぜぇ?」
「レアで強力なギフトに違いねぇ、だから時間掛かってもしゃーねーよな……ってよ」
ぐっ。そこを責められると俺は弱い。
ガイや同じく仲間であるリンナ、コーレル、ミルフィ……4人とも冒険者を始めた時期は近いけど、もう皆ギフトが判明してて、上位ジョブに就いてる。
このパーティー「疾風の鋭爪」の中で、ギフトが判明していないのも、上位ジョブに就いていないのも、俺だけだ。
「たっ、確かにオレだけギフト不明で上位ジョブに就けてないけど!アレコレ試して、その分色んな魔法使えるし!結構役に立ってるだろ!?」
苦しい言い分だとわかってはいるが、全くの間違いというわけじゃない。
ギフトを解明しようと色んな魔法に手を出した結果、魔導士としては中々に多芸だという自信がある。
一通りの属性魔法は中級程度まで使えるし、マイナーな魔法や意外な場面で役立つ魔法も習得している。
実際、これまではそうやってなんとかパーティーに貢献してきたわけだが……。
「確かにお前は多芸だけどよぉ。魔法職として一番重要な火力が足りてねぇじゃねぇか!」
「多芸つったって、支援に特化したわけでもねぇ中途半端。実力の近い魔法職と比べりゃ役立たずだろうが!!」
その通りだった。今の俺たちの実力は中級者ぐらいだが、このレベルになってくると純粋な魔法職に求められるのは火力……高威力の魔法を使えることだ。
そして、仲間をサポートする支援能力で考えた場合も同じ。純粋な支援職には敵わない。
結局オレは、アレコレと手札があっても本職には及ばない、器用貧乏だった。
「俺たち疾風の鋭爪もお前以外は上位ジョブに就いて、中級パーティーとして安定してきたしよぉ……そろそろ上級ダンジョンに手を掛けてぇわけだ」
そうだ……。オレ以外のメンバーは、レアではないけど堅実かつ強力なギフトを所持していて、成長も速かった。だから4年という短期間で中級パーティーにまでなれた。
後はオレという器用貧乏の代わりに、火力の出せる正統派な魔法職の誰かを加えれば、パーティーは完成する……。
今回、低層止まりとはいえ上級ダンジョンである此処に来たのも、その考えを示す為だったんだろう。
「だから……オレを追放するのか……?」
「あぁ、お前はもうクビだ」
そうあっさりとクビだと告げたガイの瞳は、冷たく覚めきっている。
「けっ、けど、いきなり言われたってさ!」
「それに、オレは固定メンバーとして登録されてるし、皆で借りてる拠点の解約手続きだってあるだろ??すぐになんて……」
4年間、オレたちはずっとパーティーを組んできた。誰一人として欠けるつもりはなかったし、関係が大きく変わるとも思ってなかった。
だから5人全員が固定メンバーとして協会に登録しているし、パーティーの拠点として借りているハウスも皆でカンパしている。
よっぽどの事情がなければ固定メンバーのクビは起こらないため、脱退や解約の手続きは面倒で時間が掛かる。
加えて、長年いた固定メンバーをいきなりクビにしたとなると悪評に繋がりかねない。
そんなパーティーにすぐに新しいメンバーが加入することなんて……そこまで考えたところで、最悪の可能性が脳裏に過った。
固定メンバーであろうと、死亡した場合は例外だ。
「おい、まさか……ガイ、お前っ……!?」
「あぁ。ストラ、ここで消えてくれや!!」
そう叫んだガイは、背中から抜き放った両手持ちの大剣に、疾風の刃を纏わせて思いっきり振りかぶった。
あいつのギフト「疾風剣」を生かした十八番の技だ。
「嘘だろ!?」
「嘘なもんかよ!奈落に落ちろ!ゲイルッスマッシャァァッ!!」
ガイの振りかぶった大剣から放たれた、疾風の塊がオレを直撃した。
ドオンッ!という衝撃と共に吹き飛ばされたオレの体は宙を舞い、ダンジョン最奥に繋がっているらしい奈落の上空へと押し出された。
「うぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
一瞬だけ視線を合わせたガイは、すぐに背を向けて去っていく。
そうしてオレは、仲間に追放されて、奈落へと落とされた。