仮初の身体
「お菓子買いすぎちゃったかな……ナツ、大丈夫?」
「だ、大丈夫大丈夫……」
菓子やジュース、大きなビニール袋が二つ分。
これくらい大した事ない筈なのに……砂が入っているんじゃないかってくらい重く感じる。
大人と子ども……男女の違い……なのかな。
「一緒に食べるんだから半分持つよ。ナツ、貸しなさい」
嬉しそうな顔で半ば強制的に荷物を取り上げるハナ。もうすぐ家に着くらしいけど……
「ほら、あそこ!! あの赤い屋根が私のお家だよ!!」
長い長い坂道を登った先に見える大きな家。
それは宛ら、赤い屋根の○きなお家。
「凄い……大きな家……」
「私とママの二人暮しだから、ちょっと広すぎちゃうんだけどね。それにママは出張で殆どこの家にいないから……私はいつも一人」
「……じゃあ今日は二人だね」
「うん!! ナツ、早く早く」
この急な上り坂をハナは軽やかに走り抜けていく。対する俺は……息が切れ、震える足に力を込めてやっとこさ登る。
「ハァハァ……やっと……ついた……」
ハナはこの坂を毎日登ってるのか……
というかこの身体、体力が無さ過ぎるな。夏ちゃん健康そうだったけど……なんでだろう。
「ナツ、大丈夫……?」
「ち、ちょっと休憩……」
「庭にベンチがあるから。こっちだよ」
可愛らしい黒い鉄門を開け荷物を木陰に置くと、優しく手を引かれる。ただでさえ不安定な状況だからか……こう優しくされると、自分の弱さが出てしまう。
「ハァハァ……情けないよね、ごめん……」
「……ちょっと待ってて」
なにか閃いたような顔をしたハナは、コンビニの袋からアイスを取り出した。
昔ながら、二つに割れるタイプのコーヒー味。
「はい、どうぞ♪」
少し溶けかけて柔らかくなり始めたアイス。
この先、真夏日は暫く終わりそうにないらしい。
「んー♪ 美味しいね、ナツ」
「うん……美味しい。生き返る」
「ふふっ、不思議だね」
「何が?」
「アイス半分になっちゃったのに……半分にするとこんなに美味しくなるんだもん。不思議……」
マジマジとアイスを見つめるハナ。
汗をかいたアイスの水滴。反射するハナの美しい青い瞳を見ていると……胸の奥が疼く。
「……二人で食べるから美味しいんだよ、きっと」
「そっか……ふふっ、そうだね♪」
ハナは足をパタつかせ嬉しそうに微笑んだ。
高台に位置するこの屋敷は風通しが良く、流れる風が心地良い。深く息をすると、肺が痛くなる程に……生きていると実感する。
今朝、俺の事をスマホで調べてみた。
SNSで検索に引っ掛かり辿ってみると、どうやら隣の県に住んでいるらしい。
記憶には一切ないけれど、昨日も更新されていたので……元気でやっているのだろう。
なんとなく……理解した。
この世界は──
「ナツ、横顔が素敵だね」
「……えっ?」
「色々と考えてたと思うんだけど、大人びてるっていうか……その……」
「その?」
「ふふっ、カッコよかった」
「ありがと……」
それはきっとこの身体だから、夏ちゃんだから。…………なら俺は、一体誰なんだろう。
俺じゃない。葉月夏じゃない。
「……ナツ、私の部屋に行こ? おいで」
何かを察したのかハナは優しく手を繋ぎ、家の中へと案内してくれた。
今はこの優しさに縋ることでしか……保っていられない。
◇ ◇ ◇ ◇
広いリビングにレンガの暖炉。
見上げれば吹き抜けの天井にシーリングファンが回っていて、玄関を開けた正面には二手に分かれるお洒落な階段。
「可愛いお家だよね、私気に入ってるんだ。冷蔵庫こっちだよ」
確かに……こんなに広い家に一人は寂しいよな。
「ナツー!! こっちが私の部屋だよ!!」
靴下を脱ぎ捨て、走りながら階段を登るハナ。学校で見た姿とは別人だ。笑顔で二階から手を振るハナに、小さく手を振り応えた。
「ここが私の部屋。私とママ以外、ナツが初めてのお客さんだよ。言ってて寂しいけど、でも……ナツが初めてで良かった」
なんの因果かは分からないけど、今この場所でこの身体でいるのなら……純粋に、自分への言葉として受け止めよう。じゃないとハナに失礼だ。
「ナツが私の部屋にいる……ふふっ、不思議だけど嬉しい」
夏ちゃんの渋い部屋とは違い、お洒落で可愛らしい部屋。ついキョロキョロと見回してしまう。
壁にはアコースティックギターが掛けられている。ハナも弾くのかな……?
「最近ギター始めたの。寂しさを紛らわす為っていうのもあるんだけどね」
「……ちょっと弾いていい?」
「えっ? うん……ナツ弾けるの?」
「うーん、多分」
こう見えて若かりし頃はプロのミュージシャンを目指していた訳で…………こう見ると今の方が若かりしなんだけどね。
「うん、チューニングは合ってる。ハナ、どんな歌が好き?」
「昔の曲なんだけど──って知ってる?」
ドンピシャではないけど割と世代だった曲。そんなに古くはない印象だったけど……一回り違えば昔の人間なのかもしれない。
「いいよ、聞いてて?」
俺が得意だったフィンガースタイルでのソロギター。伴奏からメロディまで全てこなすから、弾いてても聞いてても様になる。
指の大きさだったり固さだったりは全然違うけど、そこは根性でカバーする。
それでも関節がよく動いているから……夏ちゃんはピアノでもやっていたのだろう。
「すごーい!! ナツすごいよ!! プロみたい……」
「お粗末様です」
「記憶が無くても覚えてるんだね」
あ、そうだよな。ドウシヨウ……
「体が覚えてるっていうか……もしかしたら、私は私じゃないのかもしれないね。違う誰かがこの体で目が覚めたような」
「……それでもナツはナツだよ。もし色々と思い出したら私の事は忘れちゃうのかな……」
少し涙を目に浮かばせてハナは抱きついてきた。落ち着け……今出来ることを精一杯やろう。
ハナには……笑っていて欲しいから。
「ハナ、大丈夫だよ。何があっても忘れないよ? 友達なんだから」
「うん……」
「よしよし」
ハナの頭を優しく撫でてあげる。仮初の身体でも、今は女子。これくらいはしてもいいだろう。
「……ナツ、もうちょっとこのままでいてもいい?」
「うん、いいよ。一緒にいるからね」
「ナツ……ありがとう」
ハナに少しだけ強く抱きしめられ増す鼓動。
自分の存在をハナに残すように、優しく抱き返した。