もう少し
「ご馳走さまでした……」
結局全部食べてしまった。美味すぎる、悪魔的だ……
「……美味しかった?」
「うん、滅茶苦茶美味しかった。それに色合いとかも凄い綺麗だったよ。ありがとう。えーっと……ハナさん?」
「ハナでいいよ。明日も食べる……?」
「ホント? いいの──」
いやいや、待て待て。
明日には全て元通りになっているかもしれないし、そうなっていないと困るだろう?目の前にある欲(弁当)の為に出来もしない約束をしても、彼女に失礼だ。
「あ、あのさ……」
言葉尻、お昼終了の鐘が鳴る。
言いかけようと口を開くと、どことなく嬉しそうな顔をする彼女に何も言えなかった。
「じゃあ明日作ってくるからね」
ありがとうハナ。明日元に戻っても……お弁当の美味しさもハナの優しさも、忘れないから。
◇ ◇ ◇ ◇
「ナツ、作ってきたよ」
どんなに辛くても、明日は待ってくれないのさ。えぇ、元に戻れませんでしたよ。
うん、とりあえずいただこう。
「わぁ……凄いな」
可愛らしい猫のキャラ弁。
彩りは鮮やかで、野菜を中心に栄養面も考えられている。相も変わらず、腹が鳴る。
「これ食べていいの? でもこれ崩すのは勿体ないよな……」
「いいから、どうぞ」
「いただきます…………うまっ! なにコレ、メッチャ美味いんだけど?!」
「ふふっ、よく噛んでね?」
嬉しそうに微笑む彼女。こんな状況なのに……なんで俺は高揚しているんだろう。
…………もう、元には戻れないのかな。まぁ……こんな生活も悪くないのかも……
いや、諦めるな。なにかキッカケがあるはずだ。
入り口があるなら出口だって必ず……
ふと彼女を見ると、寂しげな顔をして弁当を見つめていた。
「ハナ、どうしたの? 何か嫌な事でもあったの?」
「……一人でお弁当を食べてても、美味しく感じなくて。でもナツといると、なんだか美味しいの……この国に来てから、寂しい気持ちになる事が多いんだ」
「ハナ……」
ハナは日本に来てからの事を語ってくれた。
差別、偏見、価値観を押し付けられて友達を作ることすら億劫になってしまった事。
そんなハナの話を、ただ頷いて聞く。
話している途中、ハナは不思議そうな顔で俺を見つめてきた。
「ナツ、何にも言わないの?」
「えっ? 何を……?」
「私の話を聞いて、何も言わないのは何で?」
「何でって……俺……私はハナじゃないからハナの気持ちは分からないし、気軽にそうだよねとか言えないよ。ただ……話を聞くことは出来るから。辛い時は、一緒にいてあげる事が一番だって思う。寂しかったかもしれないけど、今この時は私が傍にいるから。ね?」
そう言い終わると、ハナはポロポロと涙を流し始めた。ハンカチなんて持ってなかったから、制服の袖で優しく拭う。
「私が辛い時……優しい声をかけてくる男の人が沢山いた。話しをすると……その気持ち分かるよとか言ってくるけど、上辺だけだってすぐに分かった。みんなそうだった。私の話をちゃんと聞いてくれなかった。だから、私は人から段々遠ざかっていった。この国の人達が嫌いになった。でも……ナツは違う。私の話をちゃんと聞いてくれた。誰かといるっていう感覚は、凄く久しぶり。ナツ、ありがとう」
「……うん、どういたしまして」
どちらからともなく微笑み合った。
それは不思議な感覚で……まだ元には戻れない。戻りたくないと、心の中で願ってしまう。
そんな俺を現実に戻すかの様に、お昼終了の鐘が鳴る。
「昼休み終わっちゃうね。ハナ、ご馳走さま」
「……ナツ、放課後ちょっとお話したいんだけど……駄目かな……?」
ヤバい……可愛過ぎる……
今こんな状況でも何か役に立てるなら、それでいいや。
「うん、じゃあ教室で待ってるよ」
「ふふっ、ありがとうナツ」
…………早く放課後にならないかな。
いやいや?! 俺は一体何をしている!?
満喫してんのか?違う、これはハナの為……
ホント、何やってんだろう。
◇ ◇ ◇ ◇
帰りのホームルームが終わると、教室の入り口でハナがキョロキョロしていた。ドアに隠れるようにして……勇気を出してここに来てくれたのだろう。
「ハナ、ここだよ」
「ナツ! 他のクラスなんて緊張しちゃって……でもナツに会いたかったから頑張ったよ」
……可愛過ぎる。
「来てくれてありがと。私も会いたかったよ」
「ふふっ、ナツは日本で初めての友達だから。あれ? 友達……だよね?」
「友達だよ。私もハナが初めての友達だし」
「えっ? ナツもそうなの??」
墓穴掘り。でも……この子に嘘はつきたくない。つけない。どうしたら……
「それはその……話すと長くなるっていうか、空は青いっていうか……」
「……聞くよ?」
「でも、信じてくれるか分かんないし……っていうか自分自身信じられない事だし……」
「ナツの言う事なら、私信じる。だから話して? 私もちゃんとナツの話聞くから」
真剣な眼差しに、今言える精一杯の言葉を考える。もう少し……もう少しだけ、ハナといたいから。
「その……朝起きたら記憶が無くて。鏡を見てもこれが私?って感じで……あははっ、変だよね」
「……変じゃない。大丈夫だよ、私がいるから。大丈夫……」
涙を流しながら俺の手を握り、何かを祈るように目を瞑るハナ。その温かな手のひらは、この不可解な出来事が起きて始めての温もり。
少しだけ……心が解れていく。
「……ありがとう、ハナ」
「ううん。何か困った事があったら私に言うんだよ?」
「うん。あっ……そういえば、家に帰っても誰もいないんだよね。人の気配がないし……私がどんな生活をしてたのかも分からないし……困っちゃうよね、ホント」
先の見えない明日を思いから笑いをすると、ハナは握る手を強めて俺を見つめてくれた。
ハナも夏ちゃんも……お互い柔らかな手。
「……もしよかったら私のお家に来る? 明日は休みだし、ママはいつも出張でお家にいないから、その……私も寂しいし……」
出張……寂しい……っていうことは、ハナは母親と二人暮らしかな。
……うん。お互い、少しは気が紛れるかもしないな。
「じゃあ行ってみよっかな。迷惑じゃない?」
「わーい♪ 嬉しい!」
どこか大人びた感じがしていたけど、年相応の無垢な笑顔。その顔に、俺の強張っていた心も少し解れ……自然と笑えていた気がした。
「今日ロードショーで気になってた映画がやるの。ナツも一緒に見よ?」
「うん、一緒にね」
もし明日元通りになったら、万々歳。
でも……それ以上に喪失感が生まれそう。
もし神様がいるのなら……せめて、月曜日まではこの体でいさせて下さい。
なんて、女々しい事を思う…………いいのか、今は女子だし。
「ナツ、帰り道にコンビニ寄ろうよ。ポップコーンとジュース買うんだ♪」
差し出された手を握ると、真夏日の蒸し暑さを吹き飛ばすようにハナは微笑んでいた。