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第八話 疑惑の足音

 硬い握手を交わす二人の表情は何故か対照的であった。その後話を聞くためにレンリの座っている方の長椅子へと座るように促される。だが、その間もアリエスは何か考え込んでいるのか手のひらを見ながら暗い顔をしていた。


「どうかしたのか?」


 俺がぼそりと呟いた質問に何でもないと言わんばかりに笑みを浮かべた。アリエスはレンリの隣に座り、俺はその後ろに立つ。


「それでまずは何が聞きたい?」


「そうですね。まずは領主の黒い噂についてお願いします」


「なるほど。ではそれを話そうか」


 かなり重要な話をしようというのにヴィクトルはレンリを退場させようとはしないようだ。跡取りとして育てようとしているのか俺たちと面識があるためなのか理由は分からないがレンリは拾われたにしてはかなり厚遇されているようだ。


 ヴィクトルは喉を潤すためにカップに残っている紅茶を飲み干し、真剣な顔で語りだす。


「現状のこの街は領主ではなく私とパシフィック商会のハクヨウ殿が実質的に支配していると言っても過言ではない。何しろ私たちの商会はアルカン王国でも有数の大商会、その影響力は計り知れん。つまり、奴にとっては私たちは邪魔な存在であるということだ。彼は考えるわけだ。あいつらさえいなければ……とな。そして、奴は最大の禁じ手に手を出そうとしているわけだよ。それが何か分かるかね?」


「……殺しですね」


「その通り。奴はスラムに拠点がある<蠍>という組織と接触し私たちの殺害を目論んでいるのだよ」


「それは確かな情報なのですか?」


「もちろん確たる証拠はない。だが、奴がスラムに出入りしているという目撃情報は前からたびたびあったのだよ。最近ではこれまでとは比にならないほどの情報が入ってきている。それでは不服かね?」


 その試すような問いにアリエスは迷わずに答えようとしている。俺たちも領主の屋敷であの男の不審さというものを目にしている。不定することはないだろう。


 だが、ここまでの話を聞き何故ヴィクトルが護衛をさせようとしたのか合点がいった。彼は近々自分が狙われることを確信していたのだ。正直ヴィクトルにとっては俺たちの存在は好都合なのだろう。だからこそ借りがあるとはいえ快く協力してくれているのだろうが。


「いえ、十分です」


「それは重畳。本題はここからだ。奴が君たちが調べている件と関わりがあると判断した理由だがこの商会に属する人間から複数の目撃証言があったからだ。まあ、これだけではわからんだろうから一から説明しよう。あれは一週間ほど前だったか……。私の商会がいつも通り行商を行いこの街へと帰ってくるとき亡者が襲ってきたのだよ。まあ知っての通り魔物としてのあれらは大して戦闘能力は高くない。護衛の人間が簡単に蹴散らしたため被害は一切なかったよ。だが、そこで目撃したそうだ、領主と蠍の人間をな」


「……いっしょにいた人が蠍の人間だという確証はあるのですか?」


「もちろんある。複数の人間が手の甲に奴らのトレードマークである蠍の入れ墨を見たそうだ。嘘だと思うならあとで確かめてもらって構わんぞ」


 正直これだけでは確証があるとまでは言えない。裏の世界で蠍という組織は有名だ。その構成員が蠍の紋章を刻んでいるのもそれなりに知られている。だが、こちらには正誤を確かめる手段がある。


「そうですか。では後で確認させてもらいます」


「ああ、そうしてくれ」


 アリエスは予想通り力を行使するようだ。仮に目撃した商会員が嫌がったとしてもヴィクトルが約束した手前拒否することはできないだろう。


「とりあえず奴の黒噂と情報はこれで全部だ。他に何か聞きたいことはあるかね?」


「いいえ、今のところはありません。なので情報の確認をさせてもらってよろしいですか?」


「いいだろう。ついてきたまえ」


 ヴィクトルは重い腰をゆっくりと上げ、扉の方へ向かおうとする。


「俺はここで待たせてもらっていいでしょうか?レンリにも少し聞きたいことがありますし」


 いきなり名前を出されたレンリは目をぱちぱちとさせる。ヴィクトルもその発言に驚いたようだが顎を数回こすると冷静に俺とレンリを視界に捉える。俺たちの反応を伺っているのか一瞬沈黙が場を支配する。そしてヴィクトルは徐に口を開く。


「構わんぞ。レンリにも今まで退屈な思いをさせてしまったからな。君のようなものが相手をしてやればその穴も簡単に埋まるだろうしな」


「ありがとうございます」


 それだけ言うとヴィクトルはのそりと扉の方へと歩き出す。


「それでは私はヴィクトル氏についていきますね」


 アリエスは軽やかに立ち上がりヴィクトルの後を付いていこうとする。だが、俺がアリエスの肩に手を乗せ引き留める。無造作に彼女の艶やかな金髪に触れる。


「髪にごみがついてたぞ」


「そう、いつもありがとう」


 アリエスは俺の肩を軽くたたき礼を言う。その瞬間俺の頭の中には情報が流れ込んでくる。これはアリエスの能力の一つ、その名も<伝心>だ。彼女は相手の頭の中を覗くだけでなく自分の頭の中の情報を言葉を介さず一瞬で伝えることが可能なのである。


 アリエスはそのまま自然な所作で再びヴィクトルの後を付いていく。だが、俺は彼女に与えられた情報に少し混乱していた。何せ彼女が伝えてきた情報はヴィクトル・グランツの心を読むことができなかったというものだったのだから。


 

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