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第三十話 嫌な偶然

 私は朝、シンと別れて二階に上り再び眠りについた。昨日と違いすんなりと眠ることができてしまった。美味しい食事でリラックスできたからなのかシンと話して頭が整理できたからなのかはわからない。けど、気持ちよく眠れたのだから気にしても仕方ないと割り切ろう。


 私は体をぐっと伸ばしながら階段を降りるとテーブルの上に一枚の紙とその上に何かの鍵、それに木で編まれた箱が置いてあった。書置きには『少し出てくる。昼飯は隣の箱の中に入れておく。もし店を出ることがあれば置いてある鍵で扉を施錠してから外出してくれ』と書かれてあった。


 私は箱を開け、中に入っていたパンを頬張る。やはりアンガスの作った料理は格別だと味わい噛み締める。ものの数分で完食すると置いてあった古びた鍵を持って外へと出ていく。木製の重厚な扉を閉め鍵穴に鍵を入れ回す。がちゃりと音が鳴り引いても扉が開かないことを一応確認した。


 輝く日照りに目を細めながらスラムの方角とは反対の方へと歩を進める。通りを横切り視界の奥に見える聳え立つ外壁を目指す。お昼なためか通りを通る人々が朝の比ではなくどこもかしこも人だかりができている。私はその人込みに入り人を押しのけながら進んでいく。その中で少しだけそれぞれの人の頭の中を覗き込む。大勢の人間の深いところまで覗きすぎると限界以上の負担を強いられるためここ数日の記憶に絞る。通りを抜け、路地に入ると壁にもたれ掛かり一息つく。予想以上に接触する人が多く莫大な情報晒されてしまったため鈍い痛みが頭に走る。


 数分ほど休むとまた私は歩き始める。結局そこらへんの人たちでは大した情報は得られなかった。やはり明日までおとなしくしていた方がよさそうだ。そう思いながらも進み始めたのは一応シンにも言ったことだし外壁までは行ってみようと思い直したからだ。


 十分ほど歩くと外壁までたどり着く。首が痛いほど見上げないと壁の終わりが見えないほど高い外壁の表面は埃っぽく歴史を感じさせる。きょろきょろと周りを見渡すが人が住んでいなさそうな古びた住居くらいしか見えない。


(やっぱり収穫はなさそうね。人ごみで疲れたし、もう帰ろう)


 私は踵を返し帰路に就こうと振り返ると目の前から見覚えのある人物が歩いてきたが目に入った。黒い髪を携えた壮年の男性、領主ガルニエだ。


「おやおや、こんなところで奇遇だね。聖女アリエス」


「………奇遇ですね。領主様。ここのはどんな御用で?」


「用と言うほどの理由はないよ。私はこうして時々街の中を歩いて回っているのだよ。領主として街のことは知っておくべきだろう」


「それは感心な心掛けですね。昨今は自分の利益ばかり考える領主が多いというのに」


 私は邪気のなさそうな瞳を領主に向ける。領主はさも当然というようにその視線を受け止める。


「残念なことだよ。領の繁栄こそ領主の責務だというのにね。彼らは貴族というものを正しく理解できていないようだ」


 領主が誰を思い浮かべているのかはわからないがぺらぺらとその誰かへの失望を垂れ流す。自分も何かしらの罪を抱えているのだろうに一切の後ろめたも見せないその姿勢はまさに貴族だと私は思った。


「そのような方々には領主様の爪の垢を煎じて飲ませてあげたいですね」


「まったくだよ」


 私と領主は愉快そうに笑い合う。さも自分の腹の中にも愉快な気持ちがあるかのように。


「さて、私はこれでお暇させていただきます。またお会いしましょう」


 私は優雅な笑みを浮かべ、軽く頭を下げる。作り固められた笑顔は領主の横を通り過ぎた瞬間剥がれ落ちる。


「待ちたまえ」


 私は足を止める。


「何か進展はあったのかね?」


「いいえ、何も」


 私は振り返ることもなく真っ直ぐに歩き出す。背中に突き刺さる視線を無視して。

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