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第十八話 外れた道

 人気のない細い路地を抜けるとパシフィック商会の塔の目の前に出た。グランツ商会の時と同じで複数個の出入り口があるのだろう。そうじゃなければ大商会の通用口の人気のなさは説明できない。おそらくこの扉は商会の内部一部の人間しか使えないはずだ。


「……あの扉に近づいてくれるかしら?」


 俺はその指示に素直に従い周囲を警戒しつつ扉の方へ向かっていく。


「ちょっとしゃがんで。私の手が扉の円の紋様に触れるように」


 ツバキの手を見ながら少し膝を曲げ高さを調節する。伸ばしたツバキの手が門の円の紋様に触れるとそこを中心に光の筋が走り、甲高い音が鳴る。そして、独りでに扉が開いていく。俺がその様子に目を丸くしているとツバキは誇らしげな顔をする。


「どう?最新鋭の神具の認証システムは」


「……凄いな。まさか生体認証を可能にするとは……」


「この技術はほんの一か月ほど前に<学園>で開発されたものなの。でも、現在使っているのは極少数の商会だけ。何故だかわかるわよね?」


 <学園>は教育と研究を専門的に行う独立機関である。救世機関が法的に特別な存在ならば<学園>は技術開発という面で特別な存在だ。どの国にも属しておらず唯々様々な研究行う異様ともいえる場所だ。俺は被りを振り<学園>の方に意識を引っ張られそうになるが堪える。


「まあ、コストがかかりすぎるからだな。それに普通の商会ならここまで厳重な扉は過剰防衛だろうし」


「その通りよ。でも私たちの場合は違う……」


 その言葉には自分たちの商会が優れたものだという自負を孕んでいるように感じた。この女はこの商会に強い思い入れがあるのだろう。俺には関係のない話だが。


「それで入っていいのか?」


「ええ。ようこそパシフィック商会へ」


「なんか締まらないけどな」


 ツバキの首に回す手が先ほどより強く締め付けてくる。どうやら余計な一言だったらしい。俺は螺旋状の階段を一歩一歩下りていく。曲がりくねっているせいでこれがどこまで続いているのかわからない。


(なるほど、よく作られている。)


 俺は一人心の中でまだ見ぬ職人を賞賛する。下り始めてからわずか一分、こつこつと石の階段と俺の足で奏でられる音が心地いいなどと益体のないことを考えて呆けていると外套が強く引っ張られる。


「ここで止まって」


 俺は足を止める。ツバキは壁のあるブロックを手で押し込む。すると内側の扉ががらがらと音を立てて現れる。


「そこに入って」


 年代物の仕掛けに面白みを感じつつ暗い奥の方へ進んでいく。先ほどの階段には所々に光を放つ神具が置かれていたがここはそれが一切ない。そのため完全な闇に包まれていた。俺のような訓練された人間でなければこの廊下は恐怖を覚えてもおかしくない。


「三十秒も真っ直ぐ歩けばつくから我慢してね」


「大丈夫だ。これくらいは慣れてる」


「流石は<勇者>ね」


 俺はその言葉に苦い表情を浮かべている。幸いにもここは暗い。誤魔化す必要もない。だが、普通に考えれば俺の能力は<勇者>の力として定義される。何とも便利な称号だ。会ってわずかな時間しか経っていない他人であっても俺の本質は英雄なのだと信じて疑わない。


 これも救世機関の信頼と実績のおかげなのだろう。実際自分の知る限り他の勇者や聖女たちは尊敬できるだけの人物が多い。だが、そんな人物と自分を同列に扱われるのはどうにも表現しずらい感情が湧き上がる。本当なら俺は<勇者>に相応しくはないのだから。


 懐かしい暗闇に触れ感慨深くなってしまった。だが、切り替えなければいけない。今の俺は<灰の勇者>なのだから。そんな無駄なことを考えているうちに扉が見えてくる。その扉は一口と同じものであったため同じように扉の前で少しかがむ。ツバキが扉に触れると独りでに開き眩い光が網膜を覆う。目を細め、ゆっくりと部屋の中に入っていく。


 そこは客間のような場所で柔らかそうな長椅子とテーブルがあり、壁際にはいくつかの棚が置かれていた。俺は背負っているツバキを椅子におろす。


「これでやっと話ができるな」


「そうね。でも私は先にハクヨウ様に報告しにいかないと」


「そうか。では俺はここで待たせてもらう」


「できるだけ早く戻ってくるわ」


 そう言ってツバキは走り出す。俺は視線でその背中が見えなくなるまで追った。完全に見えなくなると大きく息を吐き、のゆったりと足を組んだ。


 

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