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第十七話 進展

 俺は腰の抜けて動けない女を背負う。


「悪いわね。手間を掛けさせて」


「気にするな。死の恐怖には誰もが抗いがたいものだ」


「……そうかもね」


 女はぽつりと漏らす。俺は背負っている女を気遣いつつもその内側には踏み込んでいく。


「さて、俺はどこに向かえばいいんだ?」


 女はある方向を指さした。その先には巨大な塔のようなものがあるのが視界に映る。だが、その棟は俺たちが依然訪れたものではなかった。


「……なるほど、了解した。しっかり捕まっててくれよ」


 俺は特に聞き返すことなくフードを目深にかぶり走り出した。その速度は先ほどの黒の一団よりもさらに速い。もたもたしていては逃げたやつらが追ってくるかもしれない。そうなれば面倒なことになる。俺は背負っている女が耐えられるであろうぎりぎりの速さで駆けていく。若干苦しそうな声が聞こえるが我慢してもらうしかない。


 走ること五分、ようやくスラム街の出口が見えてきた。途中見られている感覚があったためわざと入り組んだ道に入り、まいたため時間がかかってしまった。


「大丈夫か?」


「……ええ、大丈夫よ」


 後ろからぐったりとした声が聞こえてくる。流石に俺の全速力は答えたようだ。心なしか最初のころよりも首にかけられた腕の力が弱まっているように感じる。


「……そうか。それで俺は真っ直ぐあの塔に向かっていいのか?」


「そうしてくれて構わないわ。私がいれば門前払いされることはないから」


「それもそうだがこのまま人通りの多いところを通っていいのか?」


 女は己の惨状に今更ながら気づいたのか頬を赤く染める。フードを目深にかぶった怪しい男に背負われているのだから目立つのは当然だ。その状態を多くの人間から見られるのは恥辱極まりないだろう。特にこの街に根付くものならなおさらのことだ。女は耳元でぼそぼそと呟く。


「できれば人があまりいない道を通って欲しいのだけど……」


「そう言われても俺はこの街には詳しくないぞ。あなたが道案内してくれるならそれに従うが」


「もちろん、指示は私がするわ。まずはそこの路地に入って」


 俺はその指示に従い、軽く走る程度の速さで移動していく。同じ路地でも先ほどの場所とは全然違う。周りの建物や視界の端に映る紐につるされた洗濯物、鼓膜を揺らす元気のよい喧騒どれもスラムにはなかったものだ。俺はその残酷な現実に自嘲的な笑みを浮かべる。だが、どうということはない。いつものことだ。


「次はそこを右、少し進んだら左側にかなり細い通路があるからそこをずっと道なりに進んで」


 俺は黙って指示に従う。俺たちが通る道は本当に人気がなくこの女が恥をさらすこともなさそうだ。必要最低限の会話しかしないのは味気なく感じたのか指示を出す合間に雑談を織り交ぜ始める。


「そういえばまだ自己紹介してなかったわね。私はパシフィック商会のツバキ。主に商会では諜報を担当しているわ。よろしくね」


 俺はそれに若干の煩わしさを感じる。


「………諜報ね」


「何?言いたいことがあるなら言いなさい」


「あっさりと<蠍>に身分が割れていたように感じたが?」


 ツバキ余程悔しかったのか動物の唸り声のような声を上げている。


「あれは私の失態じゃないはずよ。前日まで追いかけられる数時間前までは普通に溶け込めていたのにいきなり裏切り者だとか言われて追いかけられたんだから」


「あなたはそう思ったのかもしれないが知らぬ間に重大な失敗を犯していたかもしれないだろう。ばれた時点であなたは諜報員としては失格。しかも助けなしにはあの場を脱することもできなかった。能力的にあなたが気づかない何かがあっても否定できないのでは?」


 ツバキは事実を突きつけられ押し黙る。実際この女は戦闘面においては実力不足だと思う。だが、潜入技能は高いのだろう。言動から察するにそれなりに長い期間あの組織いたことが伺える。彼女の言う通り露見した原因は外部の何かが要因だろう。しかし、今は口を閉じてもらうため敢えてきつい言い回しをしたのだ。他にも目的はあるが今は考えても詮無き事。それが芽吹くとすればもう少し後になるはずだ。俺は静かになった背中の女を落とさないように薄暗い路地を駆けていく。

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