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3度目の門出

果たして世界には中心部、と呼べる物が存在するのであろうか?


この物語の舞台となる大陸において言えば、中心は明らかに西の大国、ウィンスト王国である。


古代より発展と他国との共働の道を突き進んできた経済大国ウィンスト。

他民族や他文化を柔軟に受け入れてしまう懐の深い国民性も古代より養われている。

そのため、エルフ、ドワーフといった人間に近い種族は里を出たらまず、ウィンスト王国を目指す、

と言われているほどである。


といっても、現在のこの世界は火薬と帆船が欠かせなくなってきた時代背景となっている。


するとどうであろうか。

以前にも増して地域におけるウィンスト王国の存在感は増し、良質で大規模な港を抱えていた事が、

それに拍車を掛けた。

大量物流と、果てしない冒険の時代へと100年ほど前から突入しているのである。


だが、この事を快く思わない種族がいた。

人間から見て異形の者たちである。


魔族まぞくとは、そういった者達に人間が勝手に付けた呼び名である。

緑色や毛皮を纏った肌をし、目の色や体格も人間とは異なる。


思えば、遥かに小規模ではあるものの、以前から彼らとの紛争は絶えなかった。

土地、文化、そして人命と資産を守る戦い。

そこに常識的な正義など介在する余地は無かった。


勝利と敗戦を幾度と無く繰り返し、人類も魔族も離合集散の末にようやく地盤を確保しつつあった。


しかし、大戦は勃発した。

魔族も人類も総力を挙げた血みどろの戦い。

土地も、文化も、そして人命も資産も全てつぎ込み、互いが互いの生存のみを賭けて戦った。


この世界は、既に2度の大戦を経験している。

70年前と、30年前の二度である。


一度目は、お互い初体験という事もあり手探りで始まった。

しかし、あっという間により効率的に相手を倒す手法、戦術を生み出すと即座に戦場に投入した。

犠牲者の数は膨れあがったが、戦場において彼らは捨て置かれた。


すると、人類軍は魔族と比べより高度な戦術を、次々生み出すと瞬時に投入する。

また様々な体格体型、そして言語と文化をした魔族に対し人類はそれら三つをおおむね統一し対抗する。

初めは小さな差異に過ぎなかったが、戦況を鑑みると徐々に歴然とした差になっていく。

そして人類は魔族に対し勝利したのである。


敗戦した魔族は土地と資産を戦後賠償という形で大量に手放し未開地だった極北の地へと追いやられた。

二度目の大戦は、戦場の様相以外は戦争とは呼べなかった。

滅多に人命が失われないからである。


あらゆる手段で互いを偵察し、分析すると共に先手を常に打ち続ける。

先の大戦の記憶が鮮明な事も手伝い、お互いの国民は反戦的だったものの、勝利した人類側は栄光の日々を謳歌していた。


しかし、職業軍人達は全く違う現実を当時は生きていた。


あるときは、息も凍る、凍てつく大地で。

またあるときは、うだるような暑さと湿気の密林地帯で。

互いに極限状態へと追い込まれながら、それでも戦う。


国民は遠く離れた安全地帯から、それを日報として受け取る。

自らが勝利しつつある事を確認するか、負けつつあると分かっても今の現状には支障が出ない事を確認すると、忙しい各自の生活へと戻って行く。

身内に軍人が居る者以外は彼らの心中は察する事が出来なかった。


そうした軍人の一人にして彼らの頂点に立っていた男が、物語の主人公、サミュエルである。


今でこそ愛する妻と息子、そして息子の妻、愛犬に囲まれて平和な暮らしを謳歌しているサミュエル。

しかし、彼の身体と心には深い爪痕が残っている。


その事を詳しく知るのは、当時から付き合っていた彼の妻メリンダと、間近で彼の様子を見ていた側近たち、そして本人のみである。


いつものように朝日が昇る直前に悪夢にうなされ、目覚めたサミュエル。


思えば、先の大戦から30年が経ち、今日が終戦記念日で自分がウィンストに凱旋した日でもある。

だが、即位してからというもの常に勝って兜の紐を締める状態が今日まで続いている。


絶対に終わりは来ない。


彼ら魔族の長、魔王は倒れ、そして引き続いて指揮を執るその妃。

自分が30年前に妃を倒した。

妃が息絶える直前に自分に放った言葉が常に頭から離れなかった。


そのため、平和な世になっても他国との軍事演習、経済協力、兵士の質と量の強化を怠らなかった。

その過剰とも言える政策に周囲の首脳陣はおろか、他国の首相から苦言を呈されることも少なくなかったが、世界平和のため、と強硬に押し切ってきた。


数年前、息子が即位しおととしには近隣国の姫と挙式をした。

もう人生の重要なイベントは既に見納めかもしれない。


そう思った矢先である。


息を切らした伝令たちが慌てながら会議室と軍参謀、そして大臣の寝室を行ったり来たりしている。


伝令の兵士に何事か、と訪ねると詳細は分からないがどうやら魔物が総力を挙げて北から攻めてくるらしい、その宣戦布告があったようだ、と。


遂に来たか、サミュエルは不思議と冷静だった。

常に心構えをしていたためだ。


朝食を食べる暇も惜しみ、首脳陣が結集した会議がすぐに行われた。

もちろんサミュエルも参加した。

陸・海軍の元帥による分析、各大臣の情報提供をまとめると・・・。


30年前、北の果てに追いやった魔物達だが、討ち漏らした軍勢はどうやら各国に潜伏し、北の総本山と密接な連絡を取っていたようだ。

今日はこの国のみならず、人類世界全体にとっても重要な祝日であるが、彼らにしてみれば王族を殺された苦い記憶を思い起こさせる日である。

宣戦布告は明確でまるで法律文書のように整った文言で各国首脳陣に直接届けられたが、配達方法は不明。

具体的な魔物軍の規模や練度・装備などは全く分からないが、30年間の鍛錬と蓄えがあると見てまず間違いない。

具体的な進行開始の日時、場所は不明なので防御策を取りにくい。


慌てる大臣たちにサミュエルの息子、現役の国王であるミカエルが臨戦態勢と非常事態宣言の伝達、そして各国の首脳たちにもそうするよう勧める文書をすぐに送る事を決定し、会議は終了した。


手塩に掛けて育て、たくましく成長したミカエルの姿を見て、サミュエルの心は決まった。


最小限の装備のみを携えて魔王軍を偵察する旅に出よう、と。

自分はもう、すっかり役目を終えたのだ。


こう言った形で不本意ではあるものの、以前から世界中を旅して回りたい、と常々思ってはいた。

今回の場合、見聞を広げると共に、軍人だった自分の技術を活かす事もできる。


また、30年間国王を務めた経験と地位を利用し、兵卒と比べて遥かに多くの貢献が出来る。

一石二鳥どころの話ではない。


義務が生じた場合、それを果たすのみ。

古代より軍人に戒められてきた訓示である。


国民や首脳の見送りは必要ない。

手紙で随時連絡すれば良いだろう。

明らかに偵察任務の様相を呈しているからである。


盛大に見送られては、とても偵察とは言えない。

会議を終えると、半ば放心状態で自室へと戻るサミュエル。


そして、長い間仕舞い込んでいた鎧や兜、大きな背嚢や寝具をクローゼットやベッドの下から引っ張り出し、埃を丁寧に払う。


ゆっくりと旅支度を始めたサミュエルを妻のメリンダが見つけ、彼女はすぐに悟った。


止めても無駄で、自分に出来る事は見送ることと、準備を手伝うことのみであると。


30年前、魔王妃を討伐したあの日と同じように。



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