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79.散らない記憶


 浮き上がろうとする焦燥感や苛立ちを心の奥に沈ませながら、俺はそういったものがこぼれないようにそっとパーティーのほうに意識を傾けていく。


 ……男四人、女一人の五人パーティーだ。俺はその時点でルベック、ラキル、グレス、オランド、カチュアの五人を連想してしまい、呼吸が酷く乱れた。


 落ち着け、落ち着くんだ俺……。スピカがこういう状態とはいえ、俺にはバニル、ルシア、ミルウという頼りがいのある仲間がいるし、俺自身もそれなりに修練してきたという自負はある。胸に垂れ下がる五芒星を握りしめつつ、呼吸を整えて再び意識をパーティーへと持っていく。


 ……よし、見えてきた。痛みを派生スキルの《シール》によって最小限に抑えたことで、やつらの姿をはっきりと脳裏に浮かび上がらせることに成功した。


 ……髪を逆立てた男、片目が隠れた男、長髪の男、筋肉隆々な男、とても長い髪の少女……接近してくるパーティーの情報が鮮明になっていくたびに、『ウェイカーズ』の面々との共通点が浮き彫りになってきて、心臓の鼓動がここから逃げ出したがっているかのようにどんどん速くなっていった。


「……」


 先頭にいる男の逆立っている髪の色は……あ、あ、赤……いや、青だ。赤いのはその次にくる、眼帯を掛けた男のほうの髪だった。さすがに肝を冷やしたが、それで大分落ち着くことができた。髪の色だけなら染めることはできるが、ルベックのように吊り目でもなく、何より頬に短剣のタトゥーがないので別人だと断定できる。


 次に来る長髪の男は陽気な感じのローブ姿の青年で、身だしなみもしっかりしていた。吐き気がするほど陰気な上に汚い格好のグレスとは正反対だし、とても長い髪の女性のほうも、一見清楚そうなカチュアと違っていかにも気が強そうな吊り目をしていた。


 しかもお互いに仲がいい様子で、お喋りに夢中なのかみんな明るい顔でしきりに口を動かしていて、この小部屋につながる通路の前で一旦立ち止まったものの、先頭の髪を逆立てた男が回廊の先を指差したことが影響したのかまもなく通り過ぎていった。


「……違った。カルバネたちでも、それに依頼されたパーティーの『ウェイカーズ』でもないし、もう通り過ぎたよ」


 俺の言葉でみんな一様にほっとした顔を見せた。無理もない。こんな狭い場所でスピカを守りながら戦う必要があるわけで、リスクを考えると戦闘に発展することだけは避けたかっただろうし……。


「びっくりした……」


「あたしもよ! 死ぬかと思ったわ!」


「あふぅ。漏れちゃいそうだった……今もだけどお……」


 バニル、ルシア、ミルウが立て続けに安堵した声を発する。何気にルシアが元に……いや、夢想症になってる。困難を乗り越えたとはいえ、かなり重くて微妙な空気になっていただけに助かる。


「ちょっとミルウ、漏らすなら外でやりなさいよ!」


「そ、そのつもりだよぉ。行ってくるうぅ!」


「ちょ、ミルウ……」


 俺が言い終わる前にミルウがそわそわした様子で部屋から飛び出していった。周りにモンスターがいないかどうか俺に聞いてから行ってほしかったが、今にも漏らしそうだったし仕方ないか。一応確認したがそんな気配はなかったので安心する。あと、徐々に遠ざかっていく例のパーティー以外に誰かいる気配もないしな……。


「……う……」


「あっ……」


 スピカの声がして、彼女が目覚めたんじゃないかと思ってベッドのほうに視線を移したんだが、寝言とともに寝返りを打っただけのようだった。


「……ディゼ……セクト……」


「……」


 スピカの目元に涙が浮かんでいるのがわかる。


 ディゼっていうのは、例の疎遠になったっていう幼馴染の名前だろうか。忘却症によってどれだけ記憶を失っても、大切な思い出だけはずっと消えずに残るものなのかもしれない。俺はその代わりにはなれないけど、新しい思い出として彼女の中に少しでも残ってくれたらといい思っている。それが決して悲しい過去にならないように……。


「熱も一時よりは大分下がってるね。もう少し休んだらきっとよくなるよ」


 バニルがスピカのおでこに手を当てている。彼女の声が少し小さかったのは、スピカを見て何か思うところがあったからなのかもしれない。俺にもカチュアという好きな子がいたし、ラキルのことを友達だとも思っていた。たとえそれが相手にとっては塵同然であっても、俺の思いは確かだった。


 ……あんなことをされても、それでもまだ信じたいっていう気持ちが残っていた。人の思いっていうのは、自分が想像している以上にずっと純粋で気高いんだ。それを平気で踏みにじる輩を、俺は絶対に許してはいけない……。

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