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73.口に入れしもの


 縦に広い空間、青い壁にずらりと並ぶ抽象画、落下したシャンデリア、赤黒い染みだらけのテーブルクロス、触覚の長い黒光りする昆虫が這いまわる食器類、著しく欠損した絨毯に散乱した食べ滓、割れた瓶の欠片、全体に漂う腐乱臭、ジグザグに亀裂の入った窓から添えられた月光……そんな荒れ果てた古城の食堂にパーティー『ウェイカーズ』は集結していた。


「ひひっ……初のダンジョンだぁ。お前らぁ、やるべきことはわかってるよなぁ……?」


 かつて蛇男と呼ばれた新リーダーのグレスが絡みつくような視線をメンバーに送り付ける。


「……セクトを捕まえるんですよね、グレス様」


 ルベックが口元を引き攣らせて下手な笑顔を作る。


「相変わらず笑顔が下手だなぁ、ルベックぅ。こうやるんだぁ……」


 グレスが見事な満面の笑みを作り出し、手本を示してやるとすぐ側にいたカチュアと接吻した。


「……ふうぅ。ゴミセクトを捕まえるのは前提としてぇ、女どもを生け捕りにするぅ……」


「……くっ。おいオランド、空気読めよゴミ」


 ルベックがオランドの脇腹を肘で突く。


「……ぶぎっ。はひっ。ぐ、グレスしゃま、一人くらいはこっちに回しても……?」


「……んんぅ?」


 グレスが片方の眉をひそめながらオランドのほうにズカズカと歩み寄っていく。


「ひ、ひいぃ。おおおっ、お慈悲を――」


 オランドはゾンビになり、頭を抱えながらうずくまって体中を震わせる。


「――誰かこっちに来るぞぉ……」


「うぇ……?」


 オランドの目前で立ち止まったグレスの狭まった目は、食堂の入り口に向けられていた。




「――おい、モンスターいるか?」


「リーダー。ここもハズレです……」


「ダメか。クソッ……」


「はー、あたしもうモンスター探すの疲れたぁ……」


「僕も……」


 食堂にほかのパーティーがやってきたのだ。男二人、女二人の四人パーティーだった。『ウェイカーズ』の面々がテーブルの下に隠れていることに、彼らは気付いてはいない様子であった。


「ここで休んでいくか?」


「ふぇえ……。こんなところでなんて、勘弁してくださいよリーダー……」


「あたしも嫌よ……」


「あはっ。戻ろ――」


「――待てぇ、お前らぁ。モンスターならここにいるぞぉぉ……」


「「「「なっ……」」」」


 引き返そうとした彼らが青ざめるのも無理はなかった。その目前には、片方の目元や尻尾に黒い波形模様のある白い大蛇――【聖蛇化】した蛇男のグレス――がいたのだから。


「「うぎぃっ!」」


 グレスのSランク派生スキル《神授眼》により、動けなくなった四人パーティーのうち、男二人は大蛇の太い胴体に巻き付かれ、目玉が勢いよく飛び出してテーブル上の皿に乗るほどあっという間に圧死した。


「……あ、ぁ……」


 女二人のうち、一人は煌びやかな装飾が施された剣を落として呆然と立っていたところ、あっさりグレスに一口で飲み込まれた。


「……い、い……いやあああぁぁっ!」


 もう一人の女は《神授眼》の効果時間が切れてすぐ、桃色のリボンで結われたポニーテールを揺らし、悲鳴とともに背中を向けて逃げ出したものの、あっけなくグレスに捕まって足のほうからじわじわと飲み込まれていった。


「……げぷっ。んまんまぁ……。んんっ……中でまだほんの少し生きてて蠢いてるぞおぉ。んん……けどぉ、俺の超強力な酸ですぐ溶かされたあぁ。ひひっ……お前らぁ、見たかぁ? 俺の圧倒的な力ぁ……」


「……あ、あ、あ、ぁ……」


 しばらくしてグレスの体が元に戻っても、その足元で【腐屍化】していたオランドの両目は恐怖と腐乱のあまり半ば飛び出ていた。


「……んぅ? なんでゾンビになったぁ、オランドぉ……。話の続きだがぁ、女の子は誰にもやらねぇ。全部俺だけのものだからだぁ。たっぷり恐怖で味付けしてぇ、それから喰うぅ。パーティーを見たら残さず殺せぇ。でもおにゃごはじぇーんぶ俺のもにょおぉぉ。ひひっ……」


 まさに独壇場だった。グレスの晩餐のためだけに用意されたかのような食堂で、ルベックたちはしばらく恐怖のあまり一歩も動けずにいた。


「……さすが、グレス様……」


 グレスに歩み寄り、陶然とキスをしたカチュア以外は。


「可愛いよぉ、カチュアぁ。今すぐ喰いたいくらいぃ……」


「あぁん、こんな時間からダメですよお……。私、一日に一回しか死ねないですから、そのことを忘れたグレス様にまた食べられて、もう二度と復活できなくなります……」


 黒いオアシスというあだ名を持つカチュアの固有能力は【闇水】であり、基本スキルはAランクの《授肉》。それを使用した水を飲めば、一日一回限りではあるが死んでもすぐに生き返ることができるのだ。


 当然カチュアは既にそれを口にしているため、死ぬことは大して怖くなかったのである。

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