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6.無残な現実


「う……」


 ぼやけた輪郭が徐々にはっきりしてきて、釣り下がったランプに照らされた茶褐色の天井が見えてくる。


 ここは、どこだ。天井が見えるってことは、俺はまだ生きてるっていうのか。


 まさか、あれは夢? そうだ、あんなのは夢に違いないんだ。ラキル、カチュア、俺酷い夢を見たよ……。俺は安堵しながら自分の右手を見たが、手首から上がなかった。


 ……あれは紛れもなく現実だったのか……。


 それから何かを考えられるくらい心が落ち着くまで、しばらく時間がかかった。なんで俺、生きてるんだ。というか、あんなところから落ちたのに助かったなんてにわかには信じられない。幾つもの偶然が重なった結果、誰かに助けられたんだろうか。


 ベッドで上体を起こして周囲を見渡すと、部屋の中はぐにゃりと曲がった椅子やテーブル、粉々に割れた花瓶、大きく凹んだ壁やおびただしい血痕等、誰かが暴れたような痕跡が色濃く残っていた。並大抵の力ではこんなことはできないだろう。一体誰が……。


「……うぐっ……」


 片隅に姿見があったので、今の自分がどんな有様なのか確認したくてそこを目指してよたよたと歩いていく。一歩一歩が本当に遅い。もしかして俺がやったのかとも思ったが、そんな怪力はないし歩くのも精一杯な状態だから違うはずだ。全身の感覚が麻痺してるみたいで、歩いてるという実感さえほとんどないからな。


「……」


 ようやく鏡の前までたどり着く。癖のある長めの黒髪、潰れて開かない右目、手首から先がない右手、目元にある深い隈、ごっそり削げ落ちた頬の肉……あまりにも憔悴しきった顔をしてるが、紛れもなく俺だ。服は着替えさせられたらしく簡易な寝間着姿で、胸元には五芒星のペンダントがあった。なんだこりゃ……。


「はっ……」


 誰かが俺の背後に映り込むのがわかって振り返る。


 やや身長の低い、とても繊細な顔立ちをした中性的な少年だ。白銅色――青みがかった灰色――の髪は俺よりも少し長めで、フードのついたローブににズボンをはいてる。おそらく俺を助けてくれた子なんだろう。年齢的には同じかあるいは年下かってところだ。俺が起きているとは思わなかったのか、目を大きくして驚いた様子でこっちのほうを見ていた。


「……た、助けてくれてありがとう……」


 俺は言葉を発した途端、急激に虚しくなった。助かってどうするんだ。俺なんて死んだほうがよかったんだ。


「頼む、殺してくれ……」


「いきなり何を言うの」


 偉く女声だな。それとも、まだ声変わりしてないんだろうか。って、そんなのどうでもいい。俺はこれから死ぬんだ。


「まだ寝てなきゃダメだよ」


「死にたいんだ。せめて楽に死にたいから、ロープかナイフを持ってきてくれ」


「とにかく寝ないと……」


「頼む。殺せないなら死なせてくれ。死体が邪魔になるなら、すぐ埋められるように外でやってくれてもいい……」


「大丈夫。大丈夫だから……」


 何が大丈夫なんだ。俺をこんな風にしたやつらがいる世界が大丈夫なわけがない。ルベックたちの面々が次々と脳裏に浮かび上がる。やつらの蔑んだような笑顔が……。


「……うっ……?」


「どうしたの?」


 強い痛みが心臓付近を襲い、しゃがみ込む。無理をしたのがたたったのか意識が飛びそうだ。今度こそ死ねるならこれでいいのか……。




「……あ」


 まただ。例の天井が俺を見下ろしていた。上体を起こすと、あの中性的な子が、床に座った状態でベッドに顔を埋めて寝ていた。看病でもしてるつもりなんだろうか。俺に負けず劣らずのお人よしなのかもな。いや、信じたらダメだ。俺はもう誰も信じない……。


「――畜生。ダメだ……」


 部屋から出ようとするも、窓がない上に扉に鍵が掛かっていた。内側から鍵を掛けられる構造だから、おそらくあの子が入ってきたときに鍵を掛けたんだろう。それなら体当たりしてやろうと肩でぶつかってみたが、びくともしない。


 こうなったら……。俺はまだ寝ている様子のあいつに近寄ると、どこかに鍵を持ってないか入念に探ることにした。ん、胸のポケット付近に柔らかい感触が……。


「い、いやっ」


 びっくりした様子で起きた少年に俺は頬を打たれていた。……どうやら少年じゃなくて女の子だったようだ……。


「「ごめん……」」


 謝罪の言葉が被ってしまう。俺はともかく、なんで向こうが謝ってくるんだ……?


「まさか女の子とは思わなくて……」


「私こそ、紛らわしい格好でごめん。胸も大きくないし……」


「髪が……」


「あぁ、最近まで長かったけど、失恋したから切ったの」


「失恋?」


「うん。リーダーに片思いしてて。でも、玉砕しちゃった……」


「……そうか」


 片思いという言葉がきっかけでカチュアのことが脳裏に浮かんで、俺は頭を横に振った。


「どうしたの?」


「いや、なんでもない」


「もー、気になるよ。私は言ったよ……?」


「……ごめん」


「ふふ、謝らなくてもいいのに、優しいんだねぇ」


 目を細めながら彼女に微笑まれて、俺は思わず目を逸らしてしまった。性別は女でもボーイッシュな子なのかと思ったが、言動は普通の少女そのものだった。


「……そうさ。俺は優しいんだ。どうしようもないお人よしだ。仲間に裏切られて殺されかけても、信じたかった。夢だって思いたかった程度には……」


「あなたにどんなことがあったのか、もしよかったら私に話してくれる? あ、その前に自己紹介がまだだったね。私はバニルっていうの。あなたは?」


「……セクト」


 何があったかをこの子に話すかどうか迷ったが、よく考えたら俺には失うものなんて何もないんだ。無残な過去でもなんでも話してやるさ……。

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