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47.爪と牙


「――ん……」


 せせらぎによって俺は目を覚ました。


「うぅ……」


 しかし酷い頭痛がする。今にも頭が割れそうだ……。


 どうやら斜面から滑り落ちた際、頭を打って気絶していたようだな。あれからどれくらい意識を失っていたのか見当もつかない。それでも、俺の口にはあの薬草がしっかりと咥えられていた。よし、これさえあればバニルたちの元へ戻れる……。


「……なっ……?」


 よろめきながらもなんとか立ち上がったとき、俺は悪い夢でも見ているのかもしれないと思った。


 川辺のありとあらゆる場所が、ラピッドウルフでほぼぎっしりと埋め尽くされていたからだ。その幾多の鋭い視線は、いずれもまぶしいほど俺のほうに向けられていた。


 どうすんだよ、これ……。頭痛とともにめまいと吐き気がして意識が飛びそうになったが、必死に堪えた。多量の汗がしたたり落ちる中、ここで倒れたらそれこそおしまいだと視線を宙に釘付けにする。というか、よく今まで襲われなかったもんだ……。


 もしかしたら、こいつらは俺という存在に対して強さを測っている段階なのかもしれない。これだけいるんだから何匹か飛び掛かってきてもおかしくないのに、微動だにしない。おぞましいまでの警戒心と統一感だ。おそらく、ここで俺が少しでも逃げようとしたり怯んだりするようであれば、やつらは俺を大したことのない獲物とみなして一気に襲い掛かってくるんだろう。


「……」


 恐怖が心の奥から湧き上がってきそうになるが、寸前で堪える。落ち着け、俺。落ち着くんだ、頼む……。


『グルルッ……』


「……くっ……」


 たった今俺の中で生じた微細な恐怖すら感じ取られたのか、すぐ近くにいた狼が牙を剥き出しにして唸ってきた。それでも襲ってくる気配はない。何故だ……?


 ……そうか、わかった。俺は肝心なことを忘れていた。自分が狂戦士症であることを……。


 やつらはそのことを勘付いているんだ。薬草はこっちにあるし、これを食べれば狂気を解き放つことができる。長剣を持って思う存分暴れ回ることができるんだ……。


 とはいえ、ペンダントを外して狂戦士になったところで多勢に無勢。俺が正気に戻ったとき、狼が一匹でも残っていたらアウトだからためらう。しかもボロボロの体で対応せざるを得ない上、地形的にも圧倒的不利で、こんな見晴らしのいい場所では格好のターゲットにされてしまうのは目に見えていた。


 そこで俺はベリテスの言葉を思い出す。


『いいか、セクト、危なくなったら逃げろ。俺の言いたいことはわかるな? 今のお前にはそれができるはずだ』


「……」


 この言葉を反芻するなら、逃げろというのは決して後ろ向きなものではなく、あくまでも前向きなものだと捉えるべきだと思う。だから俺は狼たちの視線をしっかりと受け止めた上で、毅然とした態度を示してやった。ただ、前向きといっても真正面から戦うわけじゃない。前衛的な回避というやつだ。


 空腹なのか、狼たちが少しずつ近付いてくるのがわかる。俺は後ろ歩きで一定の距離を保ちながら後方の森へと進んでいくと、やつらは俺が何をする気なのかと警戒したのか勝手に道を作ってくれた。木々の中なら一斉に襲い掛かってくるにしても限度があるし、今の状態よりは遥かにマシになるはず。


「さあ、来いよ。お前ら、俺が相手になってやる……」


 やつらは一様に体を硬直させている様子だった。この状態で冷静さを失わない俺が不気味なんだろう。


「いいぞ、来い。まとめて倒してやる……」


『グルルルルッ……』


 狼たちの唸り声が連鎖し、あっという間に広がっていく様子に俺の意識が遠のきそうになる。


 やつらの怒りは徐々に高まってきているらしく、地鳴りを思わせる迫力があった。大地まで味方にしているようで、自分が今たった一人で大勢の敵を前にしているという絶望的な事実を鮮明に浮かび上がらせてくるのだ。


 ……もう、いつ襲ってきてもおかしくない。やつらは既に一部が俺の後方へと回り込み始めている。俺をここから決して逃しはしないという明確な意思表示だ。


 この状態で少しでも俺が怯めば、やつらは今度こそ一斉に飛び掛かってくるだろう。俺もペンダントをいつでも外せる準備だけはしておく。


 さらに俺は楽しいことだけを考えた。もし死ぬにしたって、それまでの間は楽しいほうが絶対にいいからだ。これぞベリテスの言っていたことだと思う。そのせいか、この苦境さえも愉快に感じられるようになった。錯覚というのは実に不思議なものだ。


『――グルルルァッ!』


 俺が森の中に入ってほっとしたのも束の間、油断しすぎたことがやつらにとっての絶好の合図となったのか、狼たちの殺意を乗せた爪と牙が一斉に迫ってくるのがわかった……。

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