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38.冒険者の条件


「【呼吸】……?」


 ベリテスから話があるってことで、俺はギルドに戻りテーブル越しに彼と向かい合っていた。


「おうよ。息遣いこそが俺の固有能力。酒をたらふく飲んで、巨乳のねーちゃんに囲まれる夢を見ながら、ぐーたら涎を垂らして寝るのが大好きな俺らしい能力だろ?」


「……」


 さっきまで戦ってたやつとは思えないほど、一点の曇りもない笑顔で話すベリテス。しかも酒をいちいち口に含みながら。


 彼によると、その基本スキル《呼気》で身体能力が一瞬だけブーストされるため、窮地に陥った場合の緊急回避はもちろん、緩急によって相手を惑わせることも可能だとか。だからあれだけ俺の攻撃が当たらなかったわけだ。しかも、かわすことだけに集中しているように見えた。


 ちなみに当時は基本スキル習得時点で外れ判定のEランクだったらしいが、体をリラックスさせて増幅した身体能力を下方向に修正する派生スキル《吸息》とともに磨きまくって両方の熟練度をSにして、固有能力の評価が現時点でAまでいったってところが凄い。


「そのスキルで、いつでも攻撃することができたんじゃ?」


「それができていれば、お前さんに酒を注がせる余力を残すためにすぐに終わらせていたさ。かわすので精一杯だった」


 喉を鳴らして酒を飲み干すベリテスだったが、まったく表情は変わらなかった。どんだけ酒に強いんだ……。


「ただ、俺に右手があったら狂戦士の隙をつけたかもなあ」


「ってことは、失ったのは俺と同じ利き手?」


「そうよ。神の手なんて言われたこともある右手はもうない。理由が知りてえか?」


 神の手? なんか聞き覚えがあるな。


「聞きたいです」


「おいおい、そんなにかしこまるな。俺が話したいから話すんだからな。あれは十年以上前の話だ。俺がまだ三十代前半だった頃、当時無名のパーティー『シャドウズ』に入った。俺を含めて、地味な固有能力とおかしな性格ばかりの変人の集まりでなあ。けれども、こいつら誰にも負けたくないっていう向上心だけはあってな、どんどんダンジョンを攻略していったってわけよ」


 ベリテスは酒に強いが思い出には酔ってるらしく、遠くを見据えるように目を細めていた。


「俺たちの知名度はガンガン上がっていって、英雄だともてはやすやつまで現れちまって、痒いのなんのって。まあよ、地味な能力でも工夫すればここまでやれるって証明できたし、何より酒飲み放題、巨乳揉み放題なのが嬉しかったなあ」


「……」


 鼻の下を伸ばすベリテス。もう完全にただのスケベなおっさんと化してしまっている。というか、『シャドウズ』ってなんか聞いたことあると思ったら……数年前までナンバーワンと言われてたパーティーじゃないか。今はもう解体されてるが、ダンジョンの到達記録は今でも破られてなかったはず。ベリテスはその一人だったのか。そういや、このパーティーのリーダーは元英雄とかワドルが言ってたしな。『シャドウズ』の一人の異名が神の手であることは思い出せたが、本名まではわからなかった。


「俺はもうそれだけでよくなってて……今思えば堕落しちまってたんだよ。ダンジョンの攻略でもパーティーで一番になって、名声と富も得た。ところが、だ。さらに攻略を目指そうってところで、とんでもないミスを犯しちまった」


「ミス……?」


「俺が油断した隙に仲間が死にかけて、無理をして助けたはいいが腕がこうなっちまったってわけさ。神の手を失ってから俺たちはとことん苦戦を強いられることになって、結局俺を除いてパーティーメンバーはみんな死んじまった」


「……そんなことが……」


 ベリテスが表情を変えずに話すから、なんでもないことのように感じるが内容は壮絶だった。


「過去はまぶしくて、いつでも俺らを苦しめてきやがる。俺はあっという間に堕落したよ。あのとき、こうしておけばって。けど、そこで打ちのめされて挫けちまったら、またあとで後悔するだろ? だから、俺は前向きになることをあきらめたくねえんだ。それで今度は左手を神の手にしてやろうと頑張ってる。セクト、お前さんは過去のトラウマで後ろ向きになってるのかもしれねえが、今すぐ改めろ。今を大事にできなきゃ、必ずあとで後悔するだろうよ」


「ベリテスさん……」


「ベリテスでいいって。なんならベリーちゃんとかでもいいぜ」


「……」


 それはさすがに無理だ。


「じゃあリーダー、で」


「おうよ。セクト、お前のことはバニルから聞かされてる。どんなに裏切られても、人を信じることを忘れちゃいけねえ。いいか、難しいほうを選べ。嫌なことがあって心を閉ざしちまうか、それとも、この先いいこともあるさと前向きに生きるか。当然、冒険者なら挑戦しがいのある後者だよな?」


「……後者、で……あ……」


 いつの間にか、バニルたちが俺とベリテスの周りを取り囲んでいた。


「セクト、帰ろっ」


「ほら、セクト。さっさと帰るわよ!?」


「ふふっ。セクトさん、帰りますよぉ」


「セクトお兄ちゃん、帰ろー!」


「……」


 熱いものが込み上げてきて、俺はしばらく顔を上げることができなかった。

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