33.ざわめく心
「……あ……」
気が付けば、俺は湖のほとりでうつ伏せに眠ってしまっていた。
よろめきつつも立ち上がると、周囲が少し暗くなってきているのがわかる。結構寝てたっぽいな。そのおかげで気分はいいが、かなり時間を使ってしまった。そろそろアルテリスに行かなければ……。
「……」
歩き始めてからまもなく、俺は誰かにつけられていることがわかった。
これも心身を鍛えてきたことの成果か。唯一判断できるのは、そう遠くない場所にいるということくらいだ。それも、消えたり現れたりと安定しない。とはいえ、行動を監視されてるのは間違いないようだ。おそらくカルバネたちだろう。俺は気付いてない振りをするべく、一切立ち止まることも振り返ることもなく歩いた。
しばらくして夕陽が射し込んできた頃、湖畔の町が森のカーテンの隙間から顔を覗かせてきた。
いよいよ仕掛けられた罠に対する反撃が始まるんだと思うと、異様な高揚感に包まれる。今回の件で俺は補欠組じゃ居場所がなくなるだろうが、その分やつらにも制裁の手が伸びるはずで、迂闊に手出しはできなくなるだろう。もちろん俺は独りぼっちにはなるが、あんなやつらとつるんだところでいいことなんて何一つないし却って都合がいい。
一人でいるほうが誰にも邪魔されることなく黙々と鍛えていけるわけで、やがて基本スキルを習得して、ようやく本来の意味での冒険者への道筋も見えてくるだろう。
赤い湖に面した大きな門を潜ってアルテリスの町中へと入っていく。ギルドの場所についてはルシアに教えてもらったし、周囲の下見も昨日バニルたちの宿舎に行くまでに済ませている。そこまでやらないと、カルバネたちも俺が本気なのか疑いそうだからな。
約束の時間に間に合わせるべく、以前ルシアと一緒に通った狭い路地を通っていく。体を絞ったせいか今回はすんなりと通れた。奇妙だ。実際に事件を起こすわけでもないのに妙に胸騒ぎがする。きっとそれだけ興奮してるからだろう。
やがて、塔が描かれた大きなフラッグが揺れる冒険者ギルドが見えてきた。やたらと荒々しくたなびいてるのは、何かの前兆だろうか……って、さすがに考えすぎだな。気にすることはない。俺を見張ってるやつらに動揺を悟られるわけにもいかないし、なるべく無心で行こう。
……この辺か。俺はギルドの様子が覗ける路地裏に回り込んだ。ワドルたちがギルドに来て、そこから去るときにちょうどここを通ることも情報として入っている。石板の窪みに小指を当てて時刻を確認すると、夕の刻とあった。これが夜の刻に切り替わる頃、ワドルたちはギルドから出る。そこを狙う手筈だった。
「……」
カルバネから貰った銀の短剣を、ベルトに下げたレザーシース――皮鞘――からおもむろに取り出す。
狂戦士症を発動させた場合、相手側に強い固有能力を所持している者がいなければ、駆け出しの冒険者パーティー程度なら素手でもすぐに殲滅できるらしいが、中級者のパーティーが相手ということで、確実に仕留められるようにとの配慮らしい。もちろん、俺はこうして襲撃する振りをしているだけで、カルバネたちの思い通りに動くつもりなんて毛頭ないが……。
――お、夜の刻に切り替わった。そろそろギルドからワドルたちが出てくる頃だ。さて、そろそろ帰るかな。
「おっと、どこ行くんだよセクト!」
「え……」
まさかと思って振り返ると、アデロ、ピエール、ザッハの三人がしかめっ面で退路を断つようにして立っていた。
「な、なんで……。俺だけでやるはずじゃ……?」
「おめーが寸前になってびびって逃げるかもしれねえから、カルバネさんの命令で様子を見にきてやったんだよボケ!」
「はあ……。アデロさんの言う通りですよ。わざわざ来てやったんですから、少しはありがたく思ったらどうなんですか?」
「……まったく、だ……」
「あっ……」
しかも、後退りした際にちらりと振り返ると、ギルドから出てくるワドルたちのパーティー『グリーンキャッスル』の面々が見えた。困った。想定外の事態が起きてしまった。俺はこの難局をどう切り抜ければいいっていうんだ……。




