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3.近くて遠い


 あれからいくら待っても俺の前にラキルは現れなかった。


「おい、クソセクト……とっとと面白いことをやれって言ってんだろ! うっぷ……もしかして死にたいのか?」


「……」


 もうダメだ。これ以上は待てない。


「お、俺今本当に具合が悪くて……それに、テントにいないと誰かに荷物とか場所を盗られるかもしれないし……」


「お前アホか。みんな寝てるかここで祭りを楽しんでるか、どっちかに決まってんだろ。それともアレか。こんな夜に、しかも崖から滑り落ちる可能性があんのにテントの中を一つ一つ物色してるキチガイでもいるってんのか。ああ!?」


 怒りで酔いが醒めてきたのか、ルベックが大声を上げて威嚇してきた。まずいな……。


「ひひっ。知らねえぞぉ。早く面白いことをやれ。ゴミセクトぉ……」


「うう……」


 本当に腹が立つ。ルベックはもちろん、腰巾着のグレスの態度にも。俺は拳をぐっと握りしめた。言われてばかりじゃダメだ。ちゃんと言い返さないと……。


「……帰る……」


「ああ? 今なんつった?」


「帰る……!」


 俺は帰ろうとしたが、グレスに回り込まれた。よけようとしてもしつこく立ち塞がってくる。


「どいてくれ」


「どいてくれぇ……キリリッ……」


「……」


 グレスのおどけた仕草で周囲から笑い声が上がり、俺はかっとなって拳を振り上げた。


「おぉ? 俺を殴るのかぁ? ひひっ。殴ってみろぉ、ゴミセクトぉ……」


「……くっ……」


「無理無理。そいつチキンだからよー。でも今ので少しは笑えたからそろそろ帰らせてやってもいいぜ」


 天の助けか。俺は帰ることができるのか……。だが、俺の意に反して周囲からはどよめきが上がり始めた。


「おい、もう終わりかよ」


「つまんなーい」


「おいルベック、そいつにもっと何かやらせろよ」


「……」


 まずいな。野次馬から続々と不満の声が上がり始めた。


「ちっ、しゃーねえな。ほかにもなんかやれ、クソセクト。そしたら今度こそ帰らせてやっからよ」


「……」


 何をすればいいんだか……。


「――おい、お前たち!」


「……あ……」


 この声は……パーティーリーダーのオランドだ。


「荷物から俺の所持品を取り出したわけだが、一部が紛失している。誰か知らないか?」


「へっ……? 知るわけねえだろ、オランド」


「……る、ルベックを疑っているつもりはない。安心してくれ……」


「おう」


 オランドはルベックにだけは頭が上がらないんだ。その分、ほかの面子には強めに当たってくる。特に俺には……。


「ひひっ。誰か盗んだのかぁ……?」


「グレス、残念だがそのようだ。確か、荷物係はセクトだったな。お前、まさか盗んだのか?」


 俺に威圧するような目を向けてくるオランド。さっきまでの態度とは雲泥の差だ。今まで散々あんな重い荷物を任せてきておいて、今度は盗っ人扱いだと。こんなことが許されるっていうのか……。


「お、俺は何も知らない。何を証拠に……」


「……あ、こいつのポケットの中、なんかあるぞぉ……」


「……え?」


 グレスが俺のズボンのポケットから何かを取り出したと思ったら、盗品と思われるオランドのアクセサリーだった。


「……それは、俺のブレスレット……。セクト、貴様……」


「ご、誤解だ! 俺は何も知らない! グレスが入れたんじゃ……?」


「おいクソセクト! てめえ自分が盗んだのをグレスのせいにするつもりかよ!」


「だ、だって、俺こんなの知らな――」


「――ひぃぃ、ひでぇ、セクト、マジひでぇ……」


 グレスが泣き顔でルベックに泣きつく。まずい。あまりにもまずい状況だ……。


「ほ、本当だ! 信じてくれ!」


 俺の声が届いているのか疑問に感じるほどに、周囲のどよめきが大きくなっていた。見物人がさらに集まってきていたのだ。


「セクト……俺の前に立て」


「オランド、本当だって――」


「――いいから立て!」


「……」


 ここで拒否すれば、もっと酷い目に遭わされるんだろう。仕方ない。今さえ耐えればいいんだ……。


「歯あ食い縛れっ!」


「ぐごっ! おげえ!」


 オランドに顔や腹を一方的に殴られる。


「じっとしてろ! 抵抗したりガードしたりすれば終わらんぞ!」


「うぎ! ぐごおぉっ!」


 周りから歓声が上がる中、俺はひたすら無抵抗の状態で殴られていた。畜生。痛い、苦しい。早く終わってくれ……。


「――ふぅ。これくらいでいいだろう。あとはお前の持ち金を差し出すだけで勘弁してやる」


「……え……そんな……」


 頑張って貯めたのに……。


「そうか。まだ殴られたいというのだな」


「……い、いえ。どうぞ……」


 俺は小袋を差し出し、痛みと悔しさのあまりうずくまった。目前にいるオランドの笑い声や近くではやし立てる声が遠くに感じて、耳鳴りまでする。


「ちょっと! これはどういうことなんだ!?」


「……」


 この声は……ラキルだ。遅かったが、やっと助けに来てくれたんだな。涙が出そうだ……。


「酷い怪我だ。なんでこんなことを……」


「ラキル、そいつが盗みを働いたんだ。その罰だ」


「盗み? セクト、本当?」


「……う、ん」


 俺はうなずいた。もう罰を受けたあとだし、早く終わらせたかったんだ。ここで否定したら、親友のラキルにも迷惑がかかるだろうから。


「……最低だね」


「……え?」


「最低だねって言ってるんだよ、セクト」


「……ラキ、ル……?」


 耳を疑ったが、二度目ははっきりと聞こえた。

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