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29.重なり合うもの


 隠れられる場所……身を潜められる空間はどこだ。


 急がなくては、処刑されるだけじゃなく変態覗き魔という不名誉なあだ名までつけられ、死んだあとも笑われ続けることになるかもしれない。そんなのダメだ。いくらなんでも惨めすぎる……って、いつまでも考えてる場合じゃない。急げ、急ぐんだ。


 ――あった。ここだ。ここしかない……。


「おっふろ、おっふろー」


「……」


 ミルウの弾む声がしたときには、俺は収納棚の後ろ側にいた。少し前に動かしてそこに割り込んだんだ。入口からは完全に死角になってるし、服を脱いでる間は大丈夫なはずだ。


 怖いのは、浴場への扉を開けるタイミングだけ。そこで横を見られたらおしまいだ。相手がよっぽど違和感を覚えない限り大丈夫だとは思うが、不安はある。


「あふう。鏡よ鏡っ。この世で一番可愛い女の子はだあれ?」


「……」


「それは、ミルウです」


 やや低くなってるがどう聞いてもミルウのものだ。鏡の声に成りすましてるっぽいな。


「わーい! 鏡さんありがと。ちゅっ……」


「……」


 少しも笑ってはいけない。耐えるんだ……。


「うふん……。産まれたままの姿のミルウはとってもセクシーなの……」


 まだ独り言言ってる。しかも真っ裸っぽいな。


「あぁん、セクトお兄ちゃん、ミルウの体見てぇ……」


「……」


 や、やばい。ミルウが妙なことを言ったせいか、くしゃみが出そうだ。も、もうダメだ。出る……。


「「へっくしょん!」」


 なんという奇跡。もうダメかと思ったが、俺とミルウのくしゃみが被っていた。


「あふっ。風邪引いちゃうぅ……」


 よし、バレてないな。ミルウが裸で浴場へと入っていく姿がちらりと見えた。なんていうか、やっぱり毛も生えてなかったしぺったんこだしで本当に17歳とは思えない……っと、なんで俺見ちゃったんだよ。またくしゃみが出るじゃないか。


 さあ、早くこんなところから出なくては。俺は棚から飛び出して扉に向かうも、また誰かの足音が聞こえてきたので元の場所に戻った。なんというタイミングの悪さ。本当に心臓が止まるかと思った……。


「ミルウったら、一瞬で着脱できるからって散らかしちゃって……」


 バニルの声だ。ミルウの服を片付けてこっちに向かってくる様子。


「これでよしっと……あれ?」


「……」


 何か異変に気付いたっぽいな。頼む、バレないでくれ……。


「私のパンツがなくなってる……」


 なんだ、そんなことか……と安堵したのも束の間、俺の足元に何かが落ちてるのがわかって拾い上げると、いかにも女の子って感じの赤色のパンツだった。ってことは、まさかこれは……。


「下に落ちてないかなあ?」


 まずいと思って、俺はとっさに棚の上部を掴み両足を浮かせた。


「……ないかあ。誰か間違って私のをはいてるのかな」


「……」


 どうやらバニルのパンツみたいだな。まさかそれを俺が持っていようとは、彼女も夢にも思わないだろう……って、ダメだ。またくしゃみが……。


「は……は……」


 出すな。抑えろ、抑えるんだ……って、俺は咄嗟にとんでもないもの――パンツ――で顔を覆っていた。はい終わった。


「「はっくしょん!」」


 ……なんという奇跡。また被った。こんなことがありうるのか……。


「誰か私の噂してるみたい。セクト、今頃元気にしてるかな……」


「……」


 やがて、裸のバニルが浴場へと入っていくのが見えた。……少し生えてたな……って、いい加減にしろよ俺。さあ今度こそここから出るぞ。急いで棚から出て扉を開けると、ルシアが目の前にいた。


「「あっ……」」


 また声が被る形になったわけだが、今回ばかりは全然ありがたくなかった。


「こんなところで何やってんの、セクト……」


「ち、違うんだ。これは……」


「そ、それバニルのパンツじゃない。あんた、まさか……」


「……あ、あ……」


 なんだよ俺。なんでバニルのパンツをいつまでも大事そうに持ってたんだよ。終わったな。今度こそ……。

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