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26.溶けていく心


「うっ……?」


 朝目覚めたとき、俺は自分が泣いているのに気付いた。


「畜生……」


 なんで泣くんだ。情けない。まさか、俺はまだバニルたちを信じてるのか。お人よしであり続けようというのか……。


 いい人であることに一体なんのメリットがあるっていうんだ? 利用され、ちょっとしたミスでなじられたり踏みにじられたり……みんなそうだ。いい人ほど心労で早く死んでしまう。何もかも失ったとき、初めて自分が愚かだったと知る。気付いたときにはもう取り返しがつかない。


 それでも、バニルたちの笑顔が全て偽りだったなんて思いたくはない。何かの間違いじゃないかとすら思ってしまう。それに、俺を含めて誰だって悪いところはあるはずだし、俺を利用しようとはしてたけど、その考えは間違いなんだと気付いて改心した可能性だってあるかもしれない……。


 そこで扉をノックする音がした。多分、カルバネだ。


「セクト、俺だ。入るぞ」


 やっぱりそうだ。カルバネ以外だと遠慮なく入ってくるし、ノックしてきた時点でそうだと思った。


「……なんだよその泣きっ面。まだ心を捨ててなかったのか」


「……」


 必死に涙を拭ったつもりだが、バレバレだったらしい。きっと俺の左目が赤くなってたんだろう。


「セクト……お前が心だと思ってるものはガラクタ同然なんだから早く捨ててしまえ。実際にあるのは心臓と脳みそだけだ。そう考えれば楽になれるぞ。人間なんざクソだ。特に綺麗事で身を守っているようなやつはな。お前の潰れた片目と片手もそう訴えてるだろう?」


「……」


 反論できない。でも、99%理解できるのに、残り1%の部分でどうしても拭いきれないものがあった。


「じっくり考えろとは言ったが、まだ迷いがあるようだな。それなら、今からバニルたちの宿舎に行け」


「……え?」


「それではっきりする。急にお前のほうから行くんだ。あいつらはお前が計画通り動かなかったことで明らかな動揺を見せるだろう。そこを見逃すな」


 カルバネがここまで自信たっぷりに言うってことは……やっぱりそういうことなんだろうな。確かに、直接自分の目で確かめたほうが色々と吹っ切れそうだ。


 その時点で、俺は躊躇なく心を捨てることができる。淡々と借りを返し終わったら、たった一人で人間を忌み嫌いながら、あるいは誰かを傷つけながら生きることができる。心さえ捨てれば、いつでもどこでもペンダントを外して暴れ回ることができるんだ。いずれは駆けつけてきた教会兵によって駆逐されるのだろうが、俺なんか長く生きても意味がないし問題ない。


「お、いい顔してきた。その調子だ。逆に笑ってやれ。やつらを、腹の底でな。お前らの考えてることなんざお見通しだって。使い捨ての駒はお前らのほうなんだってな」


 ぼやけた視界の中、カルバネの綻んだ口元が薄らと見えた。




「セクト、気を付けて行ってこいよお!」


「セクトさん、余所見して転ばないようにしてくださいよ!」


「……頑張れ……」


 アデロ、ピエール、ザッハの三人に笑顔で見送られて出発する。どういうわけか、俺に対して気持ち悪いくらい優しかった。これも俺がカルバネの提案に承諾したからだろうか。本当に調子のいいものだな。俺が虚ろな顔をしてるのもいいんだろう。まさに他人の不幸は蜜の味ってわけだ。


 そうだ……思い返してみれば13歳くらいの頃、俺はイラルサの学校で体中に靴跡をつけられて泣いていた蛇男のグレスを校舎の窓から見て、可哀想だと思いつつ実は安心していたんじゃないかと思う。自分はこいつよりは遥かにマシなんだって、内心見下していたんじゃないか。そうだ、結局は俺も屑だったんだ。


「……あ……」


 カルバネから渡された地図通り歩くと、バニルたちの宿舎はすぐに見えてきた。ここまで一切迷うことがなかったのも、俺が彼女たちの元で現実を知り、絶望するのを補欠組のみんなが期待して丹念に作成したからだ。そう思っても胸が痛まなくなってきているのは、きっと俺が心を失いかけてる証拠なんだろう……。

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