20.忍び寄る郷愁
「……はぁ、はぁ。疲れたよ、ルシア……」
「しっかりしなさい。男の子でしょ!」
さすがはルシア。ここまでほとんど走りっぱなしだっていうのに、レギュラー陣の一人なだけあって疲れる素振りすらない。
町の中心部に入ると、湖畔の町というよりは晩秋の山林に囲まれた町といった様相で、紅と緑が混ざる華やかな景色や豊富な商店街の出し物に視線を奪われることもしばしばあった。
故郷の村イラルサとは規模がまったく違う。人や店の多さが段違いで、どこを見ても人まみれで歩道だけでなく階段の両脇にも多くの品物が所狭しと並んでいた。故郷にある樹齢1000年以上の神仙樹付近で、初春の一月に行われる賢者イラルサ生誕祭のときよりも賑わいがあって驚かされる。使われなくなった物がタダ同然で出品されるから楽しみだったんだ。ここは値が張りそうだが。
「セクト、どうしたのよ、きょろきょろしちゃって。何か見たいものでもあるの?」
「ちょっとね」
「男の子なら、女の子のパンツが見たいって言うのが普通でしょ!」
「……」
本当にそれが普通なんだろうか?
「いたっ」
「気つけろや!」
誰かの肩に俺の頭がぶつかって怒鳴られてしまった。時間帯のせいもあるんだろうが、ただでさえ多いのに人がどんどん増えてる感じだ。
「何よあいつ! セクト、こっち通りましょ!」
混雑してるせいで中々先に進めない状況、ルシアが俺の手を引っ張って路地裏に入っていく。
「る、ルシア、狭い……!」
「我慢しなさい! 男の子でしょ!」
ルシアが入り込んだ道はなんとも狭くて、小柄なルシアはいいが俺はなんとかぎりぎり通れるレベルだったが、そんなところでスピードを出せば肩やら肘やらが摩擦するので、どうしても横向きになってしまうのだ。こうなるといつ転んで引き摺られてもおかしくない状況なわけで、俺は精神まで削られるような感覚だった……。
「――着いたわっ! あれよ!」
片手を腰にやったルシアが指差す先には、巨大な船を改造したかのような建物があった。あれが冒険者ギルドか。
背後には湖も見えて、より船を意識させるような構造になっている。甲板の支柱には帆のように掲げられたフラッグが幾つもあり、翼を生やした塔の模様が描かれていた。
あれは吟遊詩人にも歌われている伝説の『最後の塔』だ。遥か昔、神がダンジョン好きな人類のために作ったとされる塔だが、誰もがまったく歯が立たなかったために落胆し、塔とともに姿を消したという。全てのダンジョンを攻略せし者――ダンジョンマスター――が現れたとき、神が人類の力を試すべく、再び自身とともに塔を出現させると言われている。
ん? あれだけ元気いっぱいだったルシアが、ギルドを見て若干緊張した顔になってる。俺みたいに初めて来た場所でもないだろうに、どうしたんだろう。体調が優れないんだろうか。
「ルシア? 具合でも悪いのか?」
「な、なんでもないわよ。どうせあたしがエッチなことでも考えてるって思ってたんでしょ! ふん!」
「……」
なんでそうなるかな。気のせいだったのか、元に戻ったルシアに連れられてギルドの中に入っていく。室内は人が多い上に薄暗くてスモークや酒の臭いが充満していたが、とても広いせいかそこまで不快感はなかった。
むしろそれ以上に緊張感とか高揚感みたいなものが漂ってて、初心者じゃないルシアでも緊張するのはわかる気がした。
故郷のイラルサにもこういう溜まり場はあったが、たまにならず者が集まってくるくらいで過疎ってたからな。だからこそ、俺みたいなコミュ障でもパーティーに入れたってのがあるが。オモチャとして……。
「……ぐぐっ」
「セクト? どうしたの?」
「……いや、なんでもない……」
「トイレならついていってあげてもいいわよ!」
「……遠慮しとく」
この封印のペンダントがあって本当によかった。少し思い出すだけで胸が苦しくなるものの、大暴れせずに済むんだから。これがなかったら、それこそとんでもないことになる。
ここで暴れて死人が多く出るようなことになった場合、余程のことでない限り動かない教会兵たちも出張してくるだろう。彼らは寛容に見えて、一度目をつけられたら終わりだと言われるくらい精鋭揃いなんだ。
そのため、どんなならず者であっても町中で暴れるようなことはほとんどないそうだ。あの赤い稲妻のルベックやクールデビルのラキルも、喧嘩の強さで近隣では結構知られた存在ではあったが、村の中で必要以上に暴れるようなことはしなかった。
そう考えると、俺はバニルたちのおかげで生きていけると改めて感じる。このペンダント代をなるべく早く返せるよう、お金を貯めないとな。ギルドに登録するのはその近道だといえる。
カルバネはガキの使いとか言ってたが、イラルサでやれる仕事なんて山菜、魔鉱石、薬草集めとか単調できついばかりで報酬も僅か50ゴーストとかだったから、この規模でそれ以下というのはさすがにないだろうと楽観視できた。




