129.牙を折られしもの
「……セ、セクト……俺が一番クソだった。悪かった……」
「……僕が愚かだったよ、セクト……もう冒険者なんて辞めて、故郷のイラルサでひっそりと生きていくよ。だから、どうか命だけは……」
「……お、俺が悪かったぁぁ……セクトおぉぉぉ。頼むうぅぅ……許してくれええぇぇ……」
「……私、本当にバカでした……。今まで気付けませんでしたが、セクトさんのことが好きだったからこそ、意地悪しちゃったのかもしれません……」
「……お、おでが悪かった……すまん……」
「……」
ルベック、ラキル、グレス、カチュア、オランド……居並ぶクズどもの謝罪を、俺は聞き飽きるくらい聞いた。回数もそうだが、いかに心が籠もっていたかも重要なのだ。正直、反吐が出るくらい嘘にまみれたものばかりだったが、中には本当に謝ってる感じなのもあった。
「よし、もういい。今まで聞いた中で謝罪大会の優勝者を決める」
「「「「「……」」」」」
俺が宣言すると、やつらは途端にだんまりと静まり返った。やっぱり墓地はこうでなくっちゃな。緊張感がこっちまで伝わってくるかのようだ。なんせ、優勝者には生還できるかもしれないというニンジンも与えてやったからな。もちろん約束を守るつもりなんて毛頭ないわけだが、やつらからしてみたら俺に命を握られてるわけで、藁にも縋る思いなんだろう……。
「優勝者は……オランドー!」
「「「「……」」」」
これほど悲痛さを訴えかけてくる沈黙が未だかつてあっただろうか……? オランドなんて、手足も髪の毛も耳もないわけだが、それでも助かりたいんだから、命というものがいかに大事かってことだ。
「……」
だが、何故かオランドから喜びの声が聞かれない。気絶したのかと思って《恵みの手》と《エアクラップ》をしてみたが、まったく反応がなかった。
……死んじゃったか。こいつくらいタフなやつでも限界があるってことだ。それでも、仲間の死によって幸運が舞い降りてくるとでも思ったのか、連中の顔に生気が漂い始めた。死人のような顔をしてたのが心地よかったのに、胸糞悪いから黙らせてやるか……。
「オランドは死んだ。だから優勝者はいない。お前たちは全員、ここで苦しんで死ぬことになる……」
「……畜生……畜生。クソッタレが……」
「……セクト……どうして……。僕たち親友だったじゃないか……」
「……もう終わりだぁぁ……」
「……ひっく、えぐっ……」
ルベック、グレス、カチュアの反応は潔いな。唯一ラキルだけまだあきらめきれない様子。
「……親友? そんなのどこにいるんだ?」
俺はラキルの頭に片足を乗せてやった。
「こ……ここだよ、セクト……」
「ん? ここには靴を乗せる台しかないぞ?」
「……セエ……クト……お願いだよ……」
ラキルのやつ、抑えようとしてるが声に怒りが籠もってるな。わかりやすいやつだ。
「靴置き台に頼まれる筋合いはないんだよ!」
「ぐげっ! おごっ!?」
ラキルの顔を蹴ってやる。即死しないように手加減しつつ、何度も何度も……。血まみれの顔で白目を剥かせて、周りで見てるやつが震えるくらい。俺はそれをほかのやつにもやって全員気絶させたあと、土の中に埋めて顔だけ出させて、《恵みの手》《導きの手》《エアケトル》で作った熱湯を《エアウェア》の見えないグラスに入れ、頭上に少しずつ注いで起こしてやった。さぞかし熱かっただろう……。
「ふう……」
喉が渇いたので少し冷ましたお湯を飲みつつ、俺はこれからどうやってこいつらを弄るか思案する。よし、あれでいくか。
「――ぬがあっ!」
「おぐぉっ!」
「あひぃぃっ……」
「ぎええっ!」
《ハンドクラブ》を使った状態で、それが顔面に当たるようにやつらの周囲を走る。ルベック、ラキル、グレス、カチュアの順番だ。
さらに《インヴィジブル》で自分の姿を消してからランダムに殴打してやると、いつ攻撃されるかわからないという恐怖にも苛まれるのか、やつらの顔はより深く沈んでいき、あたかも絶望の中に浸っているかのようだった。これだけのクズどもには物理的だけでなく、精神的にも攻めないと物足りないからな。
「――……はぁ、はぁ……」
気付けばもう朝の刻が近いらしく、墓地は明るくなってきて霧が薄らと漂い始めている。それでも、やつらへの拷問はまだ続いていた。こいつらが今までしてきた非道な行為に比べればこれでもマシなほうだろう。だが、さすがに飽きてきたしそろそろ祭りの終わりが近付いてきた感じだな。
「お前ら、もう祭りは終わりにするぞ」
「……俺は、ただのクソ……」
「……僕、ただのゴミムシ……」
「……お、俺、ただのゴミぃぃ……」
「……私ぃ、世界れ一番ぶしゅでヴィッチで腹黒でしゅぅぅ……」
「……」
もう祭りは終わったと宣言したのに、やつらはうわ言のように自虐の台詞を繰り返している。
これは、俺が足で踏んだやつに自虐させる遊びなんだ。元々は、ルベックが喧嘩で勝ったときに相手にやらせていた遊びだった。やつの場合は思いっきり蹴ったあとで言わせてたからもっと酷いが、それだと死ぬ可能性があるので頭を踏んづけるだけにしたんだ。
とはいえ、俺は今何もしてないのにやつらは競うように自虐してるもんだから、なんとも哀れで不思議な光景だと感じた。幻覚でも見てるんだろうか。
「――ほら、お前たちの餌だぞ。喰え」
『『『……』』』
俺は《デビルチャーム》を使い、出現したボーンフィッシュたちを罪人どもに擦りつけてやる。
ちなみに、みんな《ハンドブレイド》で牙を削ってるから、いくら獲物に食いつこうとしても簡単には噛み砕けないはずだが、そこはモンスターのさだめというやつで、決して食べることをあきらめないだろう。それがどんな意味を持つのか……残虐なこいつら――『ウェイカーズ』――なら、嫌というほど理解できるはずだ。
「……う、うぎぃ……はぁ、はぁ……いでぇ、いでぇよお……」
「た、たしゅけてよぉ、ぼきゅの……しんゆ……セク、ト……がぎぎっ……」
「……いだいいぃぃ。ひぃいっ、い、嫌だあぁぁぁ……」
「……あぎぃっ。お願いぃ、今すぐ殺してぇぇ……」
さ、俺はバニルたちの元へと帰るとしよう。みんなさすがに疲れてるみたいだし、ボス討伐に協力しないとな。
「……」
俺は苦悶の声やすすり泣く声から一旦目を背けたものの、考え直した。充分痛めつけたし、そろそろいいかな。
やつらはもう、見た目では誰なのか判別できないくらいズタボロだ。一足先にあの世に昇ったオランドの元に行かせてやるか。慈悲の心もないわけじゃないが、それよりも最後は自らの手で殺したいというのが大きかった。散々オモチャや汚物扱いしてきた俺に情けをかけられた挙句、直接殺されるわけだからこれほどの屈辱はあるまい。ある意味、これこそ最大の復讐といえるのではないか。
まず、まともに噛めなくなったボーンフィッシュたちを成仏させてやると、俺は『ウェイカーズ』の罪人どもを地中から引き摺りだして《結合》で接着し、高々と《浮上》させていった。
「「「「――ぎゃああぁぁっ!」」」
ちょうど崖くらいの高さになったなと思ったときに、墓地に悲鳴とともに人の雨が降り注いだ。もちろん、唾液とかが落ちてきても大丈夫なよう《エアアンブレラ》の使用も忘れない。
それにしても、未だにボスとの決着がついてないってことは、空気を察したスピカが反撃せずに回避に徹していたからなのかもしれないな。俺がそうしていたみたいに……。




