マルシア
ネコンの都を出た小道、マサキとエリカは2人で歩いていた。馬車を借りようとも考えたが、トールに「関係ない人がいたら疑われるよ」と念を押され、歩いて行く羽目になっていた。
「都を出たらすぐって言ってたけど、絶対馬車を使った前提の話だよな。民家どころか人っ子1人いないんだけど・・・」
「まぁまぁ、愚痴を言っても仕方ないんだから。それより、マルシアさんってどんな人なんだろ?」
「話を聞く限りだと、あまり素直な人じゃないんだよな。気難しいとかいろいろ言ってたけど」
「会っていきなり『帰れ!』とか言われないよね・・・」
「そんな取りつく島もないならどうしようもないな。せめて第一印象だけでも良くしておかないと」
「何だかもう緊張してきた・・・。でも魔法も使ってみたいし・・・」
「なあエリカ。魔法、というか魔法具ってのはどんなのなんだ?」
「トールさん達にも言ってたよね。それって本気で言ってるの?」
「本気だよ。むしろ俺からしたら、魔法が存在するなんて思っても無かったからな」
「今までどんなところで暮らしてたのよ・・・。って言っても、私も村にいたころはほとんど見たことないし、行商団の人や都に行ったときに見て知ってるくらいよ」
「やっぱり、こう手を前に出したら炎が出てくるとか?」
「魔法具無しで使えるわけないでしょ。魔法具使って発火させたり灯りにしたりかな。後は、誰かと連絡を取ってたりもしてたかな」
「・・・そういえば、さっきから言ってる『魔法具』ってのも何なんだ?」
「・・・マサキってホントに何も知らないのね。私でもある程度知ってるってのに」
「あんまりそこを掘り下げるな。黙るぞ」
「何その新しい脅し文句。『魔法具』ってのは言葉のとおり『魔法』を使うための『道具』」
「エリカはほとんど見たことが無いって言ってたが、そんなに貴重なのか?」
「全然。むしろ都に行けば普通に見れるよ。生活で使う人もいれば仕事で使う人もいるし」
「じゃあ村でも使えよ・・・」
「そんな簡単に使えるものじゃないの。魔法具の許可証も必要だしセンスもいるしメンテナンスは手間だし」
「その『魔法具』が無いと『魔法』は使えないんだろ。何でなんだ?」
「何でって?」
「だから、俺の中では魔法ってのは手をかざしたら出てくるようなイメージだったんだよ。でも実際には、その『魔法具』ってのが必要なんだろ?何で必要なんだ?」
「・・・」
「エリカ?聞いてる?」
「あっ!あそこに何か見えるよ!あれがきっとマルシアさんの家だよ!細かいことは本職の人に聞いた方が解りやすいからそこで聞こうよ!ねっ!」
「何で急に逃げるんだよ!別に解らなくても責めねぇよ!」
詳しいことを質問され、解らなくなったエリカは思わず近くの民家に向かい駆け足になった。マサキは仕方なく質問を中断し、エリカの後を追いかけた。
ネコンの都を出発してから約1時間。2人は地図に描かれた場所に到着した。そこには小高い山と一つの建物があった。民家と呼ぶにはあまりにも歪な造りであり、工房と呼ぶには実用性が無い。商店と呼ぶには、来る者を拒まんとするオーラがあり、中に変わり者が住んでいるのは容易に想像がついた。
「俺はここに入りたくないんだけど」
「奇遇ね、私もよ」
2人は道中のテンションをすっかり失ってしまい、トールが言っていた『変わり者のマルシア』という言葉を思い出しながら立ち止まっていた。
「どうする?」
「どうするって?」
「中で壺の中身を混ぜてる老婆が『ふぇっふぇっふぇっ』とか言って笑ってたら・・・」
「これでもかってくらい変わり者の魔女ね。それだったら私は魔法具を諦める」
「・・・俺が挨拶をしてみる。何か危険を感じたらすぐに逃げるか助けてくれ」
マサキは戦場に向かう勇者のような顔をしながら、その家の扉に近づいた。
「私たち、当たり前のように失礼なこと言ってるわね・・・」
エリカが小さな声でツッコミを入れている中、マサキはその扉をノックした。
「すいません、マルシアさんのお宅でしょうか?」
カラン、カラン
マサキが言葉を終えると、扉の向こうから誰かが歩いてくる音がした。それを聞き、思わず2人は身構える。『失礼が無いように』と『変人だったらどうするか』の二択を考えながら。
ギィ―――
油をさしていないのか、扉の蝶番から甲高い音がした。だが、それ以上に興味を引いたのは扉を開けた女性だった。
「あら、どちらさま?初めての方かしら?」
その女性は一言で言い表せば『美しい』だった。腰元まで伸びる翡翠色をしたロングヘアー。170㎝以上ある女性としては高めの身長と、そんじょそこらのモデルでは適わないようなグラマーな体系。その顔は最初に想像していた気難しい印象や他人に警戒心を与えるようなこと無く、もし怪しいというのであればどこか妖艶さを持ち合わせた美しい顔をしていた。
予想と反した女性を目の前にして2人は立ちすくんでしまい、それを見た女性はさらに言葉を続けた。
「・・・用件は中で聞くわ。入って」
女性に促されるまま、2人はこの謎の建物に入ることにした。
「先に名前だけ言っておくわ。私はマルシア、魔法具師よ。さて、どんな用件?」
女性、マルシアは椅子に腰かけると軽く笑みを浮かべながら話し出した。2人は立ったまま挨拶を始めた。
「では改めて。私はエリカ、こっちはマサキって言います」
「実は魔法具について依頼したいことがあって来ました」
「その前に、あなたたちはどこの『所属』?」
マルシアは笑みを崩さないまま、警告のように言葉を発した。
「ハッキリ言って、ここに依頼に来るなんてよっぽどの変わり者か、訳ありの人くらいよ。だから正直に答えてね。どこに『所属』しているか。そして、ここに依頼しに来た『理由』を」
「どこにも所属はしてません。都で瘴気の調査員を募集していたんですが、応募条件に魔法具の許可証が必要なんです。なので、その許可証を発行をお願いしたいんです」
「マサキ!?そんな正直に言っていいの!?」
「ウソ言っても仕方ないだろ。マルシアさん、あなたが兵士達を嫌っているのは聞いてます。それを知ったうえで依頼を聞いてもらえませんか?」
「別に嫌ってるわけじゃないんだけど・・・」
「そうなんですか?」
「ええ。彼らが瘴気について何も知ろうとせず、情報開示を一切していないところが嫌だったわけ。兵士の仕事を全否定するつもりはないし、瘴気の調査をするって言うなら私は協力するわ」
「よかった!それじゃあさっそくですけど・・・」
「その前に!」
マサキの喜びの声を遮るように、マルシアは手をマサキの顔先に掲げた。
「あなた達は『魔法』と『魔法具』についてどれくらい知ってるの?」
「「!?」」
マルシアの言葉を聞き、2人はバツの悪そうな表情をした。そのままゆっくりと口を開ける。
「俺はまったく知りません」
「私もほとんど・・・」
「やっぱり」
マルシアは少しのため息をつきながらも、子供を相手にするような笑みを崩さなかった。
「魔法具どころか魔力の気配すらしなかったから気になったの。でもいいわ、正直に言ったところは評価してあげる」
「『魔法』と『魔法具』について教えてもらってもいいですか?」
「構わないわ、今日は他にお客さんは来ないし。何より、それについて知っておかないと許可証を出すなんて出来ないわよ」
マサキの願いをマルシアは快く受け入れてくれた。するとマルシアは、先端に宝石が埋め込まれた杖を手に取り話を始めた。
「『魔法』を使うにはまず『魔力』が必要になってくるわ。『生命力』って言えばわかりやすいかしら」
「『生命力』?それは外見で測れるものなんですか?」
「まぁ、健康かどうかも基準にはなるけど、正しく知るには体液を使った計測や実際に魔法を使わせるって方法があるわね」
「体液って・・・」
「血でも唾液でも精液でもなんでも大丈夫よ。その人の遺伝子が魔力を持ち合わせているかが重要だから」
マルシアは話し終えると杖を指差し、さらに話を続けた。
「そして、『魔法』を使うのに一番大切なのはこの『魔法具』!」
「『魔法具』が無いと『魔法』が使えないんですよね?」
「正確には違うわ。無しでも『魔法』を使うことは出来るの。でも、体内に『魔力』があってもそれを100%の『魔法』のエネルギーとして使うことは、よっぽどのセンスが無いと不可能よ。それに、『魔力』自体は元素としての性質を持ってないから、そのまま使っても衝撃を与えるくらいにしか使えないの」
「じゃあ、その『魔力』を使えるようにするのが・・・」
「『魔法具』の役割ですか?」
「ええ。人によっては『ブースター』や『変換装置』なんて表現してる人もいるわね。私は『魔法具』って響きが好きだけど」
「マルシアさんはその『魔法具』の製造をしているんですね」
「そうよ。日常生活や軍隊で使うような廉価版を否定するつもりはないけど、私は1人1人に合ったオーダーメイドで作っていきたい。それが私の持って生まれた才能の使い道だと考えてるから」
マルシアは少ししんみりと話し終えると、立ち上がり数枚の書類を取り出した。
「それじゃあ説明はこれでおしまい。魔法具の使用許可証が必要なんでしょ」
「そうだった!マルシアさん!さっそくお願いできますか!?」
エリカが思い出したかのように声を上げると、マルシアは困ったように首をかしげた。
「許可証を渡したいのはやまやまなんだけど・・・」
「何か試験とかが必要ですか?」
「許可証は魔力があるかどうかが一番重要なの。それを計測する必要があるんだけど」
「だけど?」
「計測するための道具が無いの。ここで許可証を発行するなんてめったにないから、補充し忘れてたみたい」
「ええ!?じゃあ許可証は!?」
マサキが立ち上がり困惑の声を上げる。それに対し、マルシアは『ビシッ』っと指をマサキに指し言い放った。
「という訳で!マサキ君!エリカちゃん!2人には計測に必要な『ハカリ草』の収集を命じるわ!」
「私たちがですか!?」
エリカも驚きの声を上げたが、それを気にする様子もなくマルシアは謎のクリーチャーが描かれた紙を渡し話を続けた。
「『ハカリ草』は裏のキーブ山に自生してるわ。それじゃあ、暗くならないうちに頑張ってね!これが見本の絵よ」
「山にあるって、それ簡単に任せる内容じゃ無いですよね!てか、絵が下手!」
「大丈夫よ、山頂じゃなくても途中で見つかるから。それに、許可証の発行料はサービスしてあげるわ」
「・・・はぁ、わかりましたよ。エリカ、さっさと行って取ってこようぜ」
「大丈夫なの、マサキ?」
「こっちから出した注文だし、なによりこの人、テコでも動く様子が無さそうだからな」
「彼も諦めたみたいだし、頑張ってね」
「大丈夫ならいいけど・・・。それじゃあマルシアさん、行ってきますね」
2人はマルシアの工房を出ていき戸を閉めると、口を開け安堵の声を漏らした。
「思ったより普通の人で良かったね」
「初対面の人にお使い任せる人が普通だったか?手がかりの絵も下手だし」
「少しくらいいいでしょ。協力的だったんだから」
「前向きに捉えるか。じゃあ裏にあるキーブ山だっけ?すぐ見えてるそこだな」
マサキは工房の裏にある小高い山を見つめた。1時間もあれば頂上にたどり着くほどの高さ。木々が生い茂っているが、人が通れる程度には道が整備されていた。ここには同じように収集目的で訪れる人が他にもいるのだろう。そこにマサキは足を踏み入れ、後にエリカも続いた。後ろからエリカがマサキにつぶやく。
「ねぇ、マサキってさ」
「どうした?」
「行動派だけど、人に流されやすいタイプだね」
「・・・俺もそう思う」
マサキは苦笑いを浮かべながら答えた。そこにはトントン拍子で物事が進むことへの違和感があった。その2人をマルシアは、窓から笑みを浮かべながら見つめていた。