チレイ森・2
メヒラ村から出発した結界用の岩を乗せた8台のリアカー。それを運ぶ20人ほどの男達。その中にマサキとエリカはいた。
「それではこれよりチレイ森に入ります。運搬役の方は足元を。護衛役の方は魔物たちの動きに気を付けてください」
この運搬はリアカーの運搬役とそれを護衛する役の2つに分かれている。マサキとエリカは護衛役を担当していた。護衛役を任されている村人たちは普段から力仕事を得意としているのか、屈強な肉体をしている。さらに身の丈ほどの長さの槍や巨大な斧を持っているためこれ以上ないほどに心強い存在である。そんな中に20代ほどの細い体をした男女が剣と棍を持ちながら参加しているのだ。どことなく場違いであることを感じながら護衛役の行進に混ざっていた。
「他の人たちがかなり強そうなんだけど・・・」
「村の人たちは普段から畑仕事や林業もしてるからね。体が資本だもの」
2人は隊の最後列を任されていた。ここは襲ってきた魔獣を撃退することよりも、異常が起こった時に村へ伝達する役割が主になっている。他の護衛役の人達が戦闘面に気を使い、比較的危険の少ないポジションにつけてくれたのだ。
「おーい2人とも。周りに異変はないか?」
「大丈夫ですランデさん」
雑談をしている2人に周囲の確認を取ったのは、ランデという名の50歳を過ぎた男性だ。もともとウエズさんの知り合いということもあり、エリカとマサキを最後列を担当しているのも、この人が気を掛けてくれたことが大きい。そして、例に洩れずランデも屈強な肉体とそれに見合った斧を背負いながら、厄除けの岩を乗せたリアカーを引いていた。
「いやー、しかし最初は驚いたよ。子どものころはこんなに小さかったウエズの娘さんが、こんなベッピンさんに成長するとは」
「御世辞言ったって何も出ませんよ~。それにランデさんだって相変わらず厳つい体してますよ。やっぱり毎日斧を振り回しるだけありますね~」
「はっはっは、言ってくれるねぇ。今じゃこの森の管理もしてるから頭も使ってるんだぞ」
「『この森』って、チレイ森全体をってことですか?」
「ああそうさ。さすがに俺だけじゃなくて他にも何人かいるし、他の村に協力してもらうこともあるがな」
「そういえば森の管理って普段は何をしてるの?」
マサキの質問にランデが答える。それを聞くと次にはエリカが質問をした。
「一番多いのは道の整備だな。魔獣除けがダメになってないかの管理や、ぬかるみの確認があったり。あとは動植物に異変が無いかだったり、商品として使えそうな樹木があれば報告したりその場で伐採することもあるぞ」
「いろいろやってるんだね」
「道の拡張なんかはしないんですか?」
「それをするとなると魔獣除けを配置し直す必要があるんだよ。それの手間が思いのほか掛かるせいで出来ないんだ。それにあれ、見てみろ」
ランデが指差した先には赤色の花が生い茂っていた。その近くには青いサボテンのような植物が生えていた。
「あれがどうかしたんですか?」
「あれ、毒草なんだよ」
「えっ!?そんなの生えてたの!?」
「赤い花は触ればひどいかゆみと湿疹が起こる。青い方は刺激を与えれば、神経毒の入った針を飛ばしてくるんだ」
「放置していて大丈夫なんですか?」
「大丈夫なことねぇよ。でも、ここの魔獣たちも毒草が生えてることは解ってるのかあの辺りには近づかないんだよ。言うなればセーフティゾーンみたいなもんだな。実際危険だけど・・・」
「みなさん、到着しました。それではこれより結界用の岩を取り換える作業に移ります」
マサキ達が後列の方で話していると、村で儀式の進行役をしていた男性の声が聞こえてきた。
「では先頭で運んでいる方8人で岩の交換をお願いします。古い岩を移動させると、穴から徐々に瘴気が漏れてくるので迅速な作業が必要です。それ以外の方は周囲の魔獣が近づかないように警戒に当たってください」
進行役の男性も村人たちも、この作業に何度も経験しているのだろう。細かい説明もなく担当を割り振られると、先頭にいたメンバーは力自慢でもするように岩の周囲に集まり出した。
「ここに来るまで、魔獣見かけませんでしたね」
「これだけ大所帯だからむやみに近づいちゃあこないさ。だが、こっからが本番だぞ」
「本番?」
「岩を交換してるとこ見てみな」
マサキはランデに促され、岩を移動させているメンバーの方を見ると黒い靄のようなものが地面に漂っていた。
「あれが瘴気ですか」
「そうだ。どれだけ早く交換しても多少の瘴気は漏れてくる。それを嗅ぎ付けて魔獣がやってくるのさ。ほら、さっそくあっちの方で・・・」
「魔獣が出たぞ!狼2頭だ!」
ランデが話し終わる前にマサキ達がいる反対方向から大きな声が聞こえた。だが、その声を全く気にせず他のメンバーは岩の交換と周囲の警戒に当たっている。
「ランデさん!あっち大丈夫なんですか!?」
「助けに行かなくていいの!?」
「ははっ、やっぱり気になるか」
「そりゃあ気になりますよ!魔獣と戦うなんて危険じゃ・・・」
マサキは言い終える前に声のする方を向いた。そこには意外な光景が広がっていた。
「2人で挟み込め!」「首より胴体を狙え!」「もう1頭を近づけるな!」
マサキの予想とは裏腹に、斧と鍬を持った3人の村人は2頭の魔獣を圧倒していたのだ。
「めちゃくちゃ強い。何であそこまで戦いなれてるんですか?」
「こんな片田舎で生活してるんだ。寄ってくる魔獣の対応くらいは出来て当然だろ。村の人間で対応できない奴なんか、このメンバーじゃ嬢ちゃんくらいだぜ」
「うぐっ、精進します・・・」
マサキは初めて出会ったエリカが魔獣相手に、かなり無茶な対応をしていたことを思い出し苦笑いをした。そんなことをしているうちに、襲っていた魔獣は退治され岩の交換も七つ目に取り掛かろうとしていた。その時、別方向から獣の雄叫びが聞こえた。
「デカいぞ・・・、エリカ、マサキ、逃げ道確認しとけ」
「はい・・・」
「グオオオオオオオオオオ!!!」
バキバキ
ランデがマサキ達に警戒を促すと、木々をへし折りながら雄叫びの正体は姿を現した。2メートル以上ある熊の魔獣。テレビや図鑑で見るような熊と近いが、赤い両目と口からこぼれている唾液がその異常性をマサキは感じた。
「全員!固まって構えろ!背を見せるな!」
先頭集団にいた1人の男が声を張り上げる。それに従い周囲のメンバーも武器を構え、熊型の魔獣に威嚇のように攻撃態勢を取った。その様子に魔獣もたじろいだのか唸り声を上げながらも近づくのを止めた。
「ねぇランデさん。これって大丈夫なの?」
「・・・かなり危険だが、魔獣もバカじゃねぇ。襲うリスクが高いと考えれば諦めて帰るだろう。2人は逃げる覚悟くらいしてお・・・」
「グオオオオオオオオオオオオ!!!」
ブォン!
ランデが話を終えるよりも先に、魔獣は巨大な前足を勢いよく振り下ろした。それも、威嚇などではなく武器を持った男たちのど真ん中にである。
「怯んでない!?」
「むしろ興奮してる!」
「2人とも逃げろ!こいつは俺達でなんとかする!戦えない奴らの避難させてくれ!」
「分かりました!武器を持っていない人たちはこっちに逃げてください!メヒラ村まで先導します!」
ランデはマサキ達に支持を出し、斧や鍬を持っている村人たちと共に魔獣に向かっていった。その一方でマサキとエリカは、武器を持っていない儀式関係者たちを森の出口まで誘導するため走り出した。その中で1人の男がつぶやいた。
「何でだ。今までこんなこと無かったのに。それにあんなデカい魔獣。やはりあの噂は本当だったんだ」
「あの噂ってなんですか?」
「最近、世界中で瘴気の濃度が上がってきてるんだ。だから魔獣たちも狂暴化しているって話が。ほら!周りにも狼が!」
マサキは避難しながら儀式の進行役だった男から話を聞いた。この騒動には瘴気の濃度と『穴』が関係しているようだ。そんな話を聞いていると、逃げるマサキ達を挟むように狼型の魔獣が2頭姿を現した。
「くそ!こいつらは俺が食い止める。あんたたちは先に逃げてくれ」
「おお、すまない。必ず村から助けを呼んでくる!」
「私も戦うわ!」
マサキが声を上げると避難していた男たちは森の出口に向かい走り出した。だが、マサキと背中合わせでエリカだけは棍を構えていた。
「お前も早く逃げろ!」
「1人で倒せるわけないでしょ!それにこういう魔獣退治は慣れてるから心配しないで」
「鳥相手にあわててた割によく言えるな」
「いらないこと言わないで!」
エリカが声を上げたそのとき、2頭の魔獣は2人に向かって同時に跳びかかってきた。
「正面から来るなら・・・」
その狼の顎をめがけて、マサキは剣を下から上に薙ぎ払った。それは狼に直撃し「ゴガァ」と声を出し1メートル程飛んで行った。だが、マサキは狼自体を弾き返すつもりだったが、予想以上に勢いが強く受け流すような形で後方に飛ばしてしまった。狼に顔を向けることは出来ていたが、体制は崩れてしまい狼に背中を向ける形になってしまった。狼は空中で体をひねり着地と同時に再びマサキに跳びかかってきた。
(振り向いて構える時間がねぇ!だったらこのまま)
マサキは片手で剣を握りしめ体を回転させる。最初の振り上げるような一撃とは違いかなりの勢いが乗っている。そして、それは跳びかかる狼の側頭部に思い切り直撃した。
「ゴギャァ!」
この一撃には耐えられなかったのか、狼は先ほどより勢いよく飛んで行った。そのまま狼は体制を立て直すことは出来ず、体を横にしながら倒れこんだ。
「今だ!」
マサキは勢いよく狼に近づく。そして、狼の横腹に思い切り剣を突き刺した。
「残酷だが、こうしないとこっちが殺されるからな」
つぶやきながらも突き刺した剣を引き抜き、今度はその剣を上に構える。それを狼の首に振り下ろした。
バキッ
折れる音がした。狼の骨の音だ。狼はそのままぐったりと倒れると、黒い靄のようなものを出しながら消滅していった。その光景を見ながらマサキは、ここがゲームの世界だと改めて実感させられた。
「こんなことをこれから続けないとダメなのか・・・。そうだ!エリカ!」
戦いの不安を口に漏らしながら、次はエリカの安否を考えた。
(さっきの戦いでは5メートル位しか動いていない。それならすぐに助けに行ける!)
振り返るとエリカの後ろ姿があった。だが、そこに助けは必要なかった。
「えい!えい!」
エリカはリズミカルに声を出しながら棍で狼を殴っていた。狼はぐったりと倒れており、傍目で分かるほど戦意が無いのは明確だった。そこにマサキはゆっくりと近づいた。
「あの、エリカさん。何をやってるのでしょうか?」
「マサキ手伝って。私じゃトドメがさせないからこうやって殴り続けてるの」
「パッと見だとやべぇ光景なんですけど!」
事情を聴いたマサキは狼の首に剣を振り下ろした。この時、マサキの中には『戦う』というよりも『介錯』の2文字が浮かんだ。
2頭の狼の消滅を確認した2人は会話を始める。
「とりあえず、これで一段落ね」
「俺達も早く脱出しよう。先に行った人たちとも合流しないとダメだしな」
「そうね、急がないと」
ドゴン
2人が出口に向かおうとしたとき、大きな音が後ろからした。同時に2人の間を血まみれのけが人が飛ばされていった。それに気づき2人は駆け寄る。
「大丈夫か!しっかりしろ!」
「何があったんですか!」
2人が声を掛けると、そのけが人はうつろな目をしながら話し始めた。
「魔獣が・・・強すぎる・・・。みんな蹴散らされた・・・。みんな逃げたのに・・・俺は追われて・・・。お前たちも逃げろ。奴が、奴がやってくる・・・」
ぽつりぽつりと男は語った。2人はさっきの大きな音が、この男が飛ばされた音だと理解した。そして魔獣の強さを考えた。
バキ・・・バキ・・・
すると、男が飛ばされてきた方向から木の折れる音がする。2人に悪寒が走る。そして嫌な予想通り、熊の魔獣が爪に血を滴らせながら姿が見えた。
「俺を置いて逃げろ・・・。餌になるくらいでも・・・時間稼ぎができる・・・」
男はつぶやく。だが、その声は2人には聞き入れることは出来なかった。
「先に逃げたメンバーが村から助けを呼んでくる。ここならまだ魔獣から見えてない。怪我をしてるとこ悪いがそれまで隠れてくれ。こいつは俺が森の中に誘い込む」
「無茶だ!無駄死にになるぞ・・・」
「私たちが逃げても足音や、付着した血で気づかれるわ。仲良く死ぬより、賭けでも全員生き残れる方を取るわよ。それとマサキ。『俺』じゃなくて『俺達』で誘い込むわよ」
「心強いな。エリカ、気合入れてけ。ここが正念場だ」
マサキのつぶやきを最後に2人は黙り魔獣の前に立つ。魔獣はゆっくりと近づく。1歩、2歩。そして3歩目と同時に2人は魔獣に向かって走り出した。直後に左右に分かれ、整備された道を外れ生い茂る木々の中に入った。
この瞬間、魔獣は『狩人』となり、2人は『おとり』であり『魔獣の餌』となった。