解説
少し冷静になって考えてみよう。
俺は数分前、確かに自分の部屋にいた。そこでPCを触っていたら急に画面が光り出し、扉だけがある黒い空間に立っていた。そしてその扉を開けたらそこは草原で、そこに俺は立っている。
冷静に考えた結果、『これは夢か』という結論となり近くをぶらつくことにした。
「ちょっと待ってくださーい」
後ろから声が聞こえる。後ろというよりも後頭部と言った方が正しいほどの近い距離だった。
声の方向に振り向くと小さな女が飛んでいた。
「こっちを向いてくれたってことは私の声が聞こえて目にも見えてるってことですね。よかったー、いきなり歩き出すんですから。それじゃあさっそく説明させていただきますね」
手のひらサイズの女は目が合った途端にペラペラと喋り出した。説明とはなんのことだ?この夢の中では何か料金プランでもあるのかと考えると、その女は改めて喋り出した。
「私はルビィって言います。これからはおおまかな世界観やシステムの説明を担当させてもらいます。それじゃあさっそくですけど、ゲームにおける醍醐味の戦闘方法から説明させてもらいますね。」
随分と話してくれたがイマイチ話の内容が理解できない。世界観?システム?戦闘方法?
「ちょっと待ってくれ。ルビィって言ったか。その説明の前に少し聞きたいことがあるんだが」
「何ですか?答えれる範囲なら答えますよ」
「ここはいったいどこなんだ?夢の中だと納得したかったのにそれとも違う何かなのか?」
「ゲームの世界ですよ。ジャンルで言えばRPGです」
「ゲームの世界で俺は主人公ってことでいいんだな?そしてお前は何者なんだ?」
「はい、マサキさんは主人公ですよ。そして私ルビィは解説役みたいなものです。PCでエクセルを開くと右上にイルカが出ますよね?あれと思ってください」
こいつのPC知識は若干古いのではないかと思いながら会話を続ける。
「じゃあ次の質問だ。ここがゲームの世界なんだとしたら、すぐに電源を切ってくれ。もっと気持ちを整理させてからプレイしたいんだ」
「それは無理ですよ」
「はっ?」
「このゲームを終わらせる方法は[ゲームをクリアする]か[ゲームオーバーになる]の二択ですから。あっ、でもゲームオーバーはならない方が良いですよ。いわゆる強制終了みたいなものですから、ちゃんと現実世界に戻れるか怪しいんですよ」
「えらくクソみたいな仕様だな。セーブ機能とかも無いのか?」
「それもありません。まぁすごくリアルなゲームをぶっ続けでプレイするんですから。今で言うところのVRって言うんですか?あのゴーグルみたいなのを外すためにはゲームをクリアしないといけない。っていうくらいの軽い気持ちで充分ですよ」
「急にこんな状態になるのは、ゲームをプレイじゃなくて目隠しで拉致監禁されてると言った方が正しいと思うんだが・・・」
「もう!しつこいですね!これ以上話しても進まないから勝手に説明させてもらいますよ!あそこにいるモンスターを見てください」
ルビィの指差す方向を見ると、そこには緑色の甲羅を持つ動物がいた。
「アルマジロみたいな見た目だけど、あれを倒すの?」
「モンスターです!武器は足元に刀がありますからそれを使ってください」
足元を見るとそこには刀が落ちていた。いつの間に用意されていたのかと驚きながら刀の柄を握る。その瞬間、不思議な感覚が全身を走った。何の違和感もなく、手に馴染んだ。俺はこの刀を知っている。太陽の光を浴びた刀身の部分がキラリと輝く。俺はこの武器でこれから戦うことになるのだ。この、この、修学旅行先の土産屋で販売されている木刀でこれから戦うことになるのだ。木刀を両手で握り、アルマジロよりも先にルビィにめがけて振り下ろした。
「うわぁ危ない!狙いが違いますよ!狙いはあっちのアルマジロです!」
「がっかりしたからだよ!最初の武器なんだからそれなりの武器を期待してたのに、何で日本にいても簡単に手に入る武器になるんだよ!あとお前はアルマジロって言っちゃダメだろ!」
「いきなり真剣を使っても怪我と筋肉痛の原因になりますよ。って危ない!マサキさん後ろ後ろ!」
ルビィに対し怒りをぶつけていると背中に痛みを感じた。背中をさすりながら痛みの方向を振り向くと、そこにはさっきのアルマジロがコロコロと転がっている。こいつがぶつかってきたのかと理解している間、アルマジロは四足歩行の状態に戻り『シャー』と威嚇のような鳴き声を出しながら睨んでいる。また攻撃してくるのか!と防御のために木刀を構えるが、アルマジロは一目散に草むらの方向に走って行きいなくなってしまった。
「あのモンスターは草食ですから、自分のなわばりだってアピールできたから帰っちゃいましたね。・・・マサキさん、何落ち込んでるんですか?」
「何だろうな。急に中途半端な痛みの攻撃をされて、目が合ったと思ったら反撃の前に逃げられて、勝手になわばりアピールされるっていう。このよくわからない悔しい気持ち。・・・何だろこれ」
「知りませんよそんなの。あっちに同じモンスターがいますから、リトライしてください」
「分かったよやってやるよ。この木刀でぶん殴ればいいんだろ!」
先ほどと同じようにアルマジロは丸まった状態で体当たりを仕掛けてくる。動きを読むことや剣術なんてことは出来ないが、木刀を振り回すことなら簡単だ。木刀を両手で握りしめバットをスイングする動きで振りぬいた。半分やけくそ気味だったが偶然にも縦回転をしているアルマジロの側面に木刀が当たり、そのまま数メートル先まで飛んで行った。そしてアルマジロは少しだけ黒い煙を出しながら消えた。そこにはコインが数枚落ちていた。
「モンスターは体力が無くなるとああやって消滅します。死骸の後始末は必要ないですよ。それと、そのコインはこの世界での通貨になるのでちゃんと保管してくださいね」
「『戦闘方法』を聞くはずなのに『死体の処理方法』しか教えてもらってないんだけど」
「基本的にターン制ではないので教えること少ないんですよ。新しい情報はこれから仲間になる人とかに教えてもらってください」
「職務放棄早いな!まぁ、戦い方はおおよそ解ったけどこれからどうしたらいいんだ?」
「あっちの方を見てください」
ルビィの指差す方向を見ると、結構な距離の先に民家がいくつか見えた。
「あれは街か?」
「街というよりも村ですね。ヤーシ村って名前でそこが最初の目的地になります。そこからの目的は自分で見つけてください」
「他にすることも無いしな。とりあえず目指してみるか」
そうつぶやきマサキとルビィはヤーシ村と呼ばれる村へ歩き出した。