第六話 準備
目を開けるとそこは街中となっていた。周りを見渡せば多くの人間が道を歩いている。巨大な斧を持つ者やパンパンの鞄を持って露店を開こうとする者、さらにはピエロのような恰好をしている者までいた。
「来てしまった…」
そんな光景を見て和樹は小さく呟く。その呟きは街の活気に飲み込まれた。
ひとまず、和樹は自分の容姿を確認した。設定したように背中には鉄製のソードがあり、服も部屋着ではなく初期装備の半そで短パンの服となっていた。顔も設定通り、黒髪で長さもリアルと変わらない。望み通り和樹は地味で無難な顔となっていた。名前も『shiro 』となっている。
一通り確認作業を済ませた和樹ーーシロは雪との待ち合わせ場所へと歩き出した。
歩きながら辺りを見渡すと、街にはまるで中世ヨーロッパを思い起こすような煉瓦造りの建物が無数に建っており、行きかう人々もそれぞれの衣服と武器を持ち、楽しそうに仲間と笑い合っている光景が多く見られた。
そんな観光気分を味わいながら歩くこと数分、シロは大きな広場へと到着した。広場の中心には大きな噴水があり、シロたちと同様にここを待ち合わせにしている人たちで溢れていた。その人混みのなかにいる人々を一人一人凝視する。肝心の雪を見つけるためだ。
(見ればわかるって言ってたけどな)
なんせこの人混みだ。見つけるのに苦労しそうである。開始してまだ数分であるがシロはやや憂鬱モードにかかる。と、そこへ視界に見覚えがある顔が映った。
白銀の髪は腰くらいあり、真っ白なスカートにこれはまた白いローブで上半身が隠れている。全身を白でコーディネートしている女性。そんな着こなしをしている彼女がいる空間だけが違って見える。それくらい彼女は魅力的なオーラを放っていた。
シロは周りからの視線を独占している彼女の元へと向かう。彼女のほうも自分のところに来る男の姿を視認したようだ。お互いの顔を確認するようにじっと見つめる両者。
シロは自信なさげに口を開く。
「え〜と、柊?」
「ここではユキだけどね」
そう言うと彼女は微笑みを浮かべた。その顔を見た周りの男どもが騒ぎ始めたが気にせずシロはユキの顔をもう一度確認する。リアルと変わらないその顔はまさに柊雪であった。
「白井君、じゃなかった、えーと?」
基本オンラインゲームではリアルで知っていてもキャラネームで呼び合うのがルールである。
「シロだ」
「あ、シロ君ね、よろしく」
「あぁ、よろしく」
「でも、よくVR機持ってたね」
「帰る途中で買ってきたからな」
「え? じゃあお金使わせたね。ごめん、今度ちゃんと払うよ」
「いいよ、別に、中古だったからそんなに高くなかったし……」
言いながらシロは僅かに彼女から視線を逸らす。本当は元からVR機は持っていた。だが、シロは彼女に対して嘘をついたのだ。
だが、そんなシロの嘘を疑わないユキは本当に申し訳なさそうな顔を浮かべている。やはり、根は善人なのだろう。
「そう、なんかごめんね」
「もういいって。で? これからどうする?」
「そうね、シロ君まだ初期装備だし、まずは身の回りからかな。武器はいいとして防具はそれじゃ厳しいし、回復ポーションも買わなきゃね。シロ君はどこから行きたい? 街を案内しながら歩こう」
「そうだな、んじゃ、防具からで」
「オッケー、じゃ、付いてきてね」
大まかな方針を立てるとシロはユキの後をついて行った。広場を出るまでに刺々しい視線がシロの背中に突き刺さる。
(現実でもゲームでも嫉妬されるなんて面倒くさいなぁ)
余計な面倒はごめんなためシロは少しユキと距離を取りながら街の人混みに紛れていった。
☆☆☆☆☆☆
広場を出て、少し経つと刺さっていた視線も減り、楽になったためシロとユキは隣を歩きながらたわいのない会話を始めた。
「にしても、意外と人が多いな」
「そう? いつもこのくらいいるよ」
あまりの人の多さにシロは少し酔いそうになる。今日は祭りでもあるんのではないかというほど人でごった返していた。しかし、この世界ではこれが日常のようである。
「でも、よく私ってわかったね」
「まぁ、顔があまり現実と大差ないからな」
このゲームでは目つきや、髪の長さを変えられるがユキの場合は現実とほとんど変わりないどころか、まんまリアルの顔だったためすぐにシロは分かった。
普通なら、顔バレなどを気にする人が多いのだが彼女はあまりそういうことは気にしないみたいだ。いや、ただ理解していないだけなのかもしれないが。
「シロ君は何だか地味な顔になったね」
「そういう風に設定したからな、知り合いに気づかれるのも嫌だし」
「ああ、なるほど」
シロは周りにはBGOをやっていることを内緒にしている。それが一体なぜなのかはユキは知らないし教えてもくれなかった。
「でも、名前は結構安直だね」
「……お前にだけは言われたくないな」
一般的にMMORPGなどでキャラ名をそのまま現実の名前で表現することはまずない。そういうのはプレイヤーの間では暗黙の了解となっている。はずなのだが、ユキには関係ないらしい。
「そうかなぁ、可愛いと思ったのだけどな~」
「ま、人それぞれだし、いいんじゃないか?」
「だよね! 可愛いよね」
「いや、可愛いとまでは言ってない…」
(こいつ、どんだけ自分の名前好きなんだよ)
名前はともかく、客観的に見てユキは十分に魅力的な顔をしている。さっきから通り過ぎる男たちは振り返るぐらいだ。そんなユキが連れて歩く初期装備の男に対しての嫉妬の目も忘れていないが…。
そんな会話をしているとユキはとある場所で立ち止まった。そこにはアーチ型の看板があり、そこから向こうにはこれまた多くの人で賑わっていた。
「ここから先は武器を取り扱うお店が密集するエリアだよ」
「うーわ、何ここ? スクランブルな交差点ですか?」
「ふふ、まぁ、最初は驚くよね。私も最初の頃はちょっと怖いくらいだったから」
「たくっ、…するとこうも…」
「ん? 何か言った?」
「いや、なんでもない」
シロが何か呟いたような気がしたが気のせいだったみたいだ。ユキは特に気に留めないで喋り続ける。
「じゃ、適当にまわって気に入った防具買おう。私も選ぶの手伝うから。あ、今いくらぐらい持ってるの?」
言われてシロはメニューを開く。そこから現在支給されている金額を確認した。
「えっと、10000Eだな」
「ん~、なるほど、ポーション買うお金を考えると上限は7000Eってところかな。あ、でも、もし気に入ったもので予算超えても少しだけなら私も出すから、まずは自分に合ったもの探そうか」
「なんか悪いな何から何まで」
「気にしないで私が頼んだことだし出来るだけのサポートはさせてよ」
ユキはそう言うと楽しそうに笑った。その笑顔に不本意にも胸が高鳴るのを感じた。だが、それをすぐに落ち着かせるとユキにある事を提案する。
「あのさ、ちょっと頼みたいことがあるんだけど…」
「ん、何?」
「時間ももったいないしさ、俺が防具買っている間にユキはポーション買ってきてくれるか? 金はちゃんと出すから」
最初はどうして、と問いたくなったが自分たちの目的はあくまで『シルバー』を探すこと。だったら、ここで時間をかけずに余った時間を情報収集に当てたほうが効率もいい。
シロの意図を何となく理解したユキは素直に首を縦に振った。
「え、でも……。うん、分かった、そうだよね、私たちには時間が惜しいし」
「なんかパシるみたいで悪いな。はい、3000E、ポーションのことはお前に任せた」
「了解。じゃあ、1時間後にさっきの噴水広場で待ち合わせね」
「あぁ、じゃ、また後で」
「後でね」
ユキは手を振りながらその場を離れた。
「さてと…」
その後ろ姿をシロはしばらく眺めるとアーチ型の看板をくぐらずに人で賑わう通りから離れ、家と家の狭い隙間を通って真っ暗な空間へと姿を消して行った。
☆☆☆☆☆☆
活気づく街の声が遥か遠くの出来事のように聞こえる。ここ裏通りには人は誰もいない。微かな光だけの通りをシロは怖気付くなく突き進む。キョロキョロと周りの建物を注意深く見ながらシロは目的地へと向かう。そうやってしばらく進んでいるとシロはふと足を止めた。
「良かった、ちゃんとあった」
シロが足を止めたのは一見するとただのボロい建物にしか見えないものだった。木造で出来た建物は特に看板などは立てられておらず、普通のプレイヤーならただのオブジェクトと思って通り過ぎることだろう。しかし、シロは迷うことなく目の前の扉に手をかけ中へと入った。
カランカラン…。
扉が開くとレトロな喫茶店で聞こえるような鈴の音が鳴った。中には人の姿は確認出来ない。店内の明かりは中央に一つだけぶら下がっているランプだけで、奥にはカウンターらしき長板がある。そのカウンターより向こう側は暗くてよく見えなかった。
「あの~、すみません…」
シロの声はただ静かに店内に響くだけだった。が、店内の空気の流れが変わるような気配を感じた。シロが店内の奥に目を凝らすと暗闇がユラリと動いた。
「いらっしゃい」
奥から現れたのは無精ひげを生やし、ぼさぼさな髪をした男だった。声も何でかやる気を感じさせない、顔もどこか仏頂面である。
男はシロの姿を見ると明らかに嫌そうに顔をしかめた。
「誰だいあんた」
「えーと、今日始めたばかりの初心者です。名前はシロと言います」
男のやる気のない態度にムッとするわけでもなくシロは自己紹介をした。
「ここって防具とか売ってませんかね?」
「……来な」
男はただ一言そう呟くと奥へと消えた。シロは言われるがままカウンターを飛び越えて暗闇のなかへと向かう。店の奥に明かりは存在せず、壁に手を当て足元に気を付けながら進んでいく。
ゆっくりと進んでいくとシロはとある扉を見つけた。扉からは光が漏れ、それを頼りに歩いていく。やがて、扉まで到着するとシロはおもむろに扉を開けた。
扉を開けるとそこは倉庫であった。ただ、そこに置かれていたのは剣や弓、防具も綺麗に並べられていた。店員は入口付近に置いてある椅子にどさっと座ると口を開く。
「好きなもの選びな」
「あ、どうも…」
シロは店員に一応礼を述べると防具を選び始める。倉庫には様々な種類の防具が揃えられていた。防御力が高そうだが重量がありそうな鎧、戦国武将が被っていそうな兜まで面白いほどたくさんあった。これは悩んでしまう。
「どれにしようかな…」
悩みながらもシロは一個一個手に持ちながら防具を選んでいく。そうやって、あれでもないこれでもないと選んでいるシロの後ろからさっきまで静かだった店員が突然口を開いた。
「あんた、誰にここ教えてもらった?」
「え、いや、別に誰かに教えてもらったわけじゃ…」
「嘘つけ、こんなボロくてジメジメした裏通りの店に来る奴なんかいるかよ」
「はぁ、でも、実際、俺はこうやって来たわけですし」
「それが変だって言ってるんだ」
「あんた、この店の人だよな…」
これも違うな、と防具を棚に戻す。次にシロの目に止まったのは赤褐色のプロテクターのようなものだった。急所と腕、足元にそれぞれはめる仕様となっているそれを手に取る。重さを測るように乗せたり、強度を確かめるようにコンコンと軽く叩く。
「お、これいいなぁ」
「決めたかい?」
「はい、これ幾らですか?」
シロは赤褐色の防具を示すと店員はほぅ、とつぶやき、顔をにやりとさせた。
「それを選ぶとはお前さんいい目してるね。それは、俺が作ったなかでも結構な自信作の商品だ」
嬉しそうな顔で説明する。見た目が地味なため誰か見つけても中々売れなかったらしい。
「定価は10000Eだが、今日は気分がいいから半額でいいぜ」
「本当ですか? ありがとうございます」
「いいってことよ、5000Eな、受け取れ」
男は慣れた手つきでパネルを操作するとシロの目の前に『購入しますか? Yes/No』のメニューが現れた。シロは迷うことなくYesを押すと『入金しました』と確認画面が現れ、棚に置いてあった防具が消えた。
シロはメニューを開き、アイテムが購入されていることを確認する。アイテムボックスにちゃんと購入した防具があった。
だが、シロは自分のアイテムボックスに異変を感じる。
「あれ…これって」
「どうした? なんか問題あったか?」
「あ、いいえ。何でもないです、ありがとうございます、え~と…」
「ジョウだ、修理やメンテナンスして欲しかったらまた来な」
「はい、ありがとうございます。じゃ、失礼します」
どこか急ぐようにしてシロはジョウに会釈すると倉庫から出て行った。
その背中が倉庫から出ていくのを確認するとジョウはボソ、と呟いた。
「まったく、へったくそな演技だな。何でまたここに来たのか知らんが………面白くなりそうだな」