第六十二話 ボス戦(6)
片手で塀を掴んで宙ぶらりんとなるシロは上から注がれる殺意の視線を受けて冷や汗をかいていた。
「……マジで勘弁してくれよ」
まさに絶対絶命の状況に泣き言を吐くシロ。下は業火のごとく噴くマグマ、上は殺戮兵器と化した黒い鬼、いかにシロが元BGO最強だと言われていようがこの状況を一人で覆せるほど人間離れしていることはなかった。
そう、一人だけだったら。
「【ウォーターボール】!」
「【パワーショット】!」
綺麗な声が重なり、鬼王の顔に水弾と光りを帯びた矢が直撃した。
『GYUUU!』
不意の攻撃を受けた鬼王は攻撃が飛んできた方向に首をやる。そこには、短杖と弓を構えたユキとフィーリアが毅然とした態度で鬼王を睨んでいた。
(ヘイトが移る)
鬼王の様子を黙って観察するシロは今のユキたちの攻撃でヘイトが自分からユキたちに向けられることを察した。
鬼王の足がユキたちの方へ向けられる。鬼王はその殺意で満ちた目で二人を睨んだ。ユキとフィーリアはその視線に一瞬、飲み込まれそうになるが歯を食いしばるように自我を保った。
「「…………」」
『…………』
互いの空間に静寂が訪れる。
刹那、鬼王が地面を蹴り二人との距離を詰める。
『GYOOO!!』
怒号とともに放たれた黒炎にユキとフィーリアは反応して左右に分かれる。鬼王の足が動いた方向はユキであった。
「っ! 【氷壁】!」
自分の方に鬼王が来たことを受けてユキは防御の為、自分と鬼王との間に氷の壁を設置した。が、鬼王はその壁を容赦なく拳でぶち壊す。割れる壁を見ながらユキは次の魔法を詠唱する。
「【フレアゾーン】!」
今度は鬼王の足元にオレンジ色の魔法陣が浮かび上がり、そこから渦巻き状に飛び出してくる火が鬼王を閉じ込めた。
「これなら……」
【フレアゾーン】は相手の動きを封じる性質を持つ、そのためモンスターの足止めをする際に使われることが多い。これなら、少しばかり時間が稼げるはず。
『GYUUUU……』
火の檻に閉じ込められた鬼王は呻き声を上げる。それを見てユキはどうやら効いているように思えた。しかし、それほどボスというものは甘くなかった。
『GYIOOO!』
「なっ!? まだ、十秒もたっていないのに」
鬼王が閉じ込められていた檻を力技で粉砕するのを見て驚愕するユキ。そんなユキを他所に鬼王は口を開け、黒炎を放とうとしていた。
「ユキちゃん!」
叫び声と共に鬼王の顎を矢が飛びこんできて、黒炎の軌道を無理やり変更させることに成功した。燃え上がる黒炎がユキの横を通過する。慌ててユキはフィーリアのほうへと移動した。
「大丈夫ですか?」
「うん、ありがとうフィーリア」
ユキが無事なのを見て安心するフィーリア。そんなフィーリアにお礼を述べるユキ。そんな二人をシロは橋の外から焦る気持ちで眺めていた。
(くそっ、早く戻らないと)
どうにか塀を登ろうと腕を伸ばして、自分の体を引き上げるシロ。ユキとフィーリアだけであれを相手するのは無理がある。早くシロが戻って前衛を務めないと二人がやられるのは時間の問題であった。しかし、ファング不在のこの状況でシロが戻ったとしてもあまり状況が好転するとも思えなかった。
「でも、やらなきゃな」
たとえ苦しい状況が続くであろうともシロには諦めるという選択肢は存在しなかった。
「こんなもん、あんときに比べれば」
自分の過去を振り返り呟く。
そう、中学時代の頃に比べてみればこんな一時的なことなんの苦行でもない、暗く、先が見えないと思っていたあの頃を思い出しながらシロは気合を入れて自分をどうにか引き上げることに成功した。
息つく暇なく戦闘を続けるユキとフィーリアのほうを見る。二人とも必死に鬼王の攻撃を避け、攻撃を加えていた。しかし、その攻撃も軽く、さして効いているようには見えない。不利な攻防を見てシロは自分もすぐに戻ろうとしたその時、シロは橋の向こう側、エイミーと気絶したファングがいるほうに視線を向けた。
「……あれって」
視線の先に捉えた光景を見てシロは暗闇の中に一筋の光を見つけたような感覚に陥る。シロの目にはエイミーが何か瓶のようなものをファングにかけている様子が映っていた。
☆☆☆☆☆☆
「おい、ファング。どうしたんだ?」
「…………」
「お~い、聞こえてますかファングさん?」
「……うるさい」
「なんだ、聞こえてんじゃん」
「……お前のテンションがうざいから無視してた」
「え~、俺っていつもこんなだぞ? なんか怒ってる?」
「……お前の強行行軍に疲れてるんだよ」
「だってあの場面なら普通行くだろ」
「……普通は退くところだ。無茶するからこうしてデスペナ喰らってんだろ」
「え、そっちの方が楽しいだろ?」
「……少なくとも、もう少し作戦を考えてほしい……いや無理だなお前には」
「おい、ひょっとして俺のことバカだと思ってる?」
「あぁ」
「即答!?」
(あぁ、これは夢か)
鬼王の攻撃によって気絶状態にさせられたファングは懐かしい夢を見ていた。目の前にはBGOが稼働し始めたばかりで今より何倍も劣る装備をしている自分とその横を楽しそうに笑うよく知っている男がいた。
それは、まだシルバーとファングが知り合って間もない頃の光景であった。とあることがきっかけでシルバーはこうやってファングと一緒に行動するようになったのだが、今と比べて不愛想なのは思春期だったからだろうとファングは思っている。
ファングの印象として、シルバーはよく笑っていた。それもとても楽しそうにしている印象であった。あんな不愛想なファングの態度に対しても特に気を悪くした様子はなくそのままフィールドへとついて行くシルバー。その光景を眺めながらファングは優しそうな目をしていた。
(懐かしいなぁ)
しみじみとした想いがファングの胸に宿る。しかし、それも数秒だけ。次にファングの胸に宿るのは後悔と自分の愚かさである。
シルバーが消えてから三年。何も言わず唐突に自分の前から去ったシルバーを思い出してファングは自分が本当に何もできない愚かな人間であったのだと思い知らされた。彼が何を想い、何に悩み、どういった理由でこのゲームから姿を消したのか。そんなこと、ファングがどんなに考えても分からない。でも、話くらいは聞けたのではないのか? 彼が何かに悩んでいることを見抜けないくらいに自分は彼のことを見ていなかったのか? 【六芒星】のなかでも付き合いが一番長かったはずなのに。
所詮、ゲームの中の付き合いである。しかし、このゲームのなかこそが彼と自分とが繋がっていられる世界であったはずなのだ。
挙げればキリがない後悔の念、ファングはそれらを思い出すと顔を俯かせた。
「なぁ、ファング……」
不意に目の前で呼ばれた声に対してファングは反射的に顔を上げた。シルバーがファングの横を歩きながらニコニコとしている。
「……なんだ?」
そんなにこやかな顔をしているシルバーの横で夢の中のファングは気だるそうに返事をする。そんな態度のファングに嫌な顔をせずにシルバーは続けた。
「俺がピンチの時は助けてくれよ」
「……」
その言葉に夢の中のファングは黙って歩き続ける。無視しているのか、シルバーのほうを見ようともしない相変わらずの態度にシルバーは特に気に留めることなく前を向く。
そんな二人を後ろのほうで見ていたファングは何も言えなかった。そうこうしている内に夢の中の二人は奥へと消えていき、ファングの周りの風景が徐々に白い光へと変わっていく。そして、その光がファングを包みこむとファングは意識を手放した。気が付くとファングの目には黒い皮膚をした鬼と戦っている三人のプレイヤーの姿が映し出されていた。
☆☆☆☆☆☆
エイミーが何か瓶のようなものを倒れているファングに振りかけた瞬間、ファングの頭上にカウントダウンを告げる数字が浮かび上がった。その数字は三十秒。それを見た瞬間、シロは鬼王の攻撃を必死に避けているユキとフィーリアに向かって叫んでいた。
「ユキ! フィーリア! 三十秒稼げ!!」
シロの叫びが聞こえたのかユキとフィーリアはシロが無事に橋の上へと戻ってこれたことに安堵すると同時にすぐに気を引き締めた。
無論、シロもユキたちに任せるつもりは毛頭ない。
「装備、政宗」
シロが唱えると腰に一本の日本刀が現れる。シロは鞘に手をかけ、一気に鬼王の元へ駆け出した。スピードを上げながら進むシロは鬼王がユキに対して金棒を振り下ろそうとしている所を背後から回り込み、ユキの前に来ると刀を抜いた。金棒と正面から対峙する政宗はその細い身を接触させる。
「よし、折れない!」
甲高い金属音と共にシロは弾き返した金棒と自らの刀が健在していることを確認するとすぐに攻撃へと転じた。【番狂わせ】の効果はまだ継続中なのでまだ鬼王と戦える余力は残っていた。
「おらっ!」
シロは間髪入れずに鬼王の体に斬撃を放つ。一振りした時にも感じたが政宗は軽く、そしてなおかつ切れ味が良好でシロ好みの刀であった。振られた刀は鬼王の腹をえぐるように斬る。だが、鬼王の防御力は健在でHPもあまり減る気配を見せなかった。
「【エリアアイス】」
シロの後ろにいるユキが今度は鬼王の足元に氷の槍を生やした。その槍は鬼王の四方から体を突きぬく。
「やった!?」
「バカ! 変なフラグ立てんな!!」
全ての槍が鬼王の体を突き破ったことを受け、ユキは喜びと疑念の声を上げる。それに対してシロは余計なものを建てるなと叱責する。当然、ユキの攻撃で鬼王がやられることはなく、貫いていた氷の槍は次々にバラバラに砕け、特にダメージを負ったと言えるような様子は鬼王にはなかった。
鬼王はユキとシロを睨むと口から黒炎を放つ。シロはユキの手を掴むとそのまま上へジャンプした。鬼王の黒炎がシロたちの下を通過する。
宙に浮かび上がったシロは空中でユキを自分のほうへ引き寄せる。いきなり抱きかかえられるような形をとられたユキは驚愕した。が、そんなユキの心情を知らないシロは空中でユキの腰のほうに手を添えると鬼王の後方、フィーリアがいる横に投げ飛ばした。
「えっ、わあああぁぁぁぁぁ!!」
「ユ、ユキちゃん!?」
いきなり投げ飛ばされたユキは普段出さないであろう声を出して、フィーリアの隣に叩きつけられた。それを見てフィーリアも戸惑いの表情を浮かべる。
一方で投げた本人は鬼王からの殺気を感じると【立体機動】を駆使して、体を時計回りに一周させた。そのシロの横から鬼王の金棒が勢いよく振られてくる。遠心力が加わった政宗がその金棒を迎え撃つ。ぶつかり合う両者の武器、火花を散らすほどの衝撃を制したのは。
『GYO!』
「でいやぁぁぁぁ!!」
渾身の力を加えた自分の金棒が弾き返されたのが意外だったのか鬼王の口から驚きの声が出てきた。シロは自分の刀が相手を弾き返したのを見るともう一度、時計回りに一周して攻撃力を上げながら鬼王の首元を狙った。
『GYUOOOO!!』
鋭い一撃が鬼王の首元に当たり、周囲に真っ赤なエフェクトが漏れる。HPがさっきよりも大きく減った。
(あと少し)
鬼王のHPバーが残りわずかへとなったことを見て、シロは残りHP量を計算した。が、そこに油断が生じた。
鬼王の拳がシロの死角から飛んできたのだ。
「ごふっ!?」
突然、飛ばされてきた顔サイズの拳にシロは為す術なく吹き飛ばされる。
「「シロ君!?」」
横に飛ばされたシロを心配そうな声が木霊す。しかし、相手はそんなシロを見ず、声のする方へ駆け寄る。巨大な体が迫ってくるのを見てフィーリアとユキは慌てて攻撃を仕掛ける。が、微々たるものであるためか鬼王は迫る足を止めようとはしなかった。
一気にユキたちとの間合いを詰めた鬼王は相棒である金棒をユキたちに叩き込もうと振り上げる。そして、掴んでいる手に力を加えると一気に振り抜いた。図太い金棒がユキとフィーリアに襲い掛かる。これまでか、二人が半ば諦めかけたその時。
「間に合えぇぇ!!」
鬼王の横から現れたシロが政宗の刃先を下から上へと振り上げた。何度目かの交差を果たす二つの武器は今度もまた甲高い音を奏でるであろうと誰もがそう思っていた。しかし、そこで予想外の光景が広がった。
バリンッ!
シロが振り抜いた日本刀が鬼王の金棒を斬ったのである。それを見てユキたちどころかシロ自身も予想していなかったことに呆然とした。しかし、もはや本能だけで動いている鬼王は自分の武器が消えたことにさして何の反応を示さない。頭にあるのは目の前にいるプレイヤーを排除することのみ。鬼王は腕を振るってシロの体を再び殴りつける。
まともに攻撃を喰らったシロは再び横へと飛ばされる。HPはレッドゾーンに達しておりあと一撃喰らえば死ぬ。しかし、そんな状態だと言うのにシロは口角をズリ上げて呟く。
「きっかり三十秒だ」
シロが呟いたその瞬間、今度こそユキたちを排除しようとしていた鬼王とユキたちの間に稲妻が走った。
お膳立てはした、しっかりと時間も稼いだ、俺はもう限界だからおいしい所はくれてやる、だから……
「ラストアタック頼むぞ、ファング」
鬼王の目の前に現れた目つきの悪い男に対してシロは静かに言ったのであった。




