第三十七話 第一ラウンド
シロの合図とともに三人はそれぞれ散開する形となった。それと同時にアサシンフロッグも動き出す。
「GEROOOOO!」
他のモンスターと違う鳴き声を上げながらアサシンフロッグが狙いをつけたのは、自分目がけて走ってくるシロだった。
両手剣の刃先を下にしたまま全力で正面に斬りかかる。しかし、相手の懐に入ることすら出来ず姿を見失ってしまう。
「なっ!?」
虚しく空を斬る両手剣を戻しながら見失った相手を探す。【察知】を起動させながら相手の姿を捉えようとするがおかしいことに緑の点が素早く動きまわっているかと思ったら突然、反応が消えたりしていた。
異常な現象に怪訝な顔を浮かべるシロ。一度冷静になってスキルを抑える。ぐるりと周りに注意を向けると視界に何かが通り過ぎるのが見えた。
通り過ぎる線を必死に追いかけるように眼球を動かす。しかし、線は視界で上下左右と様々な方向に伸び、見失わないのでやっとの状態である。
「速すぎだろ」
どうやら速度が速いせいでスキルの表示が遅れてしまっていたようだ。一体何キロくらい出ているのだろうか。
悔し気に呟くシロ。しかし、文句を言っていても始まらない、シロはアサシンフロッグの進路を予想しようとした。瞬間、【危険回避】のアラームがけたましく鳴り響く。線だけであった物体がシロの正面から飛んでくるのが見えた。
慌てて横に飛びこんで回避するシロ。だが、弾丸のごとく飛んできたそれは素早く方向転換をし逆さにもたれた太刀を振るってきた。
シロはそれを迎え入れるかのように自らの両手剣を頭上にかざす。勢いよく降り降ろされて太刀と固定された両手剣が互いに甲高い金属音を奏でた。しかし、そんな高い音とは裏腹に太刀を受け止めているシロの顔は苦々しいものであった。
(おもっ!)
明らかに自分の武器より細い刀のはずなのに受け止めたシロの手から足にかけて重々しい衝撃が加わる。苦渋の表情を浮かべたままシロは両手剣を太刀に滑らせるように動かす。そして、体を太刀の外側に出すと同時に両手剣を抜いた。
石畳の地面を破壊する音を聞きながらシロはアサシンフロッグと距離をとる。が、相手もそれを許さず執拗に追いかけて来る。
すると、そこで一本の矢が飛んでくる。アサシンフロッグはシロばかりに気を取られて反応が遅れた。矢は自らの肩に直撃。HPがほんの僅かであるが減ってしまった。矢が飛んできた方に顔を向けるアサシンフロッグは右側から弓矢を構えていたフィーリアを発見する。
「ひっ」
両生類のぎょろり、とした視線を受け、フィーリアは怯えた声を出す。だが、フィーリアの攻撃では敵のヘイトを稼ぐことすら出来ない。
「俺を無視すんなよ!」
そこにシロの両手剣が相手とすれ違うかのように斬りつけた。すれ違った後すかさずシロはアサシンフロッグの背中に二撃、三撃と手を休めず攻撃する。しかし、相手も黙って斬られてくれるわけもなく、シロの横から回し蹴りの要領でアサシンフロッグの足が炸裂した。
「ごふっ」
強力な足技を喰らいそうになったシロであったが間一髪のところでガードが間に合った。が、衝撃で後ろに飛ばされる。
「シロ君、大丈夫ですか!?」
飛ばされた方向がフィーリアのいたところであったため彼女の心配そうな声が聞こえる。シロはすぐに倒れた身体を起こし、自分のHPを確認する。ガードが間に合ったのにHPの半分ほどが消失していた。これがレベルの差というものだろうか。
「あぁ、何とかな。でも、一撃でも直で当たったら死ぬから気を付けろ」
「は、はい……」
いつになく真剣な声で忠告するシロにフィーリアは場の雰囲気に吞まれそうになる。シロは再びアサシンフロッグを睨みつける。いかにこの場にいるモンスターが強敵であるのかを再確認できたことに感謝したいと思った。感情を表に出さないアサシンフロッグはシロのほうに目がけて地面を蹴った。
「【氷壁】」
瞬間、アサシンフロッグとシロの間に氷の壁が現れた。いきなり目の前に現れた壁に勢いを止められず体をぶつけるアサシンフロッグ。HPバーが少しだけ減る。
「ナイスユキ」
「へへ、まぁね」
氷の壁の向こう側からそんな声が聞こえる。壁の向こうではシロとフィーリアの後方で白い短杖を構えて頬を緩ませるユキがいた。
「といっても、これじゃ時間稼ぎにもならん」
「まぁ、そうだよね」
「ど、どうしますか?」
相手と少しだけ距離をとって、作戦を考える。だが、これといった妙案が思いつくわけでもなくアサシンフロッグが壁の横から顔を出して来た。
「ちっ、やることは単純だ、俺がやつの気を引くから二人は隙をついて攻撃してくれて構わない」
「「はい」」
シロはそう言うが二人、特にフィーリアの攻撃力はアサシンフロッグからしたら虫みたいなものだ。結局前衛を務めるシロがどれだけダメージを与えられるかが勝負の鍵となるだろう。
手短に作戦を伝えると二人も頷き、フィーリアはその場から離れた。だが、ユキはまだシロの傍から離れない。
「どうした?」
「じっとしていて」
ユキはそう言うとおもむろに白狐をシロに向ける。
「【付加魔法】、《パワー》《スピード》《ディフェンス》」
ユキが詠唱するとシロの体を光を赤、オレンジ、青の色が包み込んだ。ユキの持つスキルの【支援魔法】は主にパーティプレイをする際に使われる魔法である。【付加魔法】は仲間の攻撃力や防御力などを一定時間上げる効果を持つ。
ユキから【支援魔法】を貰ったシロは顔を向けるとユキは普段の笑みを浮かべていた。
「……サンキュ」
小さく呟くとシロは再び、アサシンフロッグに飛び込んだ。ユキのおかげかいつもよりスピードが速い実感があった。
対峙するアサシンフロッグも正面からシロ目がけて駆け出す。だが、それでもアサシンフロッグのほうがスピードが速く、あっという間に間合いを詰めて来た。逆さに持たれた太刀が襲い掛かる。
シロはそれを【危険回避】で回避、反撃に出ようと剣を突き出すが相手もバックステップで距離をとった。
「たくっ、きりがねぇ」
剣を構えなおして、再度アサシンフロッグに飛び込もうとした。しかし、その瞬間アサシンフロッグが突如口を開けたかと思えば、中から何か液体が出てきてシロのほうに飛ぶ。
「はっ!?」
予想していなかった攻撃にシロは慌てて回避行動をする。ペチャっと地面に落ちたそれは毒々しい色を帯びており……いや、実際にそれは毒であった。その証拠にシロの目の前で液体は落ちた場所から煙を出し、消えていく。
「おいおい、マジかよ」
目の前で広がる光景をシロは呟く。だが、そんなシロにお構いなくアサシンフロッグは次々に口から毒を発射させる。
「ちょっ、っく!」
無数に飛び込んでくる毒に苦渋な表情をしながらシロはその場から動き出す。黙ってその場で避けていたら間違いなく的になる、動き回って的を絞らせないほうが得策だ。シロはユキとフィーリアに被害が及ばない程度に動き周り、相手が隙を作るのを待った。しかし、休む暇なく発射される毒に顔が歪む。
シロが奮闘している傍でユキは杖を毒を出す相手に向けて詠唱する。同時に反対方向にいるフィーリアも弓を構える。
「【フレアゾーン】、【ヒール】」
ユキの魔法が発動して、アサシンフロッグの足元で幾何学模様が現れる。ユキの【火魔法】にある【フレアゾーン】が相手を閉じ込めた。動きを止めたアサシンフロッグを見るシロにも光が足元から出てきて、少しだけ彼のHPを回復させた。
閉じ込められたアサシンフロッグのHPは反対に減る。幾何学模様から出て来る火がアサシンフロッグを苦しめているようにシロには見えた。
「【パワーショット】」
閉じ込められてジタバタとするアサシンフロッグに一本の矢が突き刺さる。ダメージも最初に喰らった一撃とは違い、二桁ほど入った。ユキと反対方向にいたフィーリアは次の矢を準備する。
だが、二本目の矢が飛ぶことはなかった。ユキの魔法効果時間が切れたのだ。
「二人とも離れろ!!」
シロが叫ぶとほぼ同時、アサシンフロッグは幾何学模様から脱出すると今度はユキのほうに駆け出した。自慢の速さでユキとの距離を詰めるアサシンフロッグは太刀を振り上げる。
目にも止まらない速さで自らの前に来られたユキは逃げることすら出来なかった。振り上げられた太刀は勢いよくユキに斬りかかろうとした。
ゴキン!!
が、振り下ろされる途中で太刀は鈍い音を発し、ユキ一直線のコースを逸らした。地面に叩きつけられた太刀を見て、ユキは素早くその場から離れる。それと入れ替わるようにシロがアサシンフロッグに走り出す。助走をつけてから地面から足を離し、アサシンフロッグに蹴りを入れた。
「GEROO!?」
シロの飛び蹴りを受けて、アサシンフロッグはバランスを崩し体を地面に倒した。シロは見事に着地を決めると投げた両手剣を拾った。さっきの攻撃でアサシンフロッグのHPを三割ほど削れたが、まだ三割、というのが正直な感想である。
そんなことを考えているとアサシンフロッグがむくっと体を起こすのが見えたのでシロは気持ちを切り替え、残りのHPをどう削ればいいか考える。シロが持っているなかで一番ダメージを与えられる可能性があるとすれば【番狂わせ】だろう。しかし、【番狂わせ】の効果は一分。その時間までに今の状態ではHPを削りきることは出来ない。
「なら、いけるとこまでいくのみっ!」
立ち上がりを狙ってシロは両手剣を相手に向かって斬りつける。アサシンフロッグも対抗するように太刀を両手剣の軌道上にのせる。
互いの武器がまた、金属音を奏でた。シロはすかさず連撃を試みる。しかし、相手はバックステップで後ろに下がったかと思ったらそのまま垂直に飛び上がった。
「GERO」
空中でアサシンフロッグは先ほどよりも大きく口を開け、毒を噴射させた。弾丸のごとく飛ぶ毒をシロは冷静に避ける。だが、アサシンフロッグの毒攻撃は一度で止まず、次々にシロを広場の端のほうへと追いやった。
バックステップで毒を避けていたシロであったが背中に衝撃を感じた。広場の端にあるオブジェクトである建物の壁に当たったようだ。後ろをチラッと見て舌打ちをする。いいように誘導されたことへのイラつきだ。
空中で毒を吐いていたアサシンフロッグは着地と同時にシロの元へ駆け出した。光の速さでシロとあった距離を縮める。
「!?」
一瞬のことに反応が遅れたシロはアサシンフロッグの手が伸びたことへの対処が出来なかった。
「がはっ!」
伸ばされた手に首を掴まれたシロはそのまま壁に押しやられた。足が完全に地面から離れて、宙ぶらりんの状態になる。首元を掴まれる感触を味わいながらHPを見ると緑色の棒が徐々に減っていく。窒息状態に陥っている証拠だ。
「「シロ君っ!」」
シロの状態にユキとフィーリアもどうにかアサシンフロッグの手をどかそうと攻撃を仕掛けるが相手のヘイトを取れるわけでもHPを削り切るわけでもなくただ虚しく攻撃がアサシンフロッグの背中に当たるだけだ。
自分の状況にシロも焦る。とにかくこの状況から脱出することを考えた。そう考えると当然のようにあれが脳裏をよぎるが迷った。
チラッとフィーリアのほうに目を向けるシロ。彼女は懸命にアサシンフロッグに矢を当てている。 だが、そうこうしている内に自分のHPバーは減る一方だ。面倒なのは嫌だが負けることへの嫌悪が勝った。シロは必死で口を動かして呟く。
「チェ、チェンジ、【双銃】……」
バンバン!!
必死にアサシンフロッグに攻撃していたユキとフィーリアの耳に二発の銃声が聞こえた。
次に二人の視界にはアサシンフロッグの両肩から穴が開き、そこから青い線が飛び出してくる光景が映った。
「どけっ!」
「GEROO!?」
瞬間、アサシンフロッグが壁から広場の中央まで飛んだ。その光景に二人は呆然とする。一瞬、何が起こったのかよく分からなかった。そして、先ほどまでアサシンフロッグがいた場所を見ると両手に一丁ずつ銃を持つシロの姿があった。
それを見て、ユキは納得という表情を浮かべるがフィーリアはいまだに状況の理解が追い付いていなかった。そんな二人を置いてシロは小さく口角を上げて言った。
「ここからが本番だカエル野郎」




