第二百八十四話 嵐の前
今年最後の投稿です。
どうぞ皆様来年もよろしくお願いします。(__)
【疾風の妖精達】ギルドマスター、【深藍の魔女】のミクは瞑想していた。無駄な視覚情報を遮断し、傍で聞こえる雑音を無視し、思考にのみ集中する。
彼女の脳内に占めるのは現在の自分たちの戦力と、向こうの戦力図、この遺跡の具体的なマップ。どこが外に繋がり、どこが部屋を繋ぐのか。どこを守り、どこに人員を配置するのか、飽きることなく他のことを考える暇すらなく思考を繰り返していた。
敵は【猛者の巣窟】含むエルフ族。大将はおそらくレオンだろう。副官にシンといったところか。
レオンたちの怖い所は少数精鋭。多くない人数で一人一人の実力は高い。全員がAランク相当のプレイヤーだ。対して【疾風の妖精達】は人数は多いが、個々の実力はバラバラ。新規の者から熟練者まで多い。レオンたちと渡り合える者は、少ない。
レオンたちは【世界樹の雫】を奪取するべく攻めてくる。つまり、これは防衛戦。いかに向こうの攻撃を守るれるかが鍵となる。イベントとして勝利条件が特定されていないのが痛い。
『己が正しいと思う道を示せ』
イベントの説明に出ていた一文。プレイヤーはエルフ族かヴァンパイア族、どちらかに所属して示さないといけない。曖昧な概要に、ミクは自然とため息が漏れた。しかし、こんなことはBGOをやっていたら日常茶飯事。今更文句を言う気にはならない。
ふと、彼女の脳裏に別の考えが横切る。
最近BGOで騒がれている【切り裂きジャック】。不用意にプレイヤーたちの不安を煽り、己の力を誇示するように殺害するシリアルキラー。
「……今考えることじゃないわね」
集中力のない己の脳に苦笑いを浮かべながら、ミクは目を開ける。相変わらずの薄暗い空間が、そこには広がっていた。冷たく、硬い石の感触が遅れてやってくる。やはりずっと閉鎖された空間にいるためか、気持ちも落ち込む。
そこはヴァンパイア族によって用意された一室。部屋と言っても大所帯の【疾風の妖精達】が全員収まる広い場所だ。所々に天幕が建てられ、ランタンの灯が至る場所から見える。天幕と天幕の間をギルドメンバーたちが忙しなく動き回っている姿も見られた。
そう、今自分は彼らの責任者。今考えるべきはどこぞの殺人鬼ではない。
どうやって、このイベントに勝つかだ。
ミクはギルドメンバーに指示を出すアリスを眺めながら余計な思考を振り払った。
頭をブンブン、と振り回すギルドマスターの姿を視界の端で捉えたアリスは何をしているんだと、呆れ顔になりつつ指示を出したメンバーに一言告げ近づいて行く。
「何をしているんですか、マスター」
「邪念を追い出しているのよアリスちゃん」
頭が揺れる度、髪の毛が空中で踊る。そして、「あぁもう髪が~」と泣き言を口にするミクにアリスは呆れを隠すことなく嘆息した。
「そんな暢気に遊んでいる場合じゃないんですよマスター。分かってます?」
呆れから、少し怒気を含ませた言葉にミクは軽く頷く。
「分かってるわよ。ちゃーんと作戦考えていますから」
「本当ですか?」
怪訝な表情で見られ、ミクは自分に対するアリスの評価が気になった。何もそこまで疑わなくてもいいのに。
「あぁ、それはそうとマスター、また新しく遺跡の方にプレイヤーが来たらしいので編成お願いします」
思い出したようにアリスは一枚の紙を手渡す。それには今日遺跡に集まったプレイヤーの数と闘い方が書かれていた。受け取ったミクはサラッと目を通しておおよその編成をすぐにまとめる。二年もギルドマスターをしているとこういう時の編成には慣れていた。
「ありがとう。斥候はどうなってるかしら?」
「今の所、エルフ側に動きは見られませんね。向こうもまだ準備しているって感じですかね」
「ふぅ~ん、レオンなら先手必勝とか叫んで突っ込んで来るかもと思ったけど、杞憂だったわね」
基本脳筋ゴリ押しタイプであるレオンだが、大事な場面ではしっかりと冷静に身を固められる。味方としては心強いが敵だと厄介なものである。
「向こうに動きがないなら、こちらもゆっくりと準備させて貰いましょうかねぇ。アリスちゃん」
「はい」
「あっちはいつ来ると思う?」
ミクは試すように、前に立つアリスに訊ねる。
ミクからの質問に、アリスは腕を組み数秒逡巡させると、口を開いた。
「……早くて明日の夜、遅くても三日以内だと思います」
「その根拠は?」
「こちらと違い、あちらは攻める側です。時間をかけてじっくりと作戦を考えるべきかと」
「うん、まぁ、普通そうだよねぇ」
「? マスター?」
レオンは見た目に反して慎重派。それは勿論ミクも理解している。
だが____
「……アリスちゃん、遺跡内にいるプレイヤーに少し注意して貰っていいかしら?」
「……スパイがいる、と」
「あくまで可能性だけどね」
慎重派であるが、勝つためなら大胆なことを平気でしてくる。王道から絡み手まで、使える要素はなんでも使う。その貪欲で、負けず嫌いな精神はかつてのギルドで一番だった。
「分かりました。あと二人ほど声を掛けて監視してもらいます」
「よろしくね~」
指示を受け、その場から去って行くアリスに手を振り見送る。
すると、その時__
「た、大変です!」
二人の前に慌てて駆けこむのは、ギルドメンバーの一人。彼の慌てように、ミクとアリスは顔を見合わせる。
あちこちで聞こえるせわしない喧騒に、ミクはこれから始まる嵐をまじまじと感じ取った。
☆☆☆☆☆☆
ざっ、ざっ、と太く揃った足音が木霊す。上空から差される木漏れ日が彼らの服装に当たり鮮やかな赤が目に映る。行軍さながらに動く集団は、森の奥へと踏み入れると唐突に動きを止める。
動きを止めた集団の先頭に立つ男は、数歩前へ歩き振り返る。
「よーし、お前ら、今日はここが俺たちの狩場だ」
ドスの利いた声を発するレオンは、仲間たちの顔を眺めながら左手に持つ盾を地面に突き刺す。どすっ、と重々しい音が地面に鳴り彼の態度に威厳をつける。レオンから醸し出される剣吞な雰囲気を察し団員たちの顔が僅かに強張る。
場の厳かな空気に集団の一番後ろにいるユキもどこか落ち着かない様子を見せた。ピリピリ、と張り詰めた緊張感。いつもシロたちと一緒に狩りをする時には味わえないものだった。
「明日、遺跡を攻める」
ざわっ、と唐突に発したレオンの一言に団員たちは騒然となる。
しかし、レオンは自然と彼らの声が静まるまで待つ。すぐに団員たちの声は収まり、レオンは続けた。
「……知ってると思うが、遺跡には【疾風の妖精達】やそれ以外の奴らもいる。大変な戦闘になるだろう」
誰かがごくり、と唾を飲む音がユキは聞こえた。しかし、誰もそれを非難する者はいなかった。
「だから、今日は出来るだけレベルを上げ、強くなる。いいか野郎ども……気合入れろよ」
『オッス!!』
ビシッ、と決まった声にレオンは満足そうに頷く。
話が終わり、「開始」というレオンの合図とともに団員たちが一斉に動き出す。慣れた動きで次々に森の奥深くへと駆け出す。複数人でパーティを組み、各々打ち合わせも話し合いもなくそれぞれが違う方角へ姿を消して行く。
その姿を後方でユキは呆然と彼らの動きに魅せられていた。
「大丈夫ユキちゃん?」
「えっ、あ、その……いつもこうなんですか?」
「うん、特にこういうイベント間近って場合は気合入るね。皆、暑苦しい奴らばかりだし」
「そうなんですか……」
やはり強豪ギルドともなるとゲームに対する姿勢が違う。全員、遊びではなく本気の眼をしていた。
あの眼を、ユキは知っている。いつも傍で見ていた眼だ。
この世界で、遊戯の中でもなお全力で。ここが現実なのだと訴えるような姿が、シロと重なった。
強いのだ。ここにいる彼らも、そしてシロも。自分にはない強さを持っている。
それが、否応にも分かってしまった。
「はぁ……」
「ため息なんかついてどうしたの? こんなむさ苦しい野郎ばっかの所にいたらそうなるだろうけど」
「いや、あの、別にそういう意味はないんですけど」
「まぁ、今日ばかりはあいつらいつもより気合入ってるしな」
チラッ、とシンはユキを盗み見る。彼らがやる気になっている要因は、相変わらず暗い顔をしていた。
やはり彼女は自分が周りからどう見られているのか分かっていないようだ。いや、気にしていないと言った感じだろうか。
「おい、シン! 何やってんだ。早く来い」
落ち込むユキにさて、どうしようかと考え出した時、前方から能天気な怒号が飛び出す。
「へいへい、ほらユキちゃん。俺たちはゆっくりと行こうか」
「……はい」
心配しているのを悟られないように、軽薄そうにシンが声をかける。変わらずユキは暗い表情を浮かべたまま、トボトボとした足取りで進んで行く。
彼女の小さな背中に、シンはこの先の苦労を考えため息をつくのであった。




