第二百八十三話 シロとカーラ
「やぁやぁ、ご苦労様ギン。僕があの里に行くわけにもいかないしね」
「……いや、そういう話だったし気にしていない。それよりも」
「あぁ、うんうん、分かってるよ。君が彼女を迎えに行ってもらっている間に一応調べておいたよ」
遺跡の最深部にある一つの部屋。古く、冷たい石畳の空間にどこから持ってきたのか分からない美術品や家具が揃えられている。正方形の部屋の中央に設置されているテーブル、その対面にシロはカーラと対峙していた。
「そういえば、俺が案内したエルフの子は?」
「あぁ、地下牢」
あっさりと答えたカーラの内容にシロは怪訝な表情を浮かべる。
「まだ地下があるのかよ」
「うん、あるよ。主にお気に入りを収容するためだけどね。ほら、鮮度って大事じゃん」
「あぁ、そういう訳ね」
シロが連れてきたルドというエルフ。どうやら、彼のお気に入りの食糧ということらしい。せっかく丁寧に連れてきたのに、扱いが雑じゃないかと疑問に思ったが彼の言葉にシロは納得する。
まぁ、カーラの食事情など知ったことではないシロは話題を変える。
「それじゃ、仕事をした報酬を貰おうかな」
「せっかちだねぇ。せっかく色々準備したのに。ほら、君も一緒に一杯どうだい?」
「それ、血液だろ」
いくらVRだからと言って血を飲む狂気じみた奴など__
「……身に覚えがあった」
暴虐な笑みを浮かべて血を口にする女性の姿が脳裏を過る。途端、ぶるっ、と背中に嫌な感触が伝わり広がる。振り払うかのようにシロは首を左右へと振った。
「ん、んん! いいから、早く報告しろ」
「はーい」
嫌な思い出を外へ払い、すぐに話を戻す。
「ギンの言われた通り、この遺跡にいる開拓者の連中を出来るだけ注意して観察したんだけどさぁ、多すぎて全部を把握するのは無理という結論に達しました」
「まぁ、そりゃそうだよな」
既に遺跡に集まっているプレイヤーの数は100に近い。そんな中で、たった一人を探し出せなど鬼畜過ぎる。
「なので、ギンの指示通り開拓者の女性、えぇとなんだったっけ名前」
「【深藍の魔女】な」
「そうそれ。君たちは固有名詞をいくつもつけるからめんどくさいよね。その人の動きを見てきたよ」
「それで?」
「今の時点で彼女に特段目立った動きは見られないかな。なんか色々指示出しているから忙しいみたい」
どうやらミクはこれから始まるであろう戦争に備えているらしい。カーラの言葉を信じるなら、ミクは【ゴースト・ジャック】について動く気はないのだろう。
カーラの報告を一通り聞いたシロは足を組み、顎に手を当てる。
(ミクがイベントに集中するとなると、イベントの進行が早まるかもしれない。そこに【ゴースト・ジャック】がどう合わせてくるかだな)
イベント完全無視で事件を起こす場合は早々に動く必要があり、イベントに合わせて活動を抑える場合、やはり早期解決が望ましい。
【ゴースト・ジャック】は徐々に活動を遺跡の方へと向けている。ならば、次に起こり得る活動場所も大体は予測できる。
「こうなったら、仕方がないな」
「一体どうする気だい?」
優雅にグラスに口をつけながら問いかけるカーラに、シロは自身の考えを素早くまとめて答えた。
「暫くは様子見、かな。情報通りなら、ここに【ゴースト・ジャック】はいるはずだしこのまま潜伏してみようかと思う」
「へぇ、ならもう少しは僕の話相手になってくれるということだね」
嬉しそうに口元を緩ませるカーラ。薄く開かれた口から白く尖ったものが見えた。
「不本意だけどな」
「ふぅ~ん、それは楽しくなりそうだね」
果たして何が面白いのか、カーラの機嫌は上昇しまるで玩具を手にした子どものようだった。
☆☆☆☆☆☆
カーラと一通り話が終わった所で、二人は部屋を出た。
アリの巣のように入り組んだ遺跡内部には、多くの部屋が存在しておりギルド【疾風の妖精達】や他のプレイヤーたちは一番大きな広間にいるとカーラに教えて貰った。
「それにしても、ここ結構広いよな」
「まぁ、ヴァンパイア族もそこそこ人がいるからね。衣食住を考えると自然と広さは増すよ」
「その口ぶりだと、もともとはそこまで広くなかったみたいだな」
「そうだよ。もう何百年と昔のことだから記憶にないけど」
石畳の上を並んで歩く二人。コツコツ、と歩く足音だけが鳴り響く。
確か、エルフ族の話だとこの遺跡は聖域になっていてそれをヴァンパイア族が奪ったという形になっている。だが、ヴァンパイア族側にはどう伝えられてるのだろう。ふと疑問に思ったシロはカーラに訊ねる。
「え、エルフ族ってそんな昔のことを伝承してるの? うわぁ~ねちっこいなぁ」
「……で、ヴァンパイアとしてはどうなってんだその辺」
「う~ん、あまり記録とかはないけど始祖の話じゃ、元々この遺跡はヴァンパイア族が暮らしていた所で自分たちはそれを奪い返しただけ、みたいなことを言っていたようなそうじゃないような……」
「曖昧なんだな」
「そもそも興味ないしね」
ケラケラ、と軽快な笑い声を上げるカーラにシロはジトーとした目を向ける。歴史から学ぶことは多いというが、長寿な種族にはあまり関心がないようだ。エルフはその辺、慣習やらしきたりやらを重要視するようだが。
エルフとヴァンパイアの考え方の相違について解消されたシロは、その後話しかけるカーラを適当な相槌で相手し、思考を今後の方針について向ける。
これから自分が行うべき行動は、この遺跡にいるプレイヤーの監視と観察。さらに、【疾風の妖精達】、またはミクへの接触だ。ミクとの接触は個人的な考えであるが、やっておいて損はない。気になる部分もあるし。
己のこれからの行動について考えていると、隣から「着いたよ」という声が発せられた。
その声に我に返るとシロはすぐに目の前の扉に気づく。古めかしい遺跡にありそうな、蔓が張り付いた扉が二人の進路を遮っていた。
「ここは新しく入ってきた開拓者たちを通す所になっている。部屋というより空き地といった感じだから、もうここに全員入れちゃえってなった」
「扱い雑じぇね? クレームなかったのかよ」
「うーん、特にはなかったかな。今の所広さには問題ないから」
果たしてどれだけ広大な土地が目の前に広がっているのか。本格的に遺跡の広さについて疑問に思ったシロだが、すぐに余計な思考だと破棄する。
ここにミクやアリスがいる。今一度シロは自分の恰好を確認する。
マスクで顔は隠しているし、マントで服も見えづらい。一目ではシロであるとは気づかれにくいはずだ。
もしも気づかれたらその時点で自分は他と隔離、もしくは排除されかねない。慎重に、目立たず行動しなければ。
「それじゃ、僕の案内もここまでだね。何かあったらまたあの部屋に来るといいよ。大抵、あそこにいるから」
「分かった。世話になったな」
「まだこれからも交流あるからそんな畏まってお礼する必要ないよ。まぁ、上手くいくことは祈っておくよ」
「そりゃどうも」
カーラは、シロの健闘を祈ると身を反転させもと来た道を戻っていく。ひらひら、と手を振るカーラが見えなくなるまで見ると、シロは「さて」と呟き扉を見る。
頑丈そうな石扉の向こうには、【疾風の妖精達】や他のプレイヤーたちがいる。
そして、恐らくは【ゴースト・ジャック】も。
怪しまれず、気づかれず、殺人鬼を見つけ出す。非常に難しいが、やらなければならない。
骨が折れる作業になりそうだ。
シロは小さく嘆息つくと、扉に手をかける。
「んじゃま、せいぜい楽しみながらやりますか」
ギギギ、と古めかしい音とともに扉は開かれていった。




