第二百八十二話 それぞれの現状
「それじゃ、さっきの続きだけど。フィーリアは、これまで後衛として戦闘をしてきたということだけど……」
丁寧な物言いだったのから、口調が変わり喋り出すリュウに少々こそばゆさを感じながらフィーリアは話を聞く。周りに誰もいない森の中は、静かで森林浴を行うには最適なほど心地の良い空間を演出させていた。
リュウは一拍間を置き、ここから喋ることは重要だと伝えてから口を開く。
「これまでのことは全て忘れなさい」
「……え?」
一瞬、言っている意味がよく分からなかった。ポカン、とするフィーリアに構わずリュウは続ける。
「そもそも、どうしてフィーリアは今まで後衛だったのですか?」
「それは……シロ君がそうしろと」
「うん、そうだと思った。だけど、それは僕から言わせれば悪手だよ」
「悪手……?」
「うん、この場合、勿体ないと言った方がいいかな」
勿体ない、その単語にフィーリアは首を傾げる。一体、自分のどの部分を指してそう言っているのかまるで分からなかった。そして、それは相手にも伝わったようでリュウは苦笑いを浮かべた。
「その顔、まるで心当たりがないって顔だね」
「うっ……はい、分からないです」
「じゃあ、フィーリアにはまず自分の武器を思い出してもらおうか」
リュウは指を八の字を描くように動かしながらゆっくりと喋る。
「まず、フィーリアの武器は?」
「弓です」
「正解。では、君が今取得しているスキルはどんなものがある? 答えられる範囲でいいから答えて」
「えぇと、【弓矢】に索敵用に役に立つってシロ君に言われましたので【遠視】、あとは【調教】や【騎乗】、それからデバフ系のスキルもあります」
「ちなみに、残りスキルポイントの数は?」
「8です」
「うむ、なるほど。それじゃフィーリア、ここまでおさらいして自分の持つ武器はなんだと思う?」
言われて考える。恐らく、リュウが言う武器とは自分の長所ということなのだろう。だとしたら、フィーリアは思い当たる節が一つだけあった。
「……ハク、ですか?」
「そうです。貴方は、テイム難易度が非常に高い幻獣をテイムしている。それは、紛れもなく貴方の持つ武器です」
どれだけ【調教】スキルが高いプレイヤーでもテイム出来ないレアモンスター。BGOでも幻獣を持つプレイヤーは10名にも満たないと言われている。フィーリアはハクをテイムした当初、多くのプレイヤーに見られたことを思い出す。あれだけの視線の元にはやはり、幻獣のレア度合いがあったのだろう。
「僕はハクについて詳しく知らないけど、空を飛べるという話だけどそれはホント?」
「はい、飛べます」
「そう、つまり君はBGOで制空権を獲得できる人材でもあるんだよ」
もしもパーティ戦で空から攻撃されたらどうだろうか。これほど面倒な敵はいない。
それは、れっきとしたフィーリアが持っている長所の一つである。
「空を飛ぶなんてのはね、ドラゴンをテイムしているテイマーかファングのように【天駆】スキルを持っているプレイヤーだけなんだよ」
そう言いつつフィーリアの反応を窺うリュウであるが、彼女は「へぇ」とまるで自身の凄さを分かっているように見えない暢気な返事をするだけだった。
この事の重大性を理解できていない反応。よく知る人物によく似ていた。
「ごほんっ、とまぁ簡単な話、フィーリアには他の人が持っていないものがあるということを理解して欲しいんだよ」
「はぁ……」
リュウの言葉に、やはりフィーリア気の抜ける声を発する。彼女にとっての凄さの基準がシロや元【六芒星】の面々なので、自身の強さなどまだまだ下という過小評価になるのが原因であるのだろう。
謙遜は美徳と言われるが、行き過ぎると卑屈になってしまう。彼女にはその辺の意識も教えないといけないようだ。
「さて、フィーリアが自分の持つ武器について頭の中に入れたなら、これから君を魔改造していくよ」
「あの、私、仮面〇イダーとかにはなりたくないんですけど……」
いきいきと楽しそうな笑みを浮かべるリュウに対して、一抹の不安を覚えるフィーリアであった。
☆☆☆☆☆☆
「せいれーつ!!」
ざっ、と声と同時に手を後ろへやり足を揃える男たち。一糸乱れぬ動きは彼らが何度この行為を行ってきたのかを表していた。
「番号!」
「1!」
「2!」
「3!」
目の前に立つ男の声に反応して端から番号を言う。それが徐々に右側へ、そして最初に叫んだ者の後ろへと移動する。
「30!」
「さ、31……」
やがて、一番後ろにまで順番が流れる。左隣の団員の声に肩をビクッ、とさせたのは赤い集団では目立つ白い少女。男だけらけの中に居心地悪そうにソワソワしつつ、自身の番号を言う。
「おーし、野郎ども全員いるな」
集団の前、腕を組んで鋭い眼を向けるのはギルドマスターであるレオン。その隣では、シンが眠たそうに欠伸をかみ殺していた。
レオンは団員全員がいるのを確認すると、威勢よい声を張り上げる。
「忙しいところ集まって貰って悪かったな。これより、急であるが全員でモンスターを狩りに行く!」
レオンの宣言に、団員は声に出さなかったが戸惑う。彼らの動揺を感じ取ったのか、レオンは続けて喋る。
「戸惑うのは分かる。それに、お前らも気づいていると思うが今日は客を招いている」
途端、全員の視線がユキに注がれる。男だらけの強い眼に、ユキは肩を縮こまらせる。むさ苦しい男だらけの中に場違いな白い服は否応にも目立つ。
「が、そいつと狩りは別だ。知っていると思うがもうすぐ遺跡の方に乗り込もうと思っている」
ユキから視線を戻して全員レオンの話に耳を傾ける。
「そうなると、本格的に【疾風の妖精達】と戦争になる」
ごくり、とどこからかつばを飲み込む音が聞こえる。ここにいる誰もが彼の言葉の大変さを分かっていた。
「そのために、少しでも強くならないといけない。なので、今日はレベル上げを行ってもらう。異論ある奴はいるか?」
『いいえ! いません!!』
「分かった。ならば、これからすぐに森の中に入る。それぞれパーティを組んでいつでも戦闘できるように準備。以上、解散!!」
『あざしたっ!』
話を終えると、団員たちは列を崩し一斉に準備に取り掛かる。一糸乱れぬ動きは、統率のとれた軍隊そのもの。列が崩れるのと同時に、ユキは「はぁー」と胸に手を当て息を吐く。ただの連絡事項であるはずなのに、緊張感ある雰囲気に疲れてしまった。
「お疲れ様、ユキちゃん。どうだった?」
「き、緊張しました~」
「だろうね。どうしてあぁ緊張感だしてやるんだろうねウチの集会って」
頭に手を置いて苦笑いを浮かべるシン。どうやら、彼もこの雰囲気はあまり慣れていない様子である。もしかしたら、こういう場は苦手なのだろうか。
「それよりも、本当に良かったの? レオンのこんな思いつきに付き合って」
心配そうな眼でそう訊ねるシン。こんな、というのはユキを鍛えてくれるという話のことだろう。
彼の質問に、ユキははにかみながら頷く。
「はい、どうしてレオンさんが提案してくれたのかは分かりませんが、これもいい機会かなって。それに、さっきフィーリアに連絡したら向こうも時間がかかるようだったので」
「そっか、まぁ、今から逃げても無駄だろうけどね……」
「あ、あはは……」
レオンによる『ギルドマスターとしての心意気』講座。レオンに言わせればユキはギルドマスターとしての自覚が全然足りていないらしい。そこで、レオンは少しの間【猛者の巣窟】にユキを置くことにしたようだ。
何故、レオンが突然そんなことをしだしたのかはシンやユキには分からない。しかし、ユキにはいい機会だと思った。
足りないものが多いのは自覚している。彼と自分の差が離れているのは知っている。
ならばここで、何を補えばいいのかを学ぼう。少しでも彼に近づけるために。
(シロ君からの連絡もないし。レオンさんのこともちょっと知りたいし、いいよね)
時間がないことは承知している。だが、それよりも前に自分に身に着けられるものがあるのなら身に着けたい。それが、シロの助けになるのなら。
「よーし! 野郎ども! 準備はいいか!!」
『おぉーー!』
「それじゃ、行こうか」
「はい!」
近くから聞こえる野太い声が聞こえ、シンに促されユキは元気よく返事をして立った。




