第二百八十一話 リュウとフィーリア2
「フィーリア様、そもそも後衛の役割というのはどういうものだと思いますか?」
エルフの里から少し離れた森の中。モンスターがいつ飛び出してくるのか分からない状況で、対面に立つリュウはフィーリアに向かって質問する。それはまるで、教師が生徒に問題を提示するような口調だった。
問われたフィーリアは、緊張の面持ちで素早く自身の考えを口にする。
「前で戦う人の援護ですか?」
「はい、その通りです。しかし、それでは30点しか与えられませんね」
穏やかながら厳しい言葉を放つリュウ。彼の言葉に、フィーリアは「うっ」と喉を詰まらせる。
さらりと言う辺り、容赦がない。
リュウは、一言一句丁寧に相手に理解させるため説明する。
「まずは、パーティ戦の基礎からお教えしましょう。パーティ戦を行うにあたり、大きく分けて三つのポジションにプレイヤーは分かれます」
一つ、誰よりも前に立って戦う前衛。
二つ、最後尾で全体を見据える後衛。
三つ、先の二つの間に立つ中衛。
「前衛の役割は、敵からの攻撃が味方に及ばないようにすること。タンクと言われる盾役ですね。前衛は敵のヘイトを管理し、同時に敵へダメージを与える切り込み隊長でもあります」
【六芒星】の場合なら、絶対的な防御力を誇るレオンと神がかりの回避能力を持つファングがそうであった。
リュウはフィーリアがちゃんと理解したのを確認してから続ける。
「次に後衛の役割です。後衛は、最も後ろに立ち、最も敵に効果的な攻撃を与えたり、仲間の補助を行うのが役割です。これに関しては、魔法使いや弓兵などによって動きも変わります」
圧倒的な魔法火力があるミクや、今フィーリアに教えを説いているリュウがそうである。同時に、今フィーリアがパーティ戦での立ち位置が後衛である。だが、リュウはそこで説明を止めずさらに進める。
「そして、前衛と後衛の間に立つのが中衛です。中衛の主な役割は、状況に応じて前にも後ろにもフォローを行うことです。場の状況によって働きが変わり、常に動き回るのが特徴的ですね。例えば、ボス戦の際に雑魚がポップした時は、素早く雑魚を蹴散らす必要がありますし盾役が回復中の時には代わりをすることもあります。ここまで、よろしいですかね?」
「はい、問題ありません」
リュウが質問があれば受け付けると言うが、フィーリアは問題ないと頷く。
「ならば、続けましょう。質問などがありましたら随時お申しください」
「ありがとうございます」
「いいえ、さて、、続きですが……フィーリア様はこれまで後衛として戦ってきたと言う話でしたね」
「はい、そうです」
これまで、フィーリアたちの戦闘はシロが前衛としユキ、フィーリアが後衛で遠距離攻撃を仕掛けるのがシロたちの戦闘スタイルだ。
リュウはフィーリアたちの戦闘スタイルを聞くと、「なるほど」と何度か頷く。そして、数秒逡巡する仕草を見せると口を開く。
「さて、フィーリア様。ここで、一つ確認させていただきたいのですが」
「はい」
ゆっくりと、それでいてしっかりとした声色から彼が冗談などではないのを表していた。真剣な声から伝わる、本気度合い。フィーリアは、直に耳すると顔つきを少し強張らせた。
覚悟はできている。そうしたいと願い、今ここにいる。
彼女の瞳に灯される光を、あえて無視しリュウは訊ねる。
「貴方は、本気で強くなる気はありますか?」
それは、数分前に聞かれた内容。だが、今回は提案ではなく問いかけだ。
「付け焼き刃でしかないと知りながら、それでも自分に教えを乞いますか?」
忠告は受けていた。これから行われることはフィーリアにとってプラスにならないかもしれない。無駄に終わるかもしれない。勝手な真似をと罵倒されるかもしれない。
「険しい道になるかもしれないです。苦しい思いをするかもしれないです」
元来、技を身に着けるのに楽な方法などあり得ない。何かを得るには、それ相応の代価を支払わなければならない。
そして、リュウは、【緑営会】ギルドマスターであり元【六芒星】の参謀役だった男は。
【白雪姫】サブマスターであるフィーリアに対して。
ハッキリと問うた。
「それでも、覚悟を持てますか?」
放たれた言葉は、二人の間を直進し相手へと伝わる。
刹那の時間、沈黙が場を支配し森の喧騒が僅かばかりに遅れてやってくる。
深緑の、緑しか見えない世界で。
唯一、桜花の色を持つ少女は。
ハッキリと答えた。
「はい」
胸元できゅっ、と拳を握りしめる。握りしめられた拳はまるで、その中に大事なものをしまっているかのように強く。
そして、少女の瞳から眩い光が輝きだしていた。
リュウは、フィーリアから眼から逸らさず暫く観察するとニコッ、と朗らかな笑みを浮かべた。
「分かりました。フィーリア様の覚悟、しかと受け止めました。そうなれば、ここから先は【緑営会】のギルドマスターとではなく……」
言いながら、リュウはフィーリアに歩み寄り。
「……ただの、お節介で世話好きなゲーマーとして接しようと思うよ。よろしくね、フィーリア」
フィーリアの目の前へ、右手を差し伸ばした。
差し出された手に、フィーリアも穏やかで優しい笑顔を見せるとその手を握った。
「はい! よろしくお願いしますリュウさん」
☆☆☆☆☆☆
そもそも、どうしてこうなったのかと言うと時は数分前に遡り、フィーリアがリュウからの提案を口にされた場面に戻る。
「強くなる気がって。それは、一体どういう……」
「先ほど申し上げた通り。自分に貴方が強くなるのを手伝わせていただきたいのです」
「え、あの、言っていることがよく分からないのですけど」
【ゴースト・ジャック】についての情報をくれるという提案はありがたい。だが、その次に出された提案には首を傾げざるを得なかった。
二つ目に出された提案はまるで、これまでとは関係がない。それを今の場面で出すリュウの意図がフィーリアに測りかねた。
「戸惑うのは当然。貴方にとってはこの提案はこれまでの話とはまるで違うものへと変わったものだと思われるかもしれません。しかし、フィーリア様……」
リュウは一度、彼女の目を見て確信を持って告げた。
「今の貴方では、【切り裂きジャック】に運よく遭遇したとしてPKされるのがオチです」
「……っ!」
「シロ様なら、どうにか対処できるでしょう。でも、貴方やユキ様では無理です。もし、三人で挑もうとしても彼の足を引っ張り、彼の力を活かすことは難しいでしょう」
ズバズバ、と一切の配慮なく口にされる言葉にフィーリアは顔を俯かせた。
リュウが言っていることは正しい。今や【黒夜叉】と謳われるシロと、自分たちとの実力の差は月とスッポン。雲泥の差である。
「フィーリア様、今パーティ戦におけるシロ様の負担というものをご存知ですか?」
問われ、顔を上げるフィーリア。その目には戸惑いと疑問が色濃く映し出されていた。
負担。他者から言われて初めて考える。だが、分からない。彼が自分たちの知らないところで、どんな苦労を背負っているのか。知らなかった。
フィーリアの様子から答えを得たリュウは、「自分の推測ですが」と断りを入れてから喋った。
「彼はパーティ戦で、貴方たちが本来するはずである仕事の大半を自分で行っているかと思われます」
「えっ……」
「シロ様は前衛なので、ヘイト管理は勿論彼の仕事の内です。しかし、回復のタイミング、バフ、デバフの効果時間の計算、さらに敵MOBの的確な弱点や戦況把握、指揮等々。これは後衛、中衛の者が行うべき役割です。ハッキリ言って、オーバーワークです」
リュウから告げられた衝撃の真実にフィーリアは目を見開かせた。彼とパーティを組み始めて約四ヶ月、今まで知らなかった彼への負担に開いた口が塞がらない。
当然、彼女たちが全く何もしなかったなんてことはない。けど、彼女たちが気づいて実行するはずの仕事を。本来、それを教えないといけないはずの者が『自分でやった方が早い』と彼女たちに何も言わなかった。彼女たちの間にある実力がそうさせてしまった。
「そ、そんな……」
人間、一人で出来ることなど限度がある。どんなに才能や力があっても、一人じゃいつか限界が訪れてしまうはずなのだ。
なのに、シロは一人でやっていた。
本当ならば、自分たちが負うべきものを全てかっさらって。
たった一人で奮闘していたのだ。
呆れた。嫌悪してしまった。
この世界じゃ基本となっているものを彼に一人に押し付けていた自分自身に嫌気が差してしまった。
彼の力になりたいと言っておきながら、どれだけ彼に迷惑をかけていたのかを思い知らされてしまった。
あまりに不甲斐ない自分に、胸の奥から沸々と怒りに似た感情が沸き上がってくる。マグマのように煮立つ。体が徐々に熱を帯びていくのが分かった。
「そこで、先ほどの提案に戻ります」
静かな声が、高くなるフィーリアの体温を冷まさせた。黄混じりの緑瞳が彼女を平静になるように訴える。
「後悔や自省、様々な感情が渦巻いていることでしょう。しかし、それを全て抑えなさい」
出来の悪い教え子に先導者が厳しく導く言霊を投げる。不思議と言葉は彼女の耳から侵入し、胸や頭に浸透していった。
「過去を振り返るなとは言いません。振り返った先で、無駄な羨望や懺悔は捨てなさい」
説得力ある言葉は重みを感じさせ、フィーリアはリュウから目が離せなくなる。
「学びなさい。過去からどうすればよかったのか、これからどうすればいいのか。今、この時の自身の行動を決意しなさい。未来で、自分が失敗しないように」
過去から学び、現在を考え、未来に結果を残す。
それは人間の歴史。何億年前から繋がれていった、人類皆等しく与えられた能力。
「どうして、リュウさんはそこまで……」
フィーリアから紡がれた疑問に、リュウはやはり多くの女性を虜にさせる笑みを浮かべて答えた。
「……自分、こう見えて結構お節介なんですよ」
果たして、それが本音か建て前かフィーリアには判断できなかった。




