第二百八十話 レオンとユキ
ユキがレオンに抱いた第一印象は不機嫌そうな顔、だった。つり上がった目つき、彫りが深い顔がどこか相手を威嚇しているように見えた。シロが言うにはレオンはもとからああいう顔であり、別に怒っている訳ではないらしい。しかし、彼から醸し出される強者としての雰囲気が周りを寄せ付けないようだ。
話してみれば意外と気さくで、自分のような中級プレイヤーとも嫌な顔せずに会話をしてくれていた。なので、ちゃんと話がしたいと言えば聞いてもらえるのではないかと期待したのだが。
「……それで、一体なんの用だ? 俺は今忙しいんだよ。お前らのようにイベントにも参加せずにのうのうと楽しんでいる奴らと話す時間も惜しいんだよ」
目の前で自分に向けられる鋭利な眼。ドスの利いた低い声が、彼の心情を表しているかのように思えた。彼の体の芯を撃ち抜かれるような視線に、ユキは無意識に肩を震わせる。だけど、ここで彼との対話を終わらせてしまえば、今度こそ自分は本当に役立たずの烙印を押されてしまう。彼の、シロと一緒にこれからもいるために、彼女は後退しそうになる足を留め喉を震わせた。
「あ、あの、レオンさん。お、お話ししたいことがあります。お時間よろしいですか?」
「ダメだ。さっきも言ったが、俺は忙しいんだよ。テメェに時間を割く余裕はない」
あっさりと対話を断られ、ユキは焦燥感に駆られる。しかし、ここで諦めたら【ゴースト・ジャック】についての当てがもうなくなってしまう。ユキは慌てて会話を続行させる。
「お願いします! ちょっと、5分、いいえ3分でいいのでお時間をください! もう頼れるのレオンさんしか思いつかないんです!!」
頭を下げて、誠心誠意懇願する。今ユキができる最大の行動を取る。ちゃんと話せば、しっかりと気持ちを伝えれば、きっと分かってくれると思ったから。
だけど__
「メリットは?」
「……え?」
「お前の話を聞いたとしよう。それで、俺に、ひいてはギルドに一体なんの得がある?」
「得って……それは……」
「ねぇだろ」
至極当然といわんばかりの態度に、ユキは言葉を喉に詰まらせる。緩和されることのない空気と、緊張感を与える視線がなおも続く。一切崩されることのないレオンの態度に、ユキは下唇を嚙みしめる。
「そういう訳だから、邪魔だからさっさとどっか行け」
しっしっ、と邪魔者を排除しようとするレオン。傍から見たら虐めているように見えるかもしれないが、例えこの場面を誰かが目撃しようともここにいるのはレオンのギルドの者ばかり。さらに、彼らは自分たちのボスの性格をよく知っているから、あれが虐めでもなんでもないことは容易に分かる。
相手にされず、問答無用に対話を拒否されたユキは、それでも必死に頭を下げる。
「お願いします! 話を聞いてくれるだけでいいんです! どうか、お時間をください!」
ただ愚直に、素直に思ったことを口にしてレオンへ訴える。だが、レオンの視線はユキから逸らされ目の前に浮かぶメニュー画面に向けられていた。
(全く相手にされない。一体、どうすればいいの……)
地面を見つめながら必死に思考を加速させる。今、この不利な状況を打開する方法を探さなければならない。
一体、どうすればレオンが話を聞いてくれるのか。何をすれば自分と向き合ってくれるのか。時間がない中で打開策を模索するユキ。しかし、いっこうに光明が見えなかった。
こういう時、シロならばすぐに何か思いつくのだろうか。彼なら、少ないヒントから相手が何を欲しているのかを察知してそれを口にするのだろう。これまで、多くの腹の探り合いを乗り越えてきた彼を見たユキは、ここでもシロと自分との距離を感じてしまう。
ここは一度撤退を試みようか、と半ば諦めかけた時、ユキの耳にレオンとは別の声が入ってきた。
「お~い、レオン。集まったプレイヤーの情報と編成なんだけど……って、あれ? ユキちゃんじゃん」
「シンさん……」
「あれあれ~、何か用でもあるの? ん? え、なにこの空気すげぇ重いんだけど」
「うるせぇな、別に何でもねぇよ」
「なんでもないなんてことないだろう。ユキちゃん泣きそうになっているじゃんか、なに幼気な女の子を泣かしてんだよレオン」
「なっ、べ、別に泣かせてねぇよ」
「へいへい、どうせいつもみたく言い方きつく余計なことでも言ったんだろう? あぁ、ごめんねユキちゃん。大丈夫?」
レオンとは正反対な人懐くっこい笑みと、優しい声色でユキに訊ねてくるシン。顔を上げたユキは、彼の人を安心させようとする表情に、肩の力が抜けていくのが分かった。沈黙が漂い、張り詰めていた空気が和らいでいく。
「え、えと、その、大丈夫です」
「ごめんね。レオンの奴、どうせなんか怖がらせるようなこと言ったんでしょ? こいついつもこんなことばかりで、それだからギルメンとも碌に会話できないんだよね」
「おい、シン。何をべらべらと勝手なことを言ってやがるんだよ!」
「えぇ~、だって事実だし」
「うるさい! 今それ関係ないだろうが!!」
「あ、それもそうだな。それで? ユキちゃん、一体何の用なの?」
「えと、あの、ちょっとレオンさんに聞きたいことがあって来たんですけど……」
「そっか、で、何が聞きたいのかな?」
「おい、だからテメェ勝手に話を進めるな」
「いいじゃんか、少し話を聞くくらい」
「ダメだ。忙しいのに、無駄話を聞く義理もねぇ」
「ふぅ~ん、あ、そう、ならユキちゃん。俺が話を聞こうか?」
「え?」
「ちょ、おいシン!」
シンの言葉にレオンは責めるような口調で止めようとする。しかし、シンはなおもユキと向かい合ってまま口元を緩めていた。
「レオンは忙しんだろ? だったら代わりに俺がユキちゃんの話を聞いてくるわ。それで問題ないはずだ」
「おおありだよ! お前には他のギルドとの伝令役やら編成組むパーティの配置とか色々考えて貰わないけないんだぞ!!」
「んじゃレオンやっておいてくれ」
「丸投げするなボケ!!」
レオンとシンのやり取りを傍で聞いているユキは、状況の変化について行けず呆然と眺めていた。会話に入ろうにも、彼らのいつも通りな会話に紛れる余地などなかった。
未だにシンに対して苦言を申していたレオンであったが、「あぁ~くそっ」と悪態をつきながら頭を掻いた。
「クソったれ! 分かったよ! 聞けばいいんだろ聞けば」
「え!? あの、いいんですか?」
「こいつを放っておいたら余計なことべらべら喋りそうだし仕方がない。こういう時、大抵碌なことにならないからな」
「おいおい、まるで俺がいつも問題を起こしているみたいだな」
「事実だろうが! お前、この前俺が【ラティミアル峡谷】の【オルボルウルフ】討伐狙っていたの他のギルドの奴に話しただろうが! そのせいで横取りされちまったじゃねぇか! レアドロ狙っていたのに!!」
「あぁ、ついな」
「ついで済んだら警察はいらねぇんだよ!」
「……ぷっ」
吹きこぼれた吐息に、レオンとシンが一斉にそちらに顔を向ける。二人の視線の先で、ユキは肩を小刻みに震わせていた。口元を手で覆い、耐え忍んでいたユキであったが限界に到達したようで次には口を開いて笑いだしていた。
「ハハハハハ!」
「……やっと笑ったね」
「……何がそんなに可笑しかったんだか」
「あ、すみません。お二人、とても仲がよさそうで、なんかそう思うと急に力が抜けちゃって」
「うん、まぁ、レオンが無駄に殺気立っていたからね。力が入るのは当然だよね」
顔が怖くて、厳しい性格であるレオンがシンと会話する姿はどこにでもいる普通の、友達とバカ話をする男性だと知れて安堵するユキなのであった。
☆☆☆☆☆☆
「さて、それでどういったお話なのかなユキちゃん?」
「話が終わったらすぐに戻るからな」
場所を移動して、近くに設置された天幕の中。【猛者の巣窟】の仮拠点として使われているそこで、ユキは丸太で出来た椅子に座り二人と対峙する。
シンの介入によって和らいだ空気に肩の力が抜けたユキは、先ほどとは打って変わっていつものように元気に声を発した。
「実は、お二人に聞きたい事がありまして。その、【切り裂きジャック】についてなんですけど何か知っていることはありませんか?」
「あぁ、その話ね。知ってる知ってる。この間からずっとプレイヤーたちが騒いでいたからし、レオンは?」
「……まぁ、名前はよく聞く。昔も同じ名前の奴が出ていたらしいし」
「らしい? 【切り裂きジャック】って三年前もいたんじゃ……」
「へぇ、ユキちゃん。よく知ってるね。らしいってレオンが言ったのはレオンが第二陣だからだよ」
BGOが販売された頃、あまりの人気に品切れが相次ぎ、また当時はBGOにログインできる人数も制限されていたのもあってプレイできない者が多かった。そして、時間を置いて徐々にユーザーを増やしていったのだ。そこから初期からプレイしている者を第一陣、時間を置いてプレイした者たちを第二陣、三陣と言われている。
「第二陣がログインしたのが、第一陣から一ヶ月くらいだから最初に【切り裂きジャック】が現れたのが
その間って言われているね」
「え、じゃぁ、【切り裂きジャック】って……」
「十中八九第一陣の誰かだね」
「ちなみに、第一陣のプレイヤーって……」
「万はいたね」
片っ端から犯人を捜すには無理な話である。結構重要な情報だと思ったが、そうは簡単にいかないようだ。しかし、ユキはここに来るまでにフィーリアと交わした会話を思い出す。
シロは三年前に現れた【切り裂きジャック】と今の【切り裂きジャック】は別人だと判断している。
どうしてそう思ったのは根拠は分からないが、それ相応の理由があるはずだ。
「えぇと、それじゃ、今騒がれている【切り裂きジャック】と昔騒がれていた【切り裂きジャック】って同じ人なんですか?」
「うぅ~ん、それは一概にうんとは言えないなぁ。三年前の【切り裂きジャック】の正体も結局は分からないままだったしね。レオンはその辺、何か知っていることはないのか?」
シンは黙って会話を聞いていたレオンへ話題を振る。シンの隣に座るレオンは腕を組み、数秒逡巡すると口を開く。
「さぁな、俺がBGOを始めた頃には既に【切り裂きジャック】の名前は口にされることはなかったからな。でも……」
「でも?」
「今騒いでいる【切り裂きジャック】について、ミクが気にしていたようだったな」
「え、ミクさんがですか? どうして」
「知るか。知り合いが誰かやられたとか、そんなところだろう」
「へぇ、そうですか……」
これは、今まの中ではマシな情報だ。理由は知らないが【深藍の魔女】が【ゴースト・ジャック】について気にしていたというのなら、もしかしたら何か知っているのかもしれない。
ユキはレオンから聞いたことを頭の中でメモを取り、会話を再開させる。
「それじゃ、他に何か知っていることは……」
「そうだねぇ、俺は特にないけど。レオンは?」
「…………【切り裂きジャック】はどうやら、遺跡に潜伏しているらしい」
「え! それホントですか!?」
思わぬ情報に、ユキはその場で立ち上がり顔をレオンへ近づける。至近距離に顔を置かれて、レオンは表情を険しくさせた。なんとなく、その反応はシロに似ていた。
「あ、あぁ、なんか日を追うごとに被害場所が遺跡に集中し始めたらしい。ま、まぁ、あくまでこれまでの情報から推測されるだけだがな」
「い、いえ! 十分です! ありがとうございます!!」
レオンからゲットした情報をすぐにフィーリアに伝えようと、方向転換するユキ。だが、そこへレオンが待ったをかけた。
「待て」
「はい?」
「お前ら、なんで【切り裂きジャック】について調べてんだよ。情報はくれてやったんだ。それくらい教えていけ」
もっともな言葉に、ユキは思わず「うっ」と詰まらせた。
【ゴースト・ジャック】のことについて、他言はできない。そもそも、GM直属の案件だなんて言ったところで信じられるとは思わない。ここは、どうにか誤魔化さなければ。
「え、えと、その、これにはやむにやまれぬ事情がありまして……」
「だから、それを言えよ」
あっさりと誤魔化しが看破される。どうにも、シロのように口達者になれないユキだった。
言い逃れは許さないと言わんばかりに向けられるレオンの眼差し。まるで、獲物を取り逃さないと狙う獣のようだった。
「えぇと、それは……」
本当のことを告げず、かつ彼らが納得する答えを用意する。考えるだけで脳がショートしそうになる。
焦って口ごもるユキに、それでもレオンは言葉を待ち続けていたが彼女の態度に言えないことがあるのは分かった。果たして、それがなんなのかは分からないがここで尋問したところで答えが返ってくる可能性は低いと判断する。
「……はぁ、分かった。なら、最後に一つだけこれだけは訊かせろ」
最大限譲歩して、レオンはため息を漏らしながら訊く。
「お前は、どうしてギルドマスターなんてやってる」
「…………え」
問われた質問に、ユキは目を丸くさせる。それは、想定外のことだったのかもしれない。
ユキがギルドマスターをしている理由。それは、『なんとなく』である。
やりたいと立候補した訳ではない。推薦されたから、他に誰もいなかったから。
言うなれば、流れというやつである。しかし、それを正直にレオンに言っていいものか迷う。
だが、この質問に関してユキは誤魔化そうとせず正直に答えることにした。
「それは、私以外にやる人がいなかったからです」
「いなかった、か。【黒夜叉】の野郎は実力的にもお前より上なのに、下についたのか」
その言葉に、ユキは首を傾げる。そして、抱いた疑問を素直に口に出した。
「上とか下って、必要なんですか?」
瞬間、仏頂面だったレオンの目が見開くのが分かった。彼の微かな反応に、隣に座るシンは気づかず前にいるユキだけが気づくことができた。
何か変なことを言っただろうか。レオンの反応に、思わず慌てる。だが、次にはレオンは深く息を吐いた。
「はぁ~~、嫌な事を思い出した」
「えっ? あの……」
「なんでもない。くそっ、あぁぁぁ、苛々する」
忌まわしき記憶の欠片にレオンは頭を掻きむしる。彼がどんなことを思い出したのか、流石に聞くことは憚れた。
そして、レオンは次にはユキに向かって指を突き出していた。
「お前!」
「え、は、はい!」
いきなり大声で呼ばれ、ユキは思わず背筋を伸ばして返事する。
そんなユキに、なおも指したままレオンは続けた。
「いいかよく聞け! そんな暢気な状態じゃ例え【切り裂きジャック】を見つけたとしてもすぐにやられるのがオチだ!」
「……は、はぁ」
「そもそも! テメェはギルドマスターだという自覚がまるでない! なさすぎると言っても過言ではない」
突如始まった批判に、ユキはどう反応したらいいのか分からずただ呆然となるだけだった。
「だから! 今から俺がギルドマスターというのがどんなものか教えてやる!」
「はぁ…………は?」
告げられたレオンの言葉に、数秒理解が追い付かなかった。
教える? 誰が? 何を?
ゆっくりと、順番に情報を処理していく。
「え!? な、なんで?」
「うっせぇ! 拒否は認めん! ついでお前、普通に弱そうだからそこら辺も鍛えてやるからついて来い!!」
「はい!? え、あの、レオンさん!」
一方的に言い放つとレオンはその場から立ち上がり、ユキの首根っこを掴み歩き出す。状況の急激な変化に、ユキはついて行けず必死に説明を求めるがレオンは一切耳を傾けることはなかった。
これはダメだと、ユキは今度はシンに助けを求めようと眼を向けるが彼は面白そうに微笑みながら手を振っていた。
「シ、シンさん!?」
「ユキちゃん、そいつ決めたらもう何言っても無駄だから抵抗するだけ体力が勿体ないよ」
「いや、私これから予定が! ちょ、ちょっとレオンさ~~ん!!」
ずるずると引きずられ、テントから出て行くユキ。戸惑いを孕んだ声は徐々に遠のいていくのを聞きながら、一人残されたシンは呟いた。
「あ~あ、ユキちゃん。気に入られちゃったみたいだねぇ。ご愁傷様」




