第二百七十九話 リュウとフィーリア
「どうぞ、こちらです」
そう言われてリュウに案内されたのはエルフの里から少し離れた場所。立ち並ぶ屋台が目を引く道がいつの間にか出来ていることにフィーリアは目を丸くさせた。
武器を取り扱う鍛冶屋。ポーションを売り買いする薬屋。食べ物を提供する飲食店。
お祭りの出店がごとく左右に分かれている建っている数々の屋台にフィーリアの視線が彷徨う。
「珍しいですか?」
「えっ、あ、その、すみません……」
「いえいえ、我々としましてもお客様に興味を持っていただけることは大事なことですので」
朗らかな表情を見せるリュウ。その笑みは相手の緊張を解かすと共に、鎧を脱がし無防備にさせる危険なものでもあった。リュウの毒性ある笑みに当てられたフィーリアは頬を染め、顔を俯かせた。
フィーリアの態度になおも笑いながらリュウは足を進める。
左右から客を一人でも引き留めようと声を張る商人たちの声が鳴り響き、森の音をかき消していた。
「到着しましたよ。フィーリア様」
リュウの声に反応してフィーリアは顔を上げる。目の前に現れたのは、立ち並ぶ屋台の一角に存在する平屋の建物。まるで、自分が住んでいる祖父母の家のようだとフィーリアはぼんやり思った。
呆然と建物を眺めるフィーリアにリュウは穏やかな声色のまま告げる。
「大丈夫ですよ。ここは自分専用の仮設住宅のようなものですから。誰かが来ることは早々ありません」
「そうなんですか。でも、本当にお邪魔してもよろしいのですか?」
「はい、何やらお話があるみたいですし。誰かに聞かれたくないご様子でしたから。迷惑でしたでしょうか?」
「い、いえ! ありがとうございます!」
実際、これから彼女が訊ねようとすることは他人には聞かせられないものである。リュウの気遣いは素直にありがたい。
リュウに続き、家に入る。家の中は外から見た印象通り、玄関の先には真っすぐに伸びる廊下があり、左右には襖が仕切られていた。唯一違うとしたら、靴のまま入るらしく土足のままリュウは廊下を進んで行く。フィーリアもそれに倣い土足でお邪魔するが、どうにも違和感が拭えない。
そんなフィーリアの前を歩いていたリュウはその中の一つに手をかけると横へ開いた。
木目の床がピカピカ、と輝かせ来客の顔を反射させる。一人用のソファが二つ対面に設置されており、間にガラス製のテーブルが置かれていた。どことなく厳かな雰囲気を感じ、フィーリアは顔を強張らせる。
「あぁ、どうぞ、おかけください。お茶でも用意しましょう」
「あっ、その、お気遣いなく……です」
長らく使われていないのか、冷たい空気が漂いフィーリアの肌を刺激する。お茶を準備するリュウを眺めながらフィーリアは言われた通り対面にあるソファに座る。
「どうぞ、お熱い内にお飲みください」
「す、すみません……」
「いえいえ、この程度当然のことでございます」
カップをフィーリアの前に置くと、リュウもソファに腰を下ろす。腰を下ろす瞬間、彼の長い翠色の髪がなびき、ふんわりと柑橘系の匂いが散った。
カップから湯気が立ち昇るのを見ていたフィーリアは、スカートの裾を握りしめると決したように顔を上げた。
「あの、リュウさん」
「はい、なんでございましょうか?」
「その、えと、実は、あの……」
しかし、決意を固めて口を開こうとも出てくるのは言葉にならない声のみ。聞きたいことは決まっている。なのに、緊張で出すべき言葉が出て来ない。人見知りする性格であるのは知っているのに、どうして自分は思い通りに出来ないのだろう。フィーリアは逸る気持ちとは裏腹に憤りを感じていた。
握りしめる力が強まり、裾がぐしゃりと皺を作る。早くどうにかしなければ、と焦るほど言葉が出て来ない。情けない自分に、フィーリアは目頭が熱くなり始めた。
「フィーリア様」
その時、穏やかな声が木霊した。それはまるで幼子を安心させるような、優しい声。暖かく、心をほっこりとさせる呼びかけにフォーリアは泳いでいた視線をリュウに合わせることが出来た。
「まずは、お茶を一口どうぞ」
「え、でも……」
「まぁまぁ、このお茶自慢したいほど美味しいですよ」
「は、はぁ……」
言われるがまま、フィーリアは目の前の紅茶に手を付ける。カップから漂う匂いは上品で、甘い香りがした。唇をつけ、口の中へ流し込む。紅茶に特別詳しくないフィーリアであるが、今飲んでいるものが上質なのはすぐに分かった。
「……美味しい」
「それは良かった」
気づけば緊張で震えていた指先は元に戻り、強張っていた表情も柔らかくなっていた。
フィーリアのその様子に、リュウはニコリと微笑む。彼女を見る目はまるで妹を見守るような慈しみを帯びていた。
「すみません、何度も気を使わせてしまい」
「いいえ、相手にちゃんと自分の意見を言ってもらう。それは、商売人として当然のことですから」
優しく笑みを浮かべるリュウの姿に、フィーリアはどうしてシロが彼に対して警戒するのだろうかと疑問に思った。
お茶を飲んで落ち着きを取り戻したところでフィーリアは改めて口を開く。
「リュウさん。お聞きしたいことがあるのですが、よろしいですか?」
「えぇ、どうぞどうぞ、何なりとお申し付けください」
いまだ変わらない笑みのまま言うリュウに、フィーリアは「それでは遠慮なく」と前置きしてから述べた。
「リュウさん、あなたは【切り裂きジャック】について何か知っていますね」
フィーリアの口から告げられた内容に、リュウは目を僅かに細くさせた。
「……ほぅ、フィーリア様。どうしてそうお思いになられたのでしょうか? 自分は遺跡の際にシロ様から同じような質問をされました。そして、それに答えた。なのに、まだ何か隠していると?」
「はい」
「その根拠は?」
観察するような眼にフィーリアは逃げたくなる衝動をぐっ、と堪える。ここで逃げては今まで通りの、シロにばかり負担を強いるだけのお荷物になってしまう。
そんなのは、嫌だ。
吸い込まれそうになる瞳を真っすぐに見つめ返しながらフィーリアは答える。
「確かに、リュウさんはシロ君の質問に答えてくれました。ですが、あの時リュウさんは無料で一度だけ質問に答えてくれました。それはつまり、あれ以降料金を支払えば他の情報をくれるということ。リュウさんは【切り裂きジャック】の情報をまだ持っている証明です」
フィーリアの説明にリュウは「ふむ」と顎に手を当てじっ、と見つめる。
「なるほどなるほど、筋の通ってるお話。いえ、ちゃんと周りを見ているということでしょうかね。えぇ、フィーリア様の言う通り自分は他に情報を持っています」
あっさりと白状するリュウ。自身の考えが当たり喜ぶ場面だろうが、フィーリアに笑顔はなかった。
逆に、今からが本番である。フィーリアは今一度覚悟を決めてリュウに喋りかける。
「でしたら、リュウさん。私にその情報を売ってくれませんか!」
頭を下げ懇願するフィーリア。精一杯の勇気を振り絞り、声を大にしてお願いする姿には執念じみたものを感じさせた。
頭を下げるフィーリアにリュウは桜色の髪を眺める。その顔に、先ほどまでの笑みは消え去り無表情であった。少なくとも、人前で見せられるような顔ではなかった。
少女の心打たれる健気な姿など彼には関係ない。彼が考えるのは、己の利益に繋がるかどうか。今、彼女が立っているのはそういう場なのである。
「フィーリア様、自分の情報を購入したいと仰いますがそれ相応の代価は持ち合わせておられるのでしょうか?」
静かに問いかけるリュウに、フィーリアは下げていた頭を上げる。
代価、つまり情報を得るに値する金額を用意できるのかということ。フィーリアは自分の今持ち合わせている金額を思い出す。情報に対する相場など知らないフィーリアは慌てて訊ねる。
「あの、どのくらいあったらいいんですか?」
「そうですねぇ、金額によって情報の質も変わってきますが、大体このくらいでどうでしょうか」
そう言って、リュウが提示した金額にフィーリアは途端に顔を青くさせた。払えない額ではないが、矢やポーションなどを買うとなると厳しい。ただでさえ、鉄製の矢を準備するのに金策が必要だと言うのに。
フィーリアは声を震わせながら口を開く。
「あ、あの、もう少しなんとかなりませんか?」
「う~ん、流石にこれ以上安くすると厳しいですねぇ」
「うっ……」
値下げ交渉を試みるが取り付く島もなく断られた。マズイ、これじゃ無駄足を踏んだだけになってしまう。この機を逃す訳にはいかないフィーリアはどうにかしようと頭を働かせる。
「そ、そこをなんとかなりませんか! 私、どうしても【切り裂きジャック】についての情報が欲しいんです!」
「そう言われましても。こればかりは、どうにもなりませんからねぇ。こちらもボランティアでやっている訳ではないので」
穏やかな声で現実を叩きつけるリュウ。彼がやっているのは交渉、ゲームの中だろうと利益にならないことはしない。それが、【緑営会】のギルドマスターとして、生産職としての彼の矜持であった。
彼の鉄壁の信条を前に、フィーリアは項垂れる。もはやここまでか、と諦めそうになった時脳裏を過るのはリタの言葉だった。
『なんともまぁ実力差が目立つパーティでありんすね』
彼はいつも自分より前を歩いている。何事にも臆せず、冷静に判断し、困難を乗り越えていく。その姿に憧れと虚しさが入り混じる。
自分は彼の後ろにしかいない。隣に立つことができていない。
それができるのは、今目の前に座っているリュウを含めたかつての仲間たち。今の自分とは次元が違い過ぎて比べることすらできない。
それでも。
「お願いします! なんでもします! だから、だから教えてください!!」
勢いよく頭を下げ、懇願する。桜色の綺麗な髪が垂れ下がる。
フィーリアの必死な態度に、リュウは意外そうな表情を浮かべ問いかけた。
「フィーリア様。どうしてそこまで?」
ただ純粋に述べた疑問に対して、フィーリアはなおも顔を上げないまま答える。
「私は……私はシロ君の役に立ちたいんです!」
一緒にいたい。隣にいたい。
彼女の抱く想いはただそれだけ。けれど、想いの強さは声に高々に発せられた声に表されていた。
「私は、シロ君と違って強くないですし、思慮深くもありません。けど! 彼が困っているなら頼りになりたいですし支えたいと思っています!」
今役に立たないと自分は後ろで眺めるだけしかできない。
遠く離れた場所で彼の背中を見つめることしかできない。
そんなのは嫌だ。
だって、私は__
「私は、シロ君のギルメンだから」
その時の彼女の表情をなんと言い表せばいいのかリュウは分からなかった。
決意に燃える炎のような荒々しさなどはない。意志を貫く鋭さもない。
ただ、ハッキリと告げた時の目は一切逸らすこと、瞳がブレることはなかった。
「……ふぅ、ギルメンだから、ですか」
ソファに背中をつけ、呟くリュウ。これまで姿勢を正していたリュウは珍しいリラックス状態にフィーリアは目を丸くさせる。
「あ、あの……?」
「いやぁ、まさか、彼以外に心動かされるとは」
「えっ?」
「いえ、こちらの話です。はぁ~、ボクもまだまだですね」
そう言うリュウの顔にはこれまで浮かべていた周りを虜にする美笑ではなく。
ゲームを楽しむ少年のような笑みだった。
呆然と眺めるフィーリアは、パンッと乾いた音で我に返る。
視線を動かせば、リュウは両手を自身の太ももに打ちつけるとビシッと姿勢を正した。
「分かりました。フィーリア様、貴方のその心意気と覚悟を評して情報をお教えします」
「ほ、本当ですか!」
「えぇ、自分、お客様に嘘は言いません。ただ……」
「ただ?」
「フィーリア様がおっしゃったように、相応の代金を支払っていただきます。しかし、フィーリア様は手持ちがないご様子」
「うっ……はい、そうです」
「なので、フィーリア様に二つほどご提案をさせていただきたいです」
「提案、ですか。い、一体、どんな?」
リュウの言葉に声を若干震わせる。ビクつくフィーリアに、リュウは安心させるように微笑む。女性を虜にさせるものへと戻っていた。
リュウは人差し指を立てて喋る。
「一つは、フィーリア様には少しの間我々【緑営会】が出しているお店を手伝って貰います。まぁ、いわゆるアルバイトですね。代金分の働きをして貰えばすぐに終わります」
「ア、アルバイトですか」
言われて想像するのは、喫茶店で働く和樹の姿。高校生に入学する時にはもうすでに声優として働いている彼女にしてみれば、働くことに違和感はないが果たして大丈夫だろうかと不安に思う。
「あ、あの、ちなみにどういったことをするんでしょうか?」
「まぁ、それは考えていませんが、難しいことをさせる気はありません。安心してください。接客業を少しやる程度だと思いますので」
「そ、そうですか……」
胸を撫で下ろすフィーリア。正直接客に苦手意識を感じるが、興味がないかと問われれば嘘になる。
(それに、いい経験になりそう)
ゲームの中限定であるが、バイトという経験は演技の幅を広げるチャンスになる。プロ魂を燻ぶらせるフィーリアであった。
「分かりました。受けます」
「即決。嫌いではありません。それでは、二つ目ですが、これはほとんど情報を与えた後の話になりますね」
「?? どういうことですか」
「まぁ、これに関してはほとんど自分の余計なお世話という奴ですから断ってくれてもいいですよ」
「はぁ……?」
首を傾げるフィーリアに、リュウはどこか困ったように笑うと二つ目の提案を述べた。
「フィーリア様、強くなりたくはありませんか?」




