第二百七十八話 それぞれの考え
「どうしようか……」
「どうしましょうか……」
戸惑いと困った声が重なり合う。二人のため息が口から漏れ、互いの苦悩を表す。肩を寄せ合って座る二組の影は、彼女たちの距離の近さを教えていた。
【ゴースト・ジャック】の情報収集を思い出してすぐさま行動を起こした二人であったが、結果は残念。ルドと遊ぶ前と変わらず何も得られるものはなかった。最早、エルフの里にいるプレイヤー一通り聞いたのではないかと思うほど動いた記憶である。
「うぅ~、なんで何も情報がないんだろう」
「ですね。せめて目撃情報の一つはあってもいいと思うんですけど……」
しかし実際問題、彼女たちの行動は全て空振りとなっている以上文句を言っても仕方がない。フィーリアは暫く逡巡させ、腕を組んで「う~ん」と唸る。ここからどうやって動けばいいものか、シロがいない以上自分たちで考えないといけない。
そんな彼女の隣では、ユキがどうして自分たちには情報が集まらないのか疑問符を浮かべていた。過去《神様》探し然り、今回の【ゴースト・ジャック】の情報然り、シロと一緒にいた時はわりかしスムーズに事が動いていたのに彼と別れた途端こうである。一体、自分たちと彼とではなにが違うのだと言うのだろうか。こちらも、腕を組んで首を傾げる。
「「う~~~~~~ん」」
可憐な乙女が揃って唸り声を上げる姿は中々好奇なものである。通りすがるエルフやプレイヤーが、二人の方をチラチラと見て怪訝な顔になる。
そんな風に見られているなんて露知らない二人。お互いに考え事の答えを探って脳を回転させる。
シロと自分たちとの違い。それは、頭の良さに他ならないだろう。まぁ、戦闘力や駆け引きの強さなども挙がるだろうが、今回は外す。ユキは彼の頭の良さを何度も目の当たりしてきた。
偽『シルバー』事件然り。モカとの交渉然り。ネクトのUWを見破ったこと然り。
彼がこれまで見せた頭の良さは自分が到底たどり着けるものではない。そんなこと火を見るよりも明らかだ。だが、今回ばかりはそんな弱気な事を言っていられない。
ジョウから正式に依頼されたクエスト。今自分たちが受けている依頼は、もしかしたらBGOの今後を担うものになるかもしれない。普段アホの子と言われているユキですら、その重要性は理解していた。
だから、今回はシロ抜きであろうときちんと動かないといけない。【ゴースト・ジャック】の情報を集めるにはどうすればいいのか。ユキは普段使わない頭を必死になって動かす。
唸り続けるユキは、脳裏にある一つのアイデアを思い浮かべる。
(……もし、シロ君だったらどうするのかな?)
シロならば【ゴースト・ジャック】の情報を集めるためにどう行動するのか。
誰に聞けば、どこに向かえば効率がいいのか。
彼が取るであろう行動、思考を予想してみる。半年近く傍で彼を見続けてきたユキは頭の中に仮想シロを想定し、もし自分たちと同じ状況に陥ったらどうするのかを考えてみた。
(もしも、シロ君だったら…………あっ)
すると、これまで靄がかかっていた現状が晴れたような錯覚に陥るユキ。目の前が急激に開け、頭の中がすぅ、とクリーンになる。
(シロ君だったら、まず情報が集まる場所に行く)
だが、自分たちもそれはもうやった。しかし、それでも情報は得られなかった。
(一番情報を持っている人の所に行く。それでもダメだったら、情報を持っていそうな人……生産職の人に聞く)
BGOで情報を持っている者の大半は生産職だ。彼らは商売を生業としている上で情報とは切っても切り離せない関係になっている。もしも、当てが外れても生産職のプレイヤーを探すのがセオリーである。
(その次は……掲示板、は集める前に下調べするだろうし。だとすれば…………そうか!)
閃きの光がピコンッ、と光ったユキは勢いよくその場から立ち上がる。バサッ、と隣から唐突に大きな音が鳴り考え事に没頭していたフィーリアは驚き、横を見る。
「どうしましたユキちゃん?」
「フィーリア、私会いたい人がいるんだけど」
「会いたい人?」
友人の言葉に、フィーリアは目を丸くさせ呆然と聞き入る。フィーリアの言葉にユキは頷く。
「うん、多分まだ私たちが話を聞けていない人」
「そんな人いましたっけ?」
これまで話を聞いたプレイヤーを思い出しながらフィーリアは言う。だが、ユキの様子から鑑みて情報を期待できるみたいだ。
しかし___
「ごめんなさいユキちゃん」
「え?」
「私も、ちょっとお話を聞きに行きたい人がいるんです」
「え、ほんとに?」
予想外のフィーリアからの言葉にユキは思わず聞き返す。
ユキが考えている一方で、フィーリアもまた考えていたのだ。これからどうすればいいのか、情報を集めるには何をすればいいのか。
珍しく意見が分かれた二人。お互い、話を聞きに行きたい人物がいるという状況に顔を見合わせるしか出来ない。
「えぇと、だったらどっちか先に一緒に行って……」
ふと、そこで言葉が詰まるユキ。
それで本当にいいのか。言いようのない感情が彼女の口を閉ざし、行動を制止させた。
これまで、シロと別行動をしたことがあってもフィーリアと分かれたことなどない。もしかしたら、ユキにとってシロ以上に隣にいる時間が長い人物かもしれない。
だから、いつもなら一緒に動くのは至極当然のことで。
だからこそ、それでいいのかと考えてしまう。
フィーリアも同じことを考えたようで、目が合う。つぶらな瞳から果たして何を訴えているのだろうか。長らく一緒にいるユキでも把握することが出来なかった。
閉ざしたまま口が動くことがないユキ。何を言ったらいいのか分からないといった感じであろう。
するとその時、彼女の言葉を代弁するか如くフィーリアが言った。
「ユキちゃん。時間もあまりありませんし、私たちも分かれましょう」
毅然とした口調と優し気な声色がその場に小さく響く。大声を出した訳でもないのに通る声と意志を伝える熱がユキの耳に侵入していく。
フィーリアは続ける。
「お互い聞きたい相手がいるでしたら、その方のお話が終わり次第またここに集合しましょう。有益な情報が得られようとそうでないだろうと、二人で整理してその後はチャットでシロ君から指示を仰ぎましょう」
「う、うん……」
いつもと聞いているフィーリアの声。なのに何故だろうか、その声が遠くに感じてしまった。
ユキが頷くのを確認するとフィーリアも立ち上がり、軽く服についた泥を落とす。
「では、また後で」
「……うん、後でね」
ニコリ、といつも通りの微笑みを向けて足を動かすフィーリア。遠ざかっていく彼女の背中をユキは暫く呆然と眺めるのであった。
☆☆☆☆☆☆
ユキが感じていた違和感をフィーリアは知っている。
これまで、BGOをプレイする時は三人でいるか、またはユキとフィーリアがペアになっている事が多かった。まるで二人で一人のように、常に傍におり支え合って行動してきた。
だが、それは時として二人の動きを抑制していた。
自分たちはゲームをしているようでそうではない。
これは、運営から依頼されたれっきとした依頼。つまり、軽くとも責任を負うことになるのだ。
いつまでも仲良くおててを繋いで、という訳にもいかない。
一人で考え、行動する。時としてそれも必要になる。特にユキみたいに、常に誰かと一緒にいる人間には。
とは言え、フィーリアも人の事は言えない。自分だってユキとそう変わらないのだから。
「ふ、不安ですぅ……」
道中、フィーリアは苦しそうに胸を押さえる。ドクドク、と脈打つ音が速い。緊張しているのが自分でも分かる。
まぁ、これから彼女が会いに行く人物を知れば誰でも納得するだろう。
しかし、弱気な態度ではいけない。フィーリアは暗い感情を振り払うように首をブンブン、と振る。
「えぇと、確か付近にいると思うんですけど……」
エルフの里の中央まで来たフィーリアは目的の人物を見つけるべくキョロキョロ、と視線を彷徨わせる。
彼がここにいると知ったのは、聞き込みをしていた時の副産物だ。最初はあまり気にしていなかったが、今回捜査をする上で必要になるピースなのは間違いない。
問題は、自分がちゃんと彼と話を出来るのかという点。それが一番気掛かりである。
拭えきれない不安と共に視線を動かすフィーリア。すると、視界の端に緑色の残滓が横切った。
見つけた。
探していた人物を捉えたフィーリアはすぐさま地面を蹴った。決して速くない走りで、見失わないように追いかける。やがて、彼がエルフの里入り口まで来た所で声を掛ける。
「あの! すみません!!」
声優独特の通る声が真っすぐに伸び、相手に届く。彼は背後から聞えた声に足を止め振り返る。
長い髪がなびき、視界に映った人物に僅かに驚いたように目を見開かせた。
追いついたフィーリアは少し乱れた呼吸を整え顔を上げる。
「少し、お話よろしいですか?」
間髪入れずに発した彼女の言葉に、硬直していた彼はすぐに女性を虜にする美しい微笑みを浮かべて言った。
「おや、これはまた珍しいですな。フィーリア様から声を掛けてくださるなんて。自分に一体、何の用でしょうか?」
「すみません、お尋ねしたいことがあるんです。リュウさん」
フィーリアの言葉に【店長】のリュウはなおも笑みを崩すことはなかった。
☆☆☆☆☆☆
フィーリアと別れたユキは、モヤモヤした気分のまま目的地へ向けて歩いていた。周りから聞こえる喧騒など今の彼女に届かないくらい深く考え込んでいた。
フィーリアと一緒に行こうと口を開いた時、ふと「このままでいいのか?」という疑問がユキの脳を支配した。あのまま二人で一緒にいてはダメなような気がしてならなかった。
ユキの人生において、一人でなにかを成し遂げたことはない。それは幼い頃から入退院を繰り返してきた経緯とは別に、ユキ自身が人と協力する事の尊さを感じていたからだ。
小さい頃見ていたアニメや物語の大半は他人と協力して困難に立ち向かうもの。それがユキには輝いて見え、猛烈に憧れていた。
だからか、彼女の根幹には『人とは仲良く、大切にする』という信念にも近い考えが植えついていた。
しかし、白井和樹という人物を間近で見てきた。
一人でなんでも解決してしまう彼を。周りに頼らず堂々と立つ彼をユキは知っている。
それは酷く寂しそうで、耐えがたいものだとユキは思っていた。
だが、猛烈に眩しくもあった。
誰にも知らせず、自分だけの力で困難を乗り越える姿は今までユキの見た事のない物語だった。
自分が持っていない。個としての強さ。それに胸を締め付けられる思いに焦がれた。
だからだろうか、今ユキは自分で考えて答えを導き、自分の足で歩いている。今までなかった己の行動に、一抹の不安と広がる興奮が重なり合っていた。
「すーはー」
ゆっくりと暴れる鼓動を抑えるように呼吸する。緊張するのは分かっていた。むしろ、しないのはおかしい。
だけど、やるしかない。
覚悟を決め自らを鼓舞したユキはギュッ、と右手を握りしめた。
そして、エルフの里の奥地。村長の家の近くまで辿り着いたユキは目的の人物を見つける。丁度良く、一人だけだ。
「大丈夫、大丈夫」
小さく呟き顔を上げるとユキは彼に近づく。
「あの! すみません!!」
予想より大きな声にユキは慌てて口を押えた。しかし、声を一番近くで聞いた彼は顔を上げ視線を向ける。
彼と目が合ったユキは口元を結び、今度は大声にならないように口を開いた。
「すみません、少しお話いいですか? …………レオンさん」
「あぁ? 何の用だ一体」
【絶対強者】のレオンは鋭い眼でユキを睨みながらそう答えた。




