第二百七十七話 ルドミナル=ナッシュ
シロがカーラと手を組んでいる一方、ユキとフィーリアはルドと共に未だ森の奥地にある不思議な土地に滞在していた。大樹から歓迎のプレゼントを貰い、受け入れられたユキたちはのんびりとお喋りに興じていた。
「それでね、シロ君がこう、えいやーってするとモンスターがどばー、と吹き飛ぶんだよ」
「おぉ……」
ユキの大袈裟な手振りと幼稚な効果音に目を輝かせ前のめりになるルド。二人のその様子を、フィーリアは微笑ましそうに眺めていた。
お喋りといっても、彼女たちの話題はこれまでの冒険についてが多い。今までどんなモンスターと戦ってきたのか、シロが《ドリーム杯》で見せた武勇伝などなど。これまでにユキが体感し、見てきたものを余すことなくルドに伝えていた。
ルドは、ユキの話をまるで英雄譚を聞くかのように興味と興奮を示し、次はどんな話を期待に胸を躍らせていた。
「それでね、フィーリアにはとっても頼れる相棒がいるんだよ。ねぇ、フィーリア」
「はい、ハクの事ですね」
「……ハク」
「はい、私のとっても大切な友達です。会ってみます?」
フィーリアの問いかけにルドは首をブンブン、と勢いよく縦に振る。未知への探求心と、好奇心にうずうずと体を揺らす様は愛らしさを感じさせた。
フィーリアは、懐から【召喚石】を取り出し相棒の名前を呼ぶ。
「ハク、出てきてください」
掲げた石から光が放たれ、次の瞬間にはルドの目の前に白き天馬が降り立った。
「BYUUUU」
「わぁ……!」
現れたハクにルドは興奮から顔を僅かに紅潮させ、美しい姿に目を奪われる。
広げた羽を折り畳み、目を開けたハクはすぐ前にいる少女を捉えた。つぶらな瞳から映し出される小さなエルフは、何も言えず唖然と口をパクパクさせていた。
ハクの体をそっと撫でながらフィーリアは紹介する。
「ハク、この子はルドちゃんって言います。私たちのお友達なので優しくしてくださいね」
主人からの言葉に、ハクは軽く鳴くと顔を下げルドに近づける。緊張からかルドは体をビーン、と固くさせる。その緊張を感じ取ったようで、ハクはすんすん、鼻を鳴らし顔をルドにくっつけた。
「ふわぁ、【聖獣】様だぁ」
「あぁ、そういえばそうでしたね。すっかり忘れてました」
エルフ族から信仰されている【聖獣】とその巫女たるフィーリア。やはり、彼らにとって特別なものらしい。ルドはおそるおそるハクの顔に手を当て、さらさらとした感触に目を輝かせゆっくりと撫でまわす。ハクも心地よさそうに目を閉じて、為されるがままになっていた。
「ふわぁ、わぁ……!」
「ふふ、ハク良かったですね。ルドちゃんに撫でられて」
「……あ、ごめんなさい」
「いいえ、いいんですよ。ねぇ、ハク」
「BYUUU」
フィーリアの微笑みとハクの鳴き声に、ルドは顔を赤らませ俯く。年相応にはしゃぐ姿はユキとフィーリアの心を和ませてくれた。
そう、まるで【ゴースト・ジャック】のことなどなかったように。
「「…………あ」」
そこで、二人はすっかり忘れてしまっていたことを思い出した。シロが遺跡で捜査をしているというのに、自分たちは可愛らしいエルフの幼女と遊んでいる。もしこのことをシロが知ったら…………。考えるだけで顔が青ざめていく二人。
マズイ、非常にマズイ。
顔を見合わせて、状況のマズさを確認する。長くギルドメンバーとして共に過ごしてきた二人。目を見れば相手が何を考えているのか程度まで分かる。どうやら、お互いに良くない未来を想像したようだ。
二人の脳裏にニコッ、と営業スマイルを浮かべながら手をポキポキ鳴らすシロの姿が思い浮かぶ。頭ゴリゴリの刑は勘弁である。
ユキとフィーリアはその場で勢いよく頷き合うとルドに語り掛けた。
「ごめんなさいルドちゃん。私たち、もう行かないといけません」
「え……」
「ごめんね、私たちどうしてもやらないといけないことがあるんだ」
告げられた言葉に、ルドは一瞬寂しそうに瞳を揺らす。しかし、それはほんの一瞬で二人に気づかれることはなかった。そして、ルドは視線を左右に彷徨わせるとニコリと微笑んだ。
「うん、わかった」
子どもらしく、だが浮き世離れした美しい微笑は芸術的さを感じさせた。ユキは罪悪感に苛まれながら、目線を合わせて口を開く。
「ほんとにごめん、でも用事を終わらせたらまた一緒に遊ぼう。ね、フィーリア」
「はい、私もハクもまたルドちゃんに会いに来ます」
その時、ユキの視界に光の線が横切った。反射的に視線を横切った線の後を追うがそこには何もなく、ただ緑色の世界が広がっているだけだった。
「どうかしましたかユキちゃん?」
「えっ、あぁ、ううん、なんでもない」
ただの気のせい。疑問に思うことすらなくそう結論付けたユキは首を振る。
「私、待ってる。だから、あの……また、遊んでくれる?」
もじもじと言葉を紡ぐルド。その顔は不安そうで、まるで一人留守番をするように見えた。
ルドの可愛らしい行動に、やはり二人は笑い合い彼女を安心させるように断言した。
「勿論、またすぐに遊びに来るよ」
「はい、もう私たちお友達なんですから」
「BYUUUU」
「うん!」
ユキたちの言葉を受けて、ルドは満面の笑みで頷く。
クスクスクス
ふと、風に乗って笑い声がユキの耳に運ばれる。
しかし、風音のせいでごく小音となっていたためまたすぐに気のせいだと断定する。
もしかしたら、森が自分たちの様子を見て笑ってくれたのではないか。そんなシロに鼻で笑われそうな事を思いながら、ユキはニコニコとするルドを眺めるのであった。
☆☆☆☆☆☆
ユキとフィーリアと別れたルドは静寂が広がる森の中を呆然と眺めていた。二人が去って行った方向を見つめるが、二人が戻って来る訳もなく。ただ見慣れた風景だけが視界に映るだけだった。
ルドは寂しさを紛らわせるように立ち上がるとトボトボ、と泉に向かった歩き出す。歩む足を止めずに泉に足を突っ込む。しかし、ルドの足は泉に沈むなんてことはなくユキたちを連れてきた時同様、彼女はまるでそこに見えない道があるのかのごとく水面に波紋が広がる。
ゆっくりとした足取りで泉を渡り切ったルドは、そのまま村へと戻る。トボトボ、と足取りは先ほどよりも重く視線も足元に固定されている。
歩くこと数分。ルドはエルフの里に辿り着いていた。プレイヤーに埋め尽くされた広場、木々の間を行きかう同族たち。昔よりも騒がしさを見せる村を横目に、ルドはテクテク、と人気のない場所まで移動する。
ルドが移動した先には、村から少し離れた目立たない場所。そこにあったのは、村にある樹の家とは似つかぬボロイ小屋だった。共生するようになっているエルフの家とは違い、小屋はまるで忘れ去られたような寂しさを醸し出していた。
遠くから人々の喧騒が聞こえる。プレイヤーたちの声、エルフ族の声が入り混じりどこか楽しそうな雰囲気を感じ取れる。
閉鎖的な村に迎え入れられた人族。今までになかった光景に、村人たちが浮足立っているのも分かった。
それが、ルドには甚だ疑問に思えた。
どうして、今まで関わりを持とうとしなかった人間と交流する気になったのか。
どうして、村の人々は笑いながらそれを受け入れているのか。
浮かび上がる疑問が脳裏を過る。しかし、それを口にすることはなかった。口にした所でどうにかなる訳にもない。自分の言葉など、なんの力も持たないのだから。
ルドは遠くに鳴り響く喧騒を他所に、自分の家に入ろうとする。
その時だった、風がざわめいた。
ただのつむじ風と思われる風。しかし、ルドにはそれが来客を知らせる風だと言うのが分かった。
ルドは突然の来客に驚くことなく振り返る。
「…………だれ?」
そこに立っていたのは、いかにも怪しい風体の男。顔を隠し、全身を覆うマントを身に着けている。
男はルドの顔を見て、一瞬息を呑んだ。それは、彼女の美貌に目を奪われたせいか、それとも自分の気配に気づかれたことへの驚きか。どちらにしても、男はすぐに冷静さを取り戻すと声を発す。
「君がルドミナル=ナッシュか」
「……うん」
男の質問にルドは頷く。ユキたちといた時とは違う警戒心を帯びた無表情。
男は目的の人物を見つけると、ほっ、と胸を撫で下ろした。
「君を迎えに来た」
「あなたはだれ?」
「それは、知る必要がないことだよ。君を待っている人がいる」
「……だれが待っているの?」
「夜の貴公子、だとよ。それだけで伝わるって言われたけど……分かったか」
不安そうに訊ねる男にルドは警戒態勢から一変、柔らかな笑みを浮かべて頷いた。どうやら、ちゃんと誰からの遣いからか伝わったようだ。
「なら、一緒に来てくれるか?」
「おにぃさん、だれ?」
知る必要ないと言われたばかりなのに、少女は問う。男は幼さ故の純粋な声と態度に毒気抜かれたように肩から力を抜くと、はぁと小さくため息をついて答えた。
「ギン、そう呼んでくれ」
まさか、運んで欲しいものが子どもとは完全に予想外だったとシロはヴァンパイアの白い笑みに苛立ちを覚えるのであった。




