第二百七十六話 夜人との友好
過去幾度もの戦闘をしてきたシロであったが、人の形をした、意志を持つNPCと戦うのは初めての経験である。しかも、その技量がそこら辺のプレイヤーを凌駕しているのは現在刃を交じえあっている彼の眼に明白に映り込んでいた。
「【華蓮千斬】」
「【血剣飛沫】」
シロの双刀が光を帯び幾千もの剣筋を描けば、敵の血剣が雫を振り撒く。軌道が両者噛み合い、衝撃と、音が弾ける。衝撃で巻き起こる煙が立ちこみ、二人の視界を遮る。しかし、彼らはそれを物ともせず前へ踏み込むと剣を振り抜く。
ぶつかり合う武器同士の音が鳴り響き、鼓膜を刺激させる。剣戟、火花、金属音。それぞれが出鱈目に闇を切り裂き、弾けさせて人知れず戦い続ける。
「【血系魔法】とかじゃないよな。どう考えても」
「ふむ、下等な種族と思ったが中々やりますな。やはり、開拓者という者たちは人間と別物ということか」
剣戟を一時中断し、距離を空けた両者は自身の考えを呟く。
【血系魔法】とは、血を操る魔法の事で特別なクエストと条件を兼ね備えなければ習得出来ないレアスキルだ。使い手として有名なのは【血姫】カグヤである。しかし、カーラが使っている技は【血系魔法】とは別の代物。おそらくは、ヴァンパイア族特有のスキルと考えていいだろう。
対するカーラも、これまで多くの人間族と対峙したことがあるが彼のような強者を見たのは初めてだ。ここ最近では剣の腕がずば抜けている。開拓者と呼ばれる彼らと、普通の人間とでは戦闘能力に大きく開きがある。もはや、人間と考えない方がいいだろう。
「いやはや、中々の剣の腕。感服します」
沈黙を破ったのはカーラ。彼との間合いを間違えないように気を使いながら、努めて朗らかに笑った。
シロも、カーラとの距離と強撃を警戒しつつ答える。
「そりゃどうも、そちらもそこら辺の奴より強いじゃん」
果たしてこれが本当にNPCかと疑いたくなるほどの強さ。彼こそがフィールドボスだと言われても納得してしまうだろう。レベルも表示されない辺り、モンスターという括りに当てはまらないのかもしれない。
「さて、君の血を吸ってわたくしの人形にする予定でしたが少々難しいようですな」
「ふぅん、そうか。なら、見逃してくれるの?」
「御冗談を。難しいと言っただけで、不可能とは言っておりません。しかし、時間がかかるのは間違いないでしょうな。そこで一つ、どうでしょう、貴方がどうしてここにいるのか今話していただけませんか?」
「話したら逃がしてくれるのか?」
「それは、内容によります。見た所、貴方はあの忌々しくも頭が固い閉鎖的な考えしか出来ない森妖精たちの仕向けた矢という訳ではありませんね」
もしシロがエルフ族の斥候としたら、目的は【世界樹の雫】の奪還。情報を集めるためなら、パーティに参加するし、奪還を目的とするのなら遺跡内部情報をエルフ族が教えるはず。なのに、迷っているということは知らされていないということだ。そんな愚かなことをするほどエルフ族もバカではない。つまり、シロがエルフ族と関わりがないと結論がつく。
「へぇ、アンタ結構頭が回るみたいだな」
「これでも貴方たちの数倍時を生きておりますからね。知恵もつくというもの。それで? 答えてくれますかな。貴方の目的は一体なんなのか」
カーラの言葉にシロは少しばかり逡巡する。NPCにこちら側の事情を話した所で理解できる訳がないし、実際問題、彼らに関係がある話でもない。遠く離れた場所では宴の音が聞こえてくる。どのくらい沈黙したことだろうか。考えを纏めたシロは、最後に確認するために口を開いた。
「……内容によっては見逃してくれるんだよな」
「まぁ、そうですね。内容によりますが」
「へぇ……」
例えNPCと言えど、意志を持つ以上己の言葉に嘘はない。その事を確かめられたシロはニヤッ、と久々の悪人顔を浮かべた。
「分かった。お話ししましょう。俺がここにいる理由を」
☆☆☆☆☆☆
「……ふぅむ、殺人鬼の足取りを追ってここに。中々面白い話でしたね」
「別に面白がらせるために話したんじゃあねぇよ」
一通り、大雑把に【ゴースト・ジャック】について説明したシロ。カーラは意外にも真面目にシロの話を聞き、話が終わったら拍手をするというサービス付きだった。
「それで、貴方はその殺人鬼が本当にこの遺跡にいると思っているのですか?」
「さぁな、しかし可能性がある以上調べない訳にはいかない」
「面倒なことを。わたくしなら、怪しいものをとりあえず眷属にして情報を吐かせるというのに」
「アンタらの特殊な感性と一緒にするな」
何気に恐ろしいことを言うカーラに思わずツッコんでしまった。いつも誰かさんがボケをかますせいか、もはや習慣となってしまったようだ。
それに、こちとら一度でも犯人を間違えて騒ぎでも起こしたら本物に逃げられる。そうなれば、もう捕まえることが難しくなる。
「うん、結構面白い話が聴けましたね。これから、貴方はどうするおつもりですか?」
優雅な佇まいのまま、カーラはシロに訊ねる。先ほどまでの戦闘とは打って変わって静かな空間で二人の戦士が語り合う。
「そこで、少し相談がある。ヴァンパイア族第二位氏族さん」
「相談? 犯人捜しを手伝う気などないですよ」
「いいや、そんな面倒くさいことを頼む気はない」
ていうか、NPCにこんな提案するということ事態が危険なことだというのにそんな重要な役割を手伝わせる訳がない。
シロは両手をブンブン、と振ると続けた。
「相談というのは、情報を提供してくれないかということだよ」
「情報? わたくし、その【ゴースト・ジャック】なる者のことなど知らないですよ」
「直接犯人に繋がるようなことじゃない。今、遺跡内にいるプレイヤー……って言っても分からんか。開拓者に怪しい者がいないかとか、そういうものだ。まぁ、簡単に言えば監視をしていて欲しいんだよ」
「ふむ、監視ですか。正直、怠いですね。それに、わたくしのメリットもありません」
「うん、まぁ、それは分かる。なので、そっちで何か条件を付けてもらう。出来る限り応えよう」
「報酬という訳ですか……まぁ、それが妥当でしょうな。そうですねぇ、と言ってもわたくし、これと言って欲しいものはありませんからねぇ」
顎に手を当て、考え込むカーラ。真面目な表情で何かぶつぶつ、と呟いている。彼の反応に、シロは目を丸くさせた。彼が意外にもこの取引を真剣に考えているとは思わなかった。
そして、僅かな逡巡を終えカーラはシロの目を真っすぐに見据えながら言った。
「分かりました。貴方の提案を飲みましょう」
「……マジで?」
「マジです。ここで冗談言うほど、わたくしユーモアに長けている自信ありません故」
ブルッ、とシロは無意識に体を震えさせた。先ほどまでただ冷たいだけだった空間は足元から凍てつくような寒気を漂わせていた。
剣呑な雰囲気に、シロは口調を固くさせて訊ねる。
「……条件は?」
問いかけに、ヴァンパイア族第二位氏族は淡々と告げた。
「ちょっと運んで欲しいモノがあります」
「モノ?」
「具体的に言えば、泥棒してほしいのです」
「……またエルフ族から何か奪うつもりか」
「そうです。嫌ならいいのですよ別に」
「いいや、やる。俺にとってエルフ族とヴァンパイア族との衝突なんてどうでもいいことだからな」
シロの答えに納得してくれたのか、カーラは満足そうに笑い頷いた。
シロにとって大事なのは【ゴースト・ジャック】の捜査。それ以外の事など全て些末なことである。イベントによってエルフ族が滅びようが、ヴァンパイア族が滅びようが知った事ではない。
「ふふ、貴方のそういう態度が気に入りました。我々、友好な関係を築けそうですな」
「あぁ、せいぜいお互い不干渉で仲良くしようぜ」
カーラの言葉に、シロは同意する。そして、お互い相手に向けていた武器を仕舞いこむとカーラが唐突に右手を差し出してきた。
差し出された手が意味するものを瞬時に理解したシロであるが、ほんの僅かな時間ジッ、とカーラの手を見つめた。だが、カーラが手を引っ込める様子がないと分かると小さくため息をつき相手の手を握った。
「そういえば、わたくしまだ貴方のお名前を聞いていませんでしたね」
カーラの質問に、シロは数秒ほどかけて口を開いた。
「…………ギン。そう呼んでくれ」
「畏まりました。ギン、貴方を友として迎えましょう」
遺跡の深部に位置する場所で、シロは人知れずヴァンパイア族第二位氏族フリードリヒ・カーラと手を組むのであった。
【吸血鬼の加護】
長い年月闇を生きる吸血鬼からの友好な申し出。それは、暗闇の中でも迷わず光を必要とせずとも生きる糧となることだろう。




