第二百七十五話 第二位氏族
薄暗い石畳の感触を慎重に確かめながらシロは進んでいく。どこからともなく吹き抜ける風がひんやり、と肌を刺激する。
歩いていると前方から同じように階段を下っている男たちの話声が聞えてきた。
「なぁ、知ってるか。今回のクエスト【疾風の妖精達】と【猛者の巣窟】の派閥(同じ集団に属してる分けじゃないから派閥間の争いじゃないでしょ)戦争になるってよ」
「らしいな。今回のクエストの結果によっちゃ、二つのギルドで優劣が付くから結構ピリピリしているみたいだ」
「まぁ、俺らみたいなギルドに属していないプレイヤーにとっちゃ争いに関係ないから楽だよな」
「だな。俺はこっちに【深藍の魔女】がいるから来た訳だし」
「そうそう、あの人すげー美人だからな。それに【剣皇】も、きつそうな感じだけど間近で見たら綺麗だし。男としてはこっち側につかなくちゃ損ってものだよな」
暢気な会話に、シロは思わず介入してしまいそうになる。しかし、ここで声を出したら正体がバレてしまう。シロは口元のマスクの位置を調整し、周りに気を配る。
今、シロの全身を亜麻色のマントで包み顔の部分をマスクと布で隠している。傍から見れば結構怪しい恰好であるが、色んな人間がいるBGOではよくいる恰好だ。怪しむ人間などいない。
シロが辺りを警戒する最中、男たちの会話は続く。
「それにしても、【絶対強者】もバカだよな。あんな美人と一緒にギルドにいたのに、唾つけていないなんて」
ピクッ、とシロは僅かに眉が動く。
「あぁ、確かに。おっとり系美女みたいな感じだしな。意外と押したらイケるかもしれないのに」
「ホント、勿体ないよなぁ」
「はっ」
彼らの話に、シロは思わず鼻で笑ってしまった。意外と大きな音だったためか、話をしていた二人が振り返る。
「ハックション!」
「おいおい、VRで風邪かよ」
「こっちに移すなよ。ま、移らないけどな」
ゲラゲラ、と笑いながら二人がまた階段を下り始める。
危ない危ない、無駄に面倒を起こしそうになった。咄嗟にくしゃみを演じたのが功を奏した。
シロはずぅ、と空気を吸い込む。ほとんど無意識にしてしまった行動に、人知れず自省する。しかし、仕方がないだろうと誰にともなく弁明を口ずさむ。
もし先ほどの会話をシロ以外の【六芒星】メンバーが聴いていても同じような反応をしていただろう。
ミクがおっとり系? とんだ誤解である。
「まっ、知らぬが仏って奴だな」
世の中知らない方がいい事がたくさんある。彼らの幻想を守るためにも、ミクについて他言はしないでおこう。いや、する気もないけど。
シロは随分と離れてしまったプレイヤーの背中を見失わない(見失っちゃダメでしょ)程度の距離を保ちながら後を追いかけた。
数分ほど階段を下ったと思う。螺旋状になっていた遺跡の階段が全てなくなり、開けた場所へとたどり着いた。
そこは、冷たい広間だった。
学校の体育館ほどの広さが、大勢のプレイヤーで埋め尽くされている。天井には豪華なシャンデリアがぶら下がり、美しい絵画が壁に描かれている。大理石の床が会場に集まる者たちを映し出す。
だけど、この広間から温かみを感じない。シャンデリアから灯される光は微弱で、ひんやりとした冷気が肌に突き刺さる。まるで鍾乳洞にいるみたいな冷たさだ。
そして、集まっているプレイヤーたちの前方。中央と境目にしてもう一塊の集団が見える。
礼服、ドレスと対面にいるプレイヤーたちとは明らかに違う装い。貴族のご令嬢、ご子息、といったような印象だ。
「ようこそ皆様。我らが聖域へ」
動揺広がる会場に、ポトリ、と一声が落ちる。静かに発せられた言葉は響き渡り、その場にいる者たちの耳に入り込む。声は集団の一番前にいる、銀色の髪と真っ赤な瞳をしている男から発せられた。
男は集団の代表者のようで、恭しい礼をして自己紹介をした。
「わたくし、ヴァンパイア族第二位氏族のフリードリヒ・カーラと申します」
生気を感じさせない白い肌が黒いタキシードによく映える。エルフ族とは違う美しさを持つ彼に、その場にいるプレイヤーは誰も声を発せずにいた。
「本日は、私たちの為にお集まりいただき誠にありがとうございます。どうぞ、皆様パーティーの用意は出来ております故、ごゆっくりとお寛ぎください」
カーラがそう言った瞬間、どこからともなく音楽が流れ、会場の所々から食事が出てきた。いきなり始まった宴に、プレイヤーたちの戸惑いが薄まることはなかった。
シロは彼らの背後から会場となっている広間を観察する。
左右の壁にはそれぞれ扉が三つずつ、上には二階があるようで柵が見える。上階にも同じように扉が三つずつ配置されていた。
(……【疾風の妖精達】はどこだ)
この場にいるのはイベントに参加するために集まったプレイヤーのみ。先にいるはずの【疾風の妖精達】のメンバーがいない。
「……第二位氏族、ねぇ」
カーラと名乗ったヴァンパイアは、挨拶が済むとどこかへ消えて行った。第二位氏族という肩書からして、この種族のナンバー2ということだろう。エルフ族といい、どうしてこうも顔立ちが整った奴が揃うのだろうか。運営に作為的なものを感じずにはいられないシロだった。
「さぁて、それじゃぁっと……」
華々しい会場から、シロは気配を消してゆっくりと離れて行く。幸い、プレイヤーもヴァンパイア族もシロの行動に気づく者はおらず、動きやすかった。
一番近くにあった扉から出ると、鮮やかな空間から一瞬にして薄気味悪い石畳の空間へと早変わりした。最早、狸に化かされているのかと疑いたくなるレベルだ。化かしているのは吸血鬼であるが。
所々曲がりくねった道をシロは怖気づくことなく進み出す。目指すは遺跡の奥深く、ミクたちがいると思われる区画。時間が惜しいとばかりに、シロは歩む速度が速くなり先が見えない道へと姿を消して行った。
☆☆☆☆☆☆
「……広いっ!!」
我慢ならず飛び出した文句は遺跡内を反射して、奥へと響き渡っていった。
どれくらい歩いたことだろうか。もう三十分は歩いたと思う。だが、一向に目的の場所どころか誰にも会えずいた。これでは、ただ迷子になっているだけではないか。一体、どれだけの面積があるのだろうか、この遺跡は。
「くそぉ、時間があまりないって言うのに」
【ゴースト・ジャック】を探しだすための期限は設けられていないが、それでもこのクエストがある以上、戦争が行われる前に片を付けたい所だ。
ただ、現段階で【ゴースト・ジャック】の正体の目星はついていない。もうしばらくかかりそうなのにシロは苦々しい思いを嚙みしめていた。
「って、焦っても仕方がないよな」
焦り、動揺、戸惑い、混乱。人が正常に動けなくなる要因はいくらでもある。いかにそれを飼い慣らして扱えるのかで人としての強さも変わって来る。
シロはスー、と呼吸を整えて頭をスッキリさせる。腰に下げた刀をそっと撫でてまだ奥へと続く道を歩き出そうと一歩踏み出そうとした。
その時。
「っ!」
背後から感じる殺気に素直に反応し、左側の刀を抜刀。振り抜きざまに一閃。
キーン、とまるで黒板を爪で引っ掻いたような嫌な音が響き渡る。僅かな時間の接触後、シロは左側の刀を引き抜き、バックステップで距離を取ろうとする相手に向かって踏み込んだ。
下から斜め上へ斬り上げた刀が完全に油断していた相手の体を切断しようと迫った。
「【黒血鉄槍】」
「っ!?」
口にされた言葉と、足元から迫る脅威を【極視】で感じ取ったシロは咄嗟に宙で一回転して後ろへ下がる。ほぼ同時に、シロがいた場所に黒く太い槍が地面から伸びていた。天井を貫く槍は、攻撃が躱されたと分かった途端、ドバッ、と液体に変化して石畳の隙間へと消えて行った。
「ふむ、鼠が聖域を徘徊していると思ったが意外とすばしっこいものだ」
穏やかだが、突き刺すような冷たさを持つ声が正面から発せられる。うす暗く、湿った遺跡の中ではより一層相手に冷たさを与えるだろう。
「……フリードリヒ・カーラ」
「おや、わたくしの名前を知っているということは広間にいた者か」
シロが相手の名前を告げると、カーラは感心したように頷いた。そして、おもむろにタキシードの腕をまくると懐から一本のナイフを取り出した。
「さてさて、今人間どもは広間でパーティに参加させているというのに、どうして君はこんな所にいるのかな」
「……ちょっと道に迷ったものでな」
「はは、面白いことを言う。わたくしにそんな嘘が通じるとでも?」
ナイフを弄び、にこやかに首を傾げる。生気を感じさせない白い肌と整った顔立ちが相まってまるで人形のような立ち振る舞い。しかし、正面から対峙しているシロはピリピリ、とした殺気を先ほどから感知しており、気が抜けない状態が続いていた。
何も言わず動かないシロに、カーラは「ふぅむ」と短く嘆息つく。
「話したくない、ということでしょうか。でしたら……」
弄んでいたナイフを己の腕へ斬り込む。すると、腕から大量の血液が放出される。
滝のように流れる血は、カーラの足元で水たまりを作り出しシロは異常な光景に目を奪われた。
「君の血を吸ってから、お話して頂きましょう」
そう言って、カーラは血液で模倣させた剣を携えた。
暗闇広がる遺跡内、殺人鬼に会う前に吸血鬼とエンカウントしてしまったシロであった。




