第二百七十四話 森の愛し子
丸く、大きな紅い瞳。長く、輝きを見せる金色の髪の毛。白い肌に小さな体躯を持つ彼女を淡い緑色のワンピース型の服が包み込む。
幻想的な装いと神秘的な美しさを持つ少女に、ユキとフィーリアは思わず挙動を忘れて見入ってしまった。
__綺麗。
形容する言葉が見つからず、ありきたりな感想が出てしまう。しかし、それほどまでに少女の持つ優美さは他とかけ離れていた。
「あ……」
ジッ、と自分を見つめ続けるユキたちに少女は不信感からか弱い声を漏らした。
少女の声に、数秒固まっていたユキとフィーリアは我に返る。よく見れば、地面に座る少女はゆっくりと後退っていた。少女の反応は普通のもの。突如現れた他人が自分のことをジッと見て居たら、怖くなっても仕方がない。
だが、一切他意のなかった二人は慌てて少女に向かって口を開いた。
「ご、ごめんね。大丈夫? 驚かせるつもりはなかったんだけど………えぇと、どこか怪我してない?」
「私たち、別に怪しい者じゃありませんよ?」
弁解するように発せられた二人の言葉を受け、だが少女は警戒を解くことはなく澄んだ紅い瞳が彼女たちを観察する。
フィーリアは怯える少女にどうしたものかと思案顔を浮かべる。自分も人見知りするタイプなので何となく少女の気持ちが理解出来る。だが、理解出来るのとそれを解決するのは違う。こういう時にどうしたらよいのかフィーリアには分からなかった。
しかし、隣に立つユキが突如ゆっくりとした動きで少女に近づいて行く。少女は近づくユキにまたもや後ろへと下がり、顔を強張らせる。その仕草は、どこかシロを彷彿とさせた。
ユキは警戒心露わにする少女の前まで来ると、彼女と目線を合わせるためしゃがみ込む。
「こんにちは、私の名前はユキ。あなたのお名前は?」
ニッコリ、と笑いかけ少女に問うユキ。
少女を安心させるための笑みは、柔らかく朗らかであった。その時、ユキの目の前で先ほど目撃した光が線を描いたように見えた。だが、それは一瞬のことですぐに光は消え曲線もなくなっていた。
見間違いだったのか、と首を傾げるユキだったが少女の口元が動き出したのを見てすぐに我に返った。
少女は、若干震えながらも言葉を紡いだ。
「……ルド」
「ルドちゃんか、可愛い名前だね!」
名前を褒められたルドと名乗る少女は頬を僅かに赤くして、顔を俯かせた。
ユキとルドとの距離が僅かに縮まる。
「それで、こっちにいるのは私の友達のフィーリア」
「フィー……リア」
ユキの示した場所を彼女の視線が這い、フィーリアを捉える。フィーリアを写し込む瞳は、彼女を観察している。やがて、警戒していた目が徐々に解けていき怯えが消えた。
二人が敵じゃないと知ったルドの視線がゆっくりと移動して、フィーリアの手へと向けられる。
ルドの視線に気づいたフィーリアは、自分の手に持つクレープを見て「あぁ」と得心した声を出した。
「クレープ食べたいんですか?」
クレープをルドに示して訊ねる。すると、ルドはキョトン、と小首を傾げて言った。
「くれーぷ?」
「ありゃ、クレープ知らないの?」
言葉が通じているのに、まるで異国の言語のように思えた。どうやら、クレープを知らないようだ。
ユキの問いかけにルドは頷き、物珍しい目でクレープを見つめた。
幼い子の反応に微笑ましさを感じたフィーリアは、先ほど感じていた焦燥を忘れユキ同様ゆっくりとした足取りで近づき、そぅとクレープを差し出した。
「どうぞ」
「……いいの?」
「はい、食べてください」
目の前に差し出された菓子をじっ、と見つめ続けていたルドであったが好奇心が抑えられなくなったようで恐る恐るフィーリアからクレープを受け取った。
小さな両手でクレープを掴むルドは、視線をクレープとユキたちとを往復させる。しかし、二人は何も言わず微笑んでルドが食べるのを待った。彼女たちの態度に、食べていいと判断したルドはパクッ、と勢いよく口に含んだ。
「~~~~~!!!」
一口食べた瞬間、ルドの顔に驚愕が浮かび上がった。
薄い生地の包まれた甘い生クリーム、さらに中央には複数の果実が存在しており様々な味を演出させる。今まで食べた事のない味に、ルドは我を忘れてクレープにかぶりつく。パクパク、と次々に口に入れていく様子に、ユキとフィーリアは顔を合わせて笑い合った。どうやら、最初の警戒心は消え失せたようである。
「美味しいですか?」
フィーリアが訊ねると、ルドは何度も首を縦に振った。小さな口がクレープから離れる事はなく、あっという間に全て食べきってしまった。
「あっ……」
急いで食べたせいですぐに無くなってしまったクレープに気づいたルドが、寂しそうに呟く。
「ふふ、はい、どうぞ」
「……いいの?」
「うん、いいよ」
寂し気に自分の両手を眺めるルドを見て、今度はユキが自身のクレープを差し出す。差し出されたクレープにルドはユキを見て、申し訳なさそうに訊く。けれど、ユキの放つ笑顔と声色が優しく彼女の行動を肯定した。ユキからの許しを得たルドは、ぱあぁ、と顔を明るくさせ再びクレープにかぶりついた。
微笑ましい光景に、頬が緩む二人であったがこんな小さい子が人気のない所で何をしていたのだろうか。疑問に思ったユキは、躊躇なく口を開いた。
「ルドちゃん。ルドちゃんはここで何をしていたの?」
なおもクレープに口を付けているルドは、小さな声で答えた。
「……遊んでいた」
「遊んでいたって、一人で?」
こくり、と頷く姿に二人は疑心めいた表情を浮かべた。
「えぇと、お友達とかは?」
「いない」
フィーリアの質問に首を振るルド。まるで、それが当然とばかりに特に傷ついていない様子に二人は微妙な顔つきになる。
こんな子どもが一人、森の、それも人気のない場所で遊んでいる。いくら、この辺りがセーフティエリアだからと言って危なくないだろうか。
当然な疑問が脳裏をひしめくユキとフィーリア。
自然とユキは質問していた。
「……ルドちゃん、お父さんやお母さんはこのこと知っているの?」
途端、ルドはモグモグ、と食べていたクレープから口を離した。
「私、親いない」
「「………」」
少女の口から告げられた現実に、二人は何も言えなくなってしまった。何もなしに言われた言葉の重みはなく、淡々とした口調がまた彼女の現実を知らしめた。
可哀想、だという言葉を二人は寸での所で飲み込む。彼女にとって、それが当たり前であり日常となっている。それを自分たちの物差しで、勝手に同情するのはお門違いである。
もし、この場にシロがいたならば彼こそルドに対して、同情も憐憫も表す事はなかっただろう。
その時、ユキは以前和樹が母親を事故で亡くしたという話をしてくれたことを思い出した。多分、彼なら少女の気持ちに理解が及ぶのかもしれない。
ここで、言うべきは慰めの言葉なんかではない。
「……そっか、なら私たちとお友達にならない?」
「えっ……?」
ユキから発せられた言葉に、ルドは目を丸くさせた。呆然とするルドに、ユキは続ける。
「一緒に遊んで、一緒に美味しいもの食べて、一緒にお喋りする。何でもないようなことでも楽しめるような、そんな風な友達になれないかな?」
優しい声色で語り掛けるユキに、フィーリアが隣で笑いながら口を開いた。
「でしたら、私もいいですか?」
隣で同じようにしゃがみ込むフィーリアの慈愛に満ちた瞳を、ルドは戸惑いの孕んだ眼が覗き込んだ。
「……いいの?」
「うん」
「もちろん」
恐る恐る、彼女たちに確認すると二人は勢いよく頷いた。二人からの邪気の無い笑顔と、温かい言葉がルドの心の中に浸透していった。
刹那、ぱぁ、とこれまで固く閉ざされていた表情が明るくなり笑顔が生まれた。
「「………」」
ルドの笑顔が生まれた瞬間、二人はあまりに美しいその笑みに言葉を失ってしまった。
気のせいか、彼女の周りに色鮮やかな光が見える。
そんな二人の様子など他所に、ルドは嬉しそうに立ち上がりユキの服の袖を掴んだ。
「う、うん? どうしたのルドちゃん?」
「こっち来て」
「どこに行くのですか?」
グイグイ、と服を引っ張るルドに連れられて二人は人気のない森のさらに奥へと進んで行った。振り払おうとすれば出来るが、如何せん子どもに乱暴する訳にもいかない。
戸惑いながらもルドについて行く二人。
里からだいぶ離れ、人の手が加えられていない険しい自然の道を歩き続ける事数分。
慣れた様子で前を歩いていたルドが立ち止まった。
「ついた」
そこは、木々が密集していた森とは思えないほど拓けた場所だった。並ぶ木々が円を描き、緑色の世界にポツンッ、と一滴垂らされた水色の泉。その中央に、一本の大樹が真っすぐに聳え立っていた。
「……ここは?」
「……なんですか?」
これまで一色だけの世界を見ていた視界から突如として出現した泉と大樹。ユキとフィーリアは自身の目に映る光景に呆然となっていた。
この世のものとは到底思えない。それこそ、村長が言っていた世界樹に似た神秘性を感じさせた。
暫く、二人が目の前の光景にぼぅ、としているとルドが二人の手を引いて歩き出した。
「来て」
「えっ、ちょっ、ルドちゃん?」
「そっち泉ですけど?」
目の前の泉はそこそこの深さがある。ルドくらいの子ならば、足が届かないほどである。
しかし、二人の声を無視してルドは躊躇いなく泉に足を突っ込んだ。
「「えぇ!?」」
刹那、二人から驚きの声が上がる。
何故なら、勢いよく踏み込まれた足が泉に触れることなく宙に浮いていたからである。
浮遊感など感じられない。なのに、地面から離れた足はまるでその場に踏み場があるかのように一歩、また一歩と前へ進む。
「~~♪♪」
通常ならばあり得ない光景に二人が驚く最中、少し前を歩くルドはこれが当然とばかりに上機嫌な鼻歌を披露する。
歩く度に水面が波紋を広げ、森から送られる風が髪の毛を揺らす。そして、ルドの鼻歌に合わせるかのようにユキはルドの周りに光が集まるのを見た。
やがて、泉を渡り切った三人は中央に立つ、大樹の前に来た。高さは周りの木々と比べて低い、だが幹の太さがこの大樹の年季を教えてくれる。
「ルドちゃん、ここは?」
大樹の迫力に圧倒されていたユキであったが、我に返るとルドに訊ねる。
いまだに二人の手を握るルドはユキの方を見上げて答えた。
「大事な場所。二人なら、いいって」
「いいって、誰が?」
「ん」
そう言ってルドが指し示したのは、今まさに彼女たちの目の前にある大樹だった。
ルドの言葉に、フィーリアは戸惑いながら確認する。
「えぇと、ルドちゃん。樹とお話しできるんですか?」
「うん」
躊躇いなく頷くルドに、二人は顔を突き合わせる。
エルフが森の木々と会話できるとは、これまたファンタジーな設定だなと半ば感心してしまう。そうなると、先ほどの珍事も森の恩恵か何かなのかもしれない。
「そっか、なら、ちゃんと挨拶しないとね」
森から歓迎されたというのなら、こちらもきちんと礼儀を持って接しなければならない。ユキの言葉にフィーリアも微笑んだ。
「そうですね。では、ご挨拶しましょうか」
「はい! 私、ユキって言います。ルドちゃんの友達です」
「私は、フィーリアと申します。ユキちゃんとルドちゃんのお友達です」
大樹に向かってペコリ、と頭を下げる二人。
すると、彼女たちに応えるように大樹の葉が揺れ動いた。それはまるで歓迎の意を表すかのように。
二人の挨拶が済んだ所に、大樹がカサカサ、と音を鳴らす。ルドは大樹に耳を傾けて、ふむふむと頷いた。
刹那、ルドは大樹の太い幹に触れる。するとどうだ、先ほどルドが触れた部分が淡く白い光が漏れだした。同時に、二人の頭上から何かが落ちてきた。
目の前に浮遊してくきたものをユキとフィーリアは反射的に掴む。見れば、それは樹の棒だった。なんの変哲もない平凡な棒。小学生男子がチャンバラごっこに使うような、そんなありふれたものだ。
「プレゼント」
「えっ」
「私たちに、ですか?」
渡された棒に首を傾げる二人に、ルドが淡々と言う。唐突な贈り物に戸惑いが隠せない。だが、キラキラとした目で嬉しそうに笑うルドを前に、プレゼントを辞退するという選択肢は存在しなかった。
「あ、ありがとうルドちゃん」
「た、大切にしますね」
「うん!」
固い笑みでどうにかお礼を述べれば、純度100%な笑顔が眩しくて二人は思わず目を細めた。
三人のそのやり取りを見守っている大樹は、微笑ましく葉を揺らすのであった。
【森の愛し子からの贈り物】
森の住まう妖精からの贈り物。神秘的な場所に立つ大樹の枝は持ち主に暗闇から導く光を教えてくれることだろう。




